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2006年5月 6日 (土)

伊東・松原御船歌保存会

 「御船歌(おんふなうた)」の定例稽古に参加した。伊東・松原に伝わる御船歌を後世に伝承するための保存会である。私は新参者で、居るだけのことしか出来ることがない。が、秋の例祭を執り行う重要な役割を果たしている「御船歌」の神にもとどく重厚な御歌に心を揺すられ、仲間に入れていただいたのが今年一月である。

20060516131854 (伊豆新聞より)

 「御船歌」の起源は定かではないが、鎌倉時代に溯るようだ。九州方面から、海で生活を営む人々によって我が郷土伊豆にも流れ伝ったとされている。紐解けば、室町時代、九州や瀬戸内の水軍や海賊衆が、軍兵の士気の高揚や統率の強化を目的に歌い始めたものであろうと言われる。海人の夢や生まれ育った土地への思いを歌詞に込め、歌い永らえて集団的な祝い歌として生活に位置付いたものと思われる。

20060516132154 (伊豆新聞より)

 当地松原では、松原神社例祭の執行組織として、松原消防団の団員やそのOB等が主軸となり編成され、氏神の御魂が入魂された御神輿が、海中渡御の巡幸に向け社を発御するとき、御仮宿に着御するとき、更に、催事を終え社に御神輿が着御し御魂を奉還する儀式の際に御船歌を奉納している。

20060516132045 (伊豆新聞より)

 来る5/28に開催される「祐親まつり」の水上舞台へ「御船歌」を奉納するために保存会会員の士気は上がっている。稽古には大先輩の山本御船歌師にご足労いただきご指導を仰いでいる。失礼な言い方だが、年齢に似つかわないボキャブラリィに溢れる言葉の遊びに感心している。また、体験の中から時代を彷彿とさせる話の数々に、古き良き時代の風俗、習慣がセピア色の生活映像として脳裏をよぎる想いである。まだ歌うお役目が出来ない私は、奉納する「初春」と「八幡丸」の説明をすることになった。着物に揃いの袢纏に身を整え、晴れの舞台へ立つ。

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