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2008年3月26日 (水)

湯の花共栄会売り出し決済

 3/23 湯の花商店街恒例の「現金つかみ取り大抽選会」が21・22に行われ、沢山のお客様に喜怒哀楽のガラガラ抽選が繰り広げられた。500円商品券・10円、50円、100円のつかみ取りに、特賞は1000円札のつかみ取りに胸躍るシーンが続出した。

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 今日は、その決済を行った。役員は売り出しの成果をデータにして今後の方針の指針とする作業とともに、事前に配布した資料に基づき、その決済をして一区切りとなる。

 商店街の経済動向は相変わらずの厳しさが続いている。販促活動への費用対効果に愕然として幾つもの商店街が行動を止めてしまう。そんななか、湯の花商店街は役員と会員の頑張りで継続した販促施策を実施している。一度歩みを止めると、再スタートへの必要エネルギーは莫大な負荷となって「あきらめ」が襲ってくる。止めないことが大事と思う。伊東の商店街を牽引する使命感に溢れた役員各位の健闘に感謝している。

伊豆ガーデニングクラブ

3/24 伊豆ガーデニングクラブ新会員の集まりが、主要メンバーのM庭で行われた。

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 約10名の会員が参集して花談義に楽しいひとときを過ごしました。特にご自分で育てた様々な苗を分けてくださるとのことで、よりどりみどり籠いっぱいを持ち帰り、我が庭に植えました。咲き誇る日を楽しみに・・・。

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 M庭の丸太の切り株に羽毛のように密生する苔が、雨上がりのしずくを輝かせ、何とも綺麗な植態を魅せていた。思わずカメラにおさめたのだが・・・私だけの感覚だったようだ。

2008年3月23日 (日)

池区「消防会館落成式」

 3/23 市内15行政区の一つ、池区の消防会館の落成式に出席させて戴いた。

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 伊東市消防団第15分団の池消防会館は、大室山につながる里山と田園風景との接点に位置するのどかな立地である。基礎部は大谷石、壁は杉の板張り、墨色の屋根瓦と杉板とのつなぎは、漆喰のコテ仕上げで構成された木造平屋建ての和風施設となっていた。

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 最初の設計では、火の見櫓を取り除く予定だったらしいが、安全・安心のランドマークとして残したと言う。本当に良かったと思う。昔から日のみ櫓は、その部落の毎日を鳥瞰できる位置にあり、地域住民への情報の提供、集約の要でもあるのだ。伊東市消防との連携の中で、消防団皆さんの努力や支えを結集する拠点が完成した。池区皆様の喜びは一塩かと思う。

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 式典後開かれた祝賀会で消防会館建設経過が紹介された。総額およそ5400万円、池区や関係団体の資金協力に市が1千万円の補助を行って竣工に到ったと言う。地域の協力という力を結集し、地域の景観に相応しい建築設計を大切にした関係各位に感謝とともに、大きな「おめでとう」をお伝えする。

防災活動車交付

Img_2011  3/21 伊東市役所において防災活動車の交付が行われた。財団法人 日本消防協会より交付されたワンボックス型軽自動車(約190万円)で、赤色灯・電子サイレン・消化器等を取り付けた緊急指定車両である。19年度日本消防協会共済事業による消防資機材の交付であり、伊東市は平成11年度に防災広報車の交付以来8年目である。

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 この防災活動車は、火災予防活動・災害発生時真っ先に現場に出動し、状況に応じた適切な指揮命令の発令・火災原因調査等にその機能を機敏に果たす目的のもとに交付された。日頃の訓練を充分に重ねている消防職員には、小回りの効く大きな(軽自動車だが)戦力となる。伊東7.5万市民を災害や火事の危険から守る重要な職務として更なる努力をお願いしたい。

2008年3月19日 (水)

