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2006年5月 3日 (水)

江戸城石丁場遺跡その2

Img_0600  今日も太ももの内側と膝が痛い。昨日と同じだ。明日はどうなるのだろう?

 五月一日、先に掲載した江戸城石丁場の個人視察をした。ことのほか暑い!今年最初の夏日となった。強風吹き荒れる中、山に入る。ご同行いただいたのは写真家のT氏と史跡(考古学・歴史)研究関係二名、そして私の4名で4駆に乗り込んだ。

 Img_0604 (調査風景)

最初の石丁場は湯川山である。曲がりくねった細い山道を登っていく。自分で運転していたら後戻りしていたと思うほどの断崖が恐ろしい!!降車して歩き出すと竹林から杉林が混在している。沢には透き通った清水が流れている。あちこちに石が転がっている。角石に使われる直方体の築城石だ。平石も沢山ある。刻印も様々で、輪ちがい・久・大・扇・十・○の中に一・卍など探すのが楽しくなってしまう。登りの息切れなど吹っ飛んでしまった。

Img_0585 (角石・石垣の角に使用する大きめの四角い石)

Img_0584 (卍の刻印がある)

 刻印の大きさや組み合わせで大名や石工の区別がされていたようだ。「すだれ」がかかった石が結構あった。先日のシンポジウムで、すだれは山出ししてから付けた印だという見解だったが、山中で付けていたことが解った・・・との話を思い出した。

Img_0580 (すだれ模様の石、刻印も入っている)

 目的に合う石を見つけると大きさ、形を描き矢穴をあけて割るのが段取りだろう。石の質が悪い物、形が崩れた物は運び出さない。当然失敗作も放置してある。重い石を運ぶのは「しゅら」というソリ状の物に載せ、港まで運び舟に積み替えて江戸に輸送したことになる。気が遠くなるような労力が払われていた大事業に恐れ入ってしまった。あきらかにしゅらの石曳き道が確認できる。

二番目の石丁場は、伊東と宇佐美の境目あたりである。山の斜面に辛うじて踏み分けた道を分け入る。途中、一昨年10月の22号台風の爪痕が今以て生々しい。幾度となく足を滑らせながら更に奥へ進むと、うねった石引の道であろうワインディングロード?には路側帯のように整然と平石が並んでいる。積み出す順番を待つ完成した石はおよそ180個にのぼるようだ。それらには○に・が入った蛇の目紋が刻印され、400年を経た今も江戸城を目指しているかのようだ。

Img_0587 (並べられた刻印石)

「IMG_0589.JPG」をダウンロード (蛇の目紋の刻印石)

 石曳き道は急角度に曲がりながらつくられている。教習場のクランクのようだ。急激な直線道だと「しゅら」のスピードが出すぎて、載せた石が飛び出してしまうのだそうで、クランク部でゆっくりと方向転換しながら下ろしていく方法だったようである。

Img_0591 (石曳き道)

 昼食をすませて三番目の目的地へ向かう。ここが一番きつい!急勾配のうねった登り道は、運動不足の私にはこたえる。途中には□に三が刻まれたものや田の印、○三つを一本棒で串刺しにした刻印石がある。炭焼きの跡もみられた。小一時間の登り道が突然に開けた。前方は宇佐美海岸・伊東湾が一望の絶景である。山側に目をやると、大感動が待っていた。縦1.8m、横2.5mの大石を二つに割ったその面の真ん中に「羽柴越中守石場」と刻まれている。細川家丁場の標石だった。

Img_0599 (見渡す絶景)

Img_0602 (標石と私)

 伊東にはおよそ54ヶ所の江戸城石丁場があるそうだ。徳川の命を受けた諸国の大名は、地域の名主級の者に丁場の管理をさせ、世襲の中で幕末まで続いていたと言われている。1600年、関ヶ原の戦いに勝利した家康は、江戸に幕府を開いた最初の事業が江戸城の新たな築城であった。その石材として適している安山岩の産地として相模湾に面した早川から伊豆までが石丁場としての活況を呈したと言うことである。

 文化庁の調査でも、国指定の史跡として太鼓判のようである。巷間耳にする地権の問題等もある中で、当局の文化的方向性と、整備と管理、いかに保全し、いかに活かすかの民意力がポイントかと思う。伊東だけのことではなく、広域的な協調や空気づくりが、日本の歴史・文化の一部を支えていくことになり、失せてしまえば江戸徳川の歴史の一部が空白になることと言える。

 風雲急を告げる歴史浪漫・・・貴方には、この道の先に何が見えますか?

Img_0605

 

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