ジャズコンサート

20080319143706  3/16(日)午後2時から、ひぐらし会館ホールでJAZZのコンサートが開催された。HIYOSHI ALL STARS SWING JAZZ ORCHESTRE ビッグバンド15名による熱い演奏だった。場内は超満員!入りきれない観客はロビーに溢れている。リーダーは伊東高校の一級先輩、顔見知りの同級生も数名ステージ上にいる。懐かしさと嬉しさがJAZZのスパイスとなって心地よい気分にいざなってくれた。紅一点のトロンボーン奏者は、私のまちづくり活動の同志のお嬢さんである。立派なソロを披露してくれた。3人のメンバーから地道に練習を重ね、次第に賛同の仲間が集まり、努力の積み重ねが今日を導いたと思う。好きな事は楽しい!!更に素敵なサウンドを市民に届けて欲しいと思った。成功!おめでとう!!

2008年3月18日 (火)

まちづくり活動と教育の協働

 私たちNPO法人まちこん伊東と県東部養護学校との協働によって、昨年3回実施した松川遊歩道の清掃活動から親しくなった生徒達から感謝の気持ちとして、交流会への招待を頂いた。精一杯の気持ちが込められた手づくり招待状は、ぽかぽかの温かさだ。

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 遊歩道の掃除は3組に分かれた。私はB班に加わり、バケツに水を汲んだり、タワシでこすったり、雑巾で磨いたりしながら生徒達としだいに友達になっていく!そんな親しみが交流パーティの中に溢れていた。ゲームをしたり、歌を唄ったり、お茶とクッキーを戴いたりのひとときは、なごみの中に、年齢や性別を越えたコミュニケーションが築かれたものと嬉しくなった。よどみのない純粋な態度と会話に接しながら、心地よい清々しさと自分を振り返る機会をもらったような気がした。

2008年3月15日 (土)

我が家の「春」

3/15 我が家の春を紹介します。「垂れ梅」は淡いピンク色に染まり手まりのようです。

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 昨日の雨で舞い落ちたピンクが階段の表面を飾っている。

 11月に剪定をしても、時期に合わせて枝垂れ咲く木の忠実さとエネルギーには驚いてしまう。此処に根を張って17年になった。

Img_1993  オランダは、アムステルダムから届いたチューリップが芽をのぞかしている。球根では、どんな花になるのか皆目見当がつかない。早くおおきくな~れ!!早く咲いて~と首を長くして待っている。

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 白と紅の沈丁花は、この時期に香りを漂わせる。近くには黄色の水仙が可憐な花を咲かせている。何年も前に植えたのだが、落ち葉や他の草に埋もれながらも毎年楚々と顔を見せてくれる。

Img_1996   鉢植えの花たちも彩りを添え、我が家に春を届けてくれた。 いつの日か毎朝、イソヒヨドリが訪ねてくれる。伊東市の指定鳥なのだ。先日も庭の草取りをしていると、傍らで何かをついばみながら私を見ている。青に橙茶が入った綺麗な容姿は雄のほうだ。私が侵略者とでも思っているのだろうか?ヒョッとすると「彼」の家かも知れないと思えてきた。

広報しずおか「静岡気分」

20080315134729_2  3/15(土)静岡市広報課から広報しずおか「静岡気分」が50部届いた。今回の表紙を飾ったのは「伊東小室桜」である。

 大御所四百年祭協賛事業として実施した「伊東小室桜・大御所献上」の賜である。昨秋より「伊東小室桜を育てる会」のスタート事業として、無い脳みそからひねり出した企画であった。静岡・家康公と伊東をどう繋ぐか・・・ウィリアム・アダムス(三浦按針)しかないと資料を紐解いてみた。400年の時空を越えた「縁」は、駿府公園に伊東小室桜の植樹をすることとつながったのだ。今は満開を過ぎた駿府公園の伊東小室桜は、静岡市民に早々と春をプレゼントしたことになる。静岡気分を手にして、自分の頭に描いた構想が表紙一面となったことで、尚更嬉しさが倍増した。この広報誌は、26万世帯に配布されると言う。静岡市内の井戸端会議の話題は「伊東小室桜」で持ちきりだろう??来春が楽しみである。

 今事業に丁寧にご対応いただいた「大御所四百年祭推進室」皆様に心から感謝を申し上げたい。

2008年3月 8日 (土)

東海館みがき隊

 3/3(月)第一月曜日は恒例の「東海館みがき隊」である。今回で78回目となるが、お雛様のお祝いと重なった。三階大広間には懐かしさが漂う檀飾りが迎えてくれた。

Img_0608_2  今回は、東部養護学校伊豆高原分校の生徒12名と教諭5名が合流した。地域社会とのコミュニケーションと掃除を通した為人、文化財保全への学習等々、この活動の意味は大きい気がしている。勿論、生徒達にとっては卒業後の就職も視野にあるから、掃除そのものが学習であり、体験実習でもあるわけだ。

Photo  今日のみがき隊員は13名、合計30名で文化を磨いたことになる。様々な人達が、伊東の観光歴史文化の象徴である「東海館」に触れ、感じ、考えることが「伊東大好き人間」への登竜門である。私は、議会と重なり今回は参加できなかったが、同志の心意気は、全員がリーダーである。これからも普通に、肩肘貼らずに楽しみながら続けていくことと思っている。

2008年3月 7日 (金)

「伊東小室桜」普及事業

 3/1(土)今日は、一日中「伊東小室桜」と行動を共にする日程である。

 ① 早朝6時、桜木シニアプラザ内に3本の「伊東小室桜」を植栽するために、伊東小室桜を育てる会の萩原会長と待ち合わせた。

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 まだ薄暗い敷地内に、会長が前日に掘っておいた穴が3箇所あいている。暫くすると軽トラックに苗木を載せた萩原会長が到着した。早速植樹作業に入る。手際の良い仕事人の作業は、小一時間で終わってしまった。私は、水くれと根本の足馴らしだ。そして伊東小室桜のタグを付け次の日程の準備へ移動した。

 ② 会長は、12時からの母樹お花見会、私は11時からの原木見学会の手配である。お弁当とお茶、そしてビールの手配を済ませ、3名の同乗者を廻りながらサザンクロスリゾートで参加者を待つ。このゴルフ場のコースに接する雑木の中に「伊東小室桜」の原木があるのだ。サザンクロスのご厚意でマイクロバスで何往復もしていただいた。約30人の方々が30~50年の樹齢と想像する原木と対面できたことになる。

 ③ いよいよ今日のメインイベント「伊東小室桜母樹お花見会」の開催である。

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 佃伊東市長が到着である。富士宮の小室市長も到着する。県が主催した桜で彩る富士の景観を考えるシンポジウムに私が参加したことが縁でご参加頂くことになった訳である。Img_1972 Img_1968

 土曜日の136号は渋滞で、秘書の小川氏も大変だっただろう!両市長は日頃から市長会で顔なじみらしく楽しそうに話が弾んでいる様子である。我々は猪肉のバーベキュー、猪鍋、鹿肉のルイベの準備に大忙しだ。美味そうに調理が進みできあがった。Img_1966 Img_1965 Img_1967

 お弁当を食べながら、ビールを飲みながら舌鼓を打つ。可憐な伊東小室桜を愛でながら自然の中で素朴な宴を繰り広げた。

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 勿論、車の方々は食べるだけである。私も猪鍋をたっぷりお腹に入れさせてもらった。皆さんも楽しそうに会話が弾んでいる。初めての出会いでも、花と食が親密なコミュニティを作ってくれるようだ。

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 「伊東小室桜を育てる会」が主催する交流事業第2弾は、大きな輪に広がっていくことを予想させるものとなった。最初にこの桜の育苗を事業化したNPO法人まちこん伊東のメンバーに声掛けをして、里山クラブ、森のボランティアの皆さんもご参加くださったことが嬉しい。伊東中に「伊東小室桜」を植えていくことは、伊東固有の桜前線づくりになるはずである。伊東に来てこそ、この美しい桜に逢えるのだ。市民みんなで育てて行きたいと考えている。

20080303171000_2  翌日の伊豆新聞に、この縁が掲載された。私が、富士宮の文化会館で「小室 直義」の名札に出会った幸運は、無理押しのアポイントに答えてくれた小室市長の寛大さによって今回の事業が、ふくらみを持ち得たと思っている。伊東・富士宮をつなぐ桜交流を意義あるものに仕立て上げる使命を、神様がプレゼントしてくれたものと感謝している。伊東小室桜のように、育て花開く活動を推進していくことを改めて心した。

2008年3月 5日 (水)

第4回しずおか町並みゼミin岡部

2/16(土)昨年我が町伊東で開催した「しずおか町並みゼミ」の第4回目が岡部町で開催された。場所を知らない方の為にアクセスから紹介したい。朝7時47分伊東発~熱海新幹線で静岡へ、東海道線に乗り換えて焼津駅、そしてバスで岡部に入った。伊東から3時間が経過したことになる。

Img_1912  バスを降りて、どうも反対方向へ行ったようだ。旧東海道の松並を残した道を右往左往しながらやっと会場の「駿岡社お茶工場にたどり着いた。

 今回の主旨は、岡部の町並み体感と民家での座敷談義そして、集まった「まちづくり馬鹿」と地元の方との交流を通しての意見交換である。

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 静岡県建築士会の有志が進行をつとめ、最初のサプライズは、サッカーで有名な中山ゴンのお父さんのトークから始まった。岡部弁丸出しのゴン父は、様々な自慢話をいやみなく展開する。彼の家は、ゼミ会場「駿岡社」の真ん前にあった。懐かしい町並みに合わせた改築に大きなお金をかけたと言う。

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 玄関を入って振り返り、土間から天井をを見上げると、吹き抜けの空間に、梁と建具の直線が交差する見事な建築美を味あわせていただいた。旧東海道と並行するかのようにもう一本の道がある。横の路地を通り抜け、その道に突き当たると舗装もない大きな駐車場があった。あづき色のジャガーのスポーツカーが置いてあ.るではないか。町並みと相対した景色であった。駿岡社は明治から継く玉露の名園らしい。たたずまいと共に、梁のダイナミックさ、歴史と伝統が随所に見つけることができる。

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 ゼミ会場の机は、茶箱を裏返しにしたアイデアが雰囲気を醸し出す。

 いよいよ、町歩きだ。旧東海道岡部宿の町並みは、現代家屋の中に懐かしさと風情が点在する曲線が美しい町である。

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 古い絵地図に記された道筋と、今歩いている道筋が一体となる。まるで江戸時代にタイムスリップしたようだ。

 お昼を柏屋さんで戴いた。松花堂弁当は、見た目も美しく、とても美味しかった。ここは、岡部宿の象徴のように手入れの行き届いた佇まいである。等身大のお雛様が飾られ、庭を水路が横断している。藏づくりの建物と門、小路から見えるレイアウトが見事である。

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 お腹がいっぱいになったところで、町歩きを再開した。あちこちキョロキョロしながら本陣跡を覗いてみる。県道藤枝静岡線通称つた街道を戻ると、右手に初亀酒造の大のれんが目に入った。立派な塀に囲まれた母屋に酒造所が居を並べている。中に入ると、日本酒「初亀」の数々が目を奪う。Img_1921 Img_1924 Img_1922 Img_1923

 興味はあるのだが日本酒は苦手である。お土産にするのも荷物になると・・・断念をした。

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 火のみ櫓を過ぎると、道脇に変わった鉄板が吊り下がっている。聞いてみると大事の時の警鐘だそうだ。古風な屋根が付いた岡部らしい発見である。

歩を進めると正應院と書いた門がある。門をくぐると三重の塔が威容を誇っている。手の込んだ木組みが美しい軒下を飾っている。宮大工の真骨頂であろう!

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 藍染めのアトリエを訪ねた。時代的な天井の梁は、デザインとして何とも美しい。「藍は青より出でて青よりも濃し」弟子が師匠を超える嬉しさと、師匠への感謝が合わせもたれて美しいのだ。越えられる喜びもまた感謝である。素敵な藍染めと職人気質に胸が熱くなった。藍色の素は、たで藍と言う植物だと知った。徳島から取り寄せているそうだ。これでなければいけないと断言する。

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 ゼミ会場の駿岡社に戻り、4つに分かれて協議をした結果を発表する。此の地の良きところ!こうあったら良いところ!何故こうなの?様々な意見が交錯する。現実と未来を、過去の歴史の中からすり合わせ、自身の町にオーバーラップさせてみる。平成18年、国は景観法を制定して地方・地域の景観をバックアップする姿勢を整えた。今、様々な地方自治体が我が町の景観条例や景観計画の策定に動き出している。新たなる建築に規制を、守るべき自然・建物・景観を保存する大切さは、次世代へ引き継ぐ我々時代の使命でもある。そんな心を通わすところが「町並みゼミ」なのだ。

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 駿岡社自慢の玉露の戴き方講習を受けた。岡部で焼いた専用茶碗に玉露を入れる。細く繊細に揉まれた緑色の葉が茶器の白色に際立っている。一方、注ぎ口のある茶碗に熱い白湯を注ぎ、手のひらに載せ、回しながら空気とふれ合わせ温度を下げていく。ぬるい程の感覚になってから円を描くように茶葉に注ぎ蓋をする。すするように戴いた玉露の甘さに驚いた!!!!こんなにデリケートなお茶を初めて戴いた。感動である。

 口腔に、岡部宿の甘い玉露の思い出を含んだまま、帰りのバスに乗った。

2008年3月 1日 (土)

県も桜で街おこし!!

 2/15(金)「桜で彩る富士の景観づくりを考える」シンポジウムが富士宮市で行われた。13時開会の1時間前に到着して持参した「伊東小室桜」を受け付け付近に飾っていただいた。既に河津桜が花瓶にあったが、殊の外枝が少ない。会場に入ると、ステージに堂々と飾られているではないか!!しまった・・・と思った。

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 まだ、誰もいないステージの来賓席に貼られている出席者の氏名に「小室直義」とあるではないか!何という幸運!素敵なサプライズをプレゼントされたのだ。伊東「小室」桜と、育てる会会長の萩原「直義」と合体した「小室直義」市長だったのだ。

 間髪を入れずにアポイントを取ると、小室市長も我々の存在をご存じで興味を抱いていたそうであった。静岡市大御所四百年祭協賛・伊東小室桜・大御所献上事業の報道を目にしていたとのことである。余りの奇遇は、富士宮×伊東の桜交流の架け橋になる。

Img_1911  シンポジストには、日本花の会結城農場長・東海大学感性デザイン学科教授・河津桜代表者などがコーディネーターの進行で意見を発していく。その中で、「河津桜は何百本でも必要な所に手配しますよ」と言う言葉に私は引っかかった。いや、元々引っかかっているからである。今では県外の有名温泉地で河津桜祭りをしているのだ。郷土のアイデンティティを切り売りするのは?今の桜経済効果が恒久的に継続するのか?不安を持っていたからである。

 私は、三分間のプレゼンをいただいた。「伊東小室桜」は売りません。伊東市に集積して伊東温泉に来遊してくださる観光や交流の大切なモチーフとして育てていくことをお話ししました。終了後、大学教授の先生も「日本はいつも地域にとって大切な物を、大事にしないから大変な「今」を作ってしまった。伊東の考え方に賛成です。」とエールを送ってくれた。会場に席を埋めた250人の桜で街おこしを考える方々は、どう感じたのだろう!

 夜七時から松川周辺まちづくり推進協議会があるので、急いでハンドルを握った。

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