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2008年10月30日 (木)

伊東旧見番第6回豊楽踊り

10/26(日)伊東旧見番の第6回伊東豊楽踊りが開催された。

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 伊東には幾つかの芸者見番があるが、お店で言えば、旧見番は老舗と位置付くのだろう。横田理事長を先頭に、伊東温泉の芸妓文化を支えている。日々のお稽古で積み重ねた成果を、実りの秋の豊穣に照らしてご披露する、この時節の伝統であろうと推察している。

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 芸者衆の顔見せから、配られた「伊東小唄」が披露された。この日の為に振り付けされ、艶やかに舞われたこの歌は、北原白秋作詞、町田嘉章作詞の大したものなのだ。

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 長唄、いろどりの舞、総踊りの2時間は、自分にとっての未体験ゾーンに足を踏み入れた異空間となった。観光の方々が、伊東のお座敷文化をもっと気軽に体感できたら楽しいと思う。そんな場所づくりが私たちの使命でもある。

 伺い聞くところでは、芸者の起源を辿ると巫女に行きあたるそうだ。天の岩戸を舞い開いた「アメノウズメノミコト」にも通ずるのかもしれない。平安時代は白拍子、源義経の恋人「静御前」もそうだったそうである。江戸時代には出雲の阿国が登場する。また、江戸吉原では、芸妓は娼妓と区別され、歌や踊り、三味線など歌舞音曲と巧みな話術で座を盛り上げる大切な職業であったそうだ。幕末から明治になると政治の陰の部分にその器量を発揮し、口の硬い信用できる接待役としての責務も担ったようだ。時代を動かした重要人物の奥様になった芸妓も少なくはなかったと言う。

 いずれにしても、伊東温泉の観光文化の担い手として、日々のお稽古に励んで欲しいと思う。私は改めて、市民一人一人の役割が有ることを自分自身に言い聞かせたい。 

ぐらんぱるぽーと旅の駅一周年

10/26(日)11時から伊豆高原の「ぐらんぱるぽーと」旅の駅一周年式典が開催された。

Img_0521 伊豆シャボテン公園グループの経営展開は、伊東市の経営に様々な示唆を与えてくれる。観光伊東のアンテナとして高感度の情報収集と発信を実行し、私たちに魅せてくれる。1年で目標の来場者50万人を上回ること10数万人を達成しているとの報告を戴いた。此の地は、関東から伊豆にお越しになる方々に対しては、伊東の最後尾であり、お帰りの際には伊東の先頭に位置する責任の重い場所である。楽しくて・嬉しくて・心地良い旅の思い出をお買い上げの包装紙の中に包むホスピタリティが着実な成果に繋がっているものと感じている。あいにくの荒天で会場を室内に移動したが、外では取り取りのアトラクションが展開されている。Img_0520 Img_0522

 来場のお客様方も立ち止まって、太鼓や津軽三味線の演奏に聞き入っていた。これからも伊豆シャボテン公園グループの観光戦略は見逃せない・・・と、常に眼を見張っている自分である。

 

2008年10月26日 (日)

秋のフリーマーケット

Img_0513 10/26(日)10時から伊豆ガーデニングクラブ主催の秋のフリーマーケットがイトーピア管理センター隣苑で行われた。あいにくの雨模様に出店者もお客様もゆったりした楽しみ方が出来ないようだ。私も当会会員の一人として、荒天時の対応をテーマとして検討とたいと会長に伝えた。

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花、苗、色々な手作り品も多彩である。初めて眼にした「黒米」が大変珍しい!食べたことはあるのだが・・・インテリアとして飾れそうである。今回は近隣市外からツアーを組んで約80人が参加とのことだった。私は次の日程があり来場前においとましたのだが、益々盛んな伊豆ガーデニングクラブの今後に大いに期待をしている。

2008年10月25日 (土)

伊東小室桜で大室高原チェリーロード計画

 10/20(月)伊東小室桜を育てる会では、かねてからの懸案であった大室高原遠笠道路沿いへの伊東小室桜植栽事業計画を伊東市長に報告した。

20081025094650  財団法人静岡県グリーンバンクの景観づくり団体支援事業の認定を受け、年50万円の助成金を受けた5カ年計画である。

 県道遠笠山・富戸線沿い県有地を市が占用し、市と当会が樹木の植栽と管理に関する覚書を締結した。およそ1.5㎞の県有地に100本の伊東小室桜を植栽し、大室高原チェリーロードとしていく考えである。伊豆高原桜並木とさくらの里を繋ぐ路が桜で彩られることになる。

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 紅紫色で大輪の伊東小室桜は、2月中旬から約1ヶ月のロングランで開花する伊東固有の桜である。当会を中心に関係貢献団体や企業、近隣町内会の方々に呼びかけて整備、植栽を実施していく予定である。5年後には新しい伊東の桜名所が生まれることになる。

2008年10月24日 (金)

インバウンド誘客促進

 10/23(木)伊東市20年度観光経済部予算としてインバウンド誘客促進補助事業がある。来年開港予定の富士山静岡空港のインバウンドを活かす為にも受け入れ態勢の推進が鍵を握っている。今回は、市内主要ポイントへの多国語表示案内サイン設置を視野に観光、都市計画両課との現場調査を実施した。

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 伊東駅広場から各商店街を客観的視線で確認しながら設置ポイントをチェックする。道路交通法的規制や屋外広告物としての縛りの中で効果的箇所への効果的案内物の設置がなかなか難しい。公安や行政、民間との厚意的連携が協働の姿として具体化するように、自身が出来るコラボレーションを進めたいと考えている。

2008年10月23日 (木)

ビーズのサボテン

10/23(木)息子からメールが来た。誕生日の贈り物へのお礼である。10月に35歳なった記念に家内がビーズのサボテンを作って大阪に送ったからだ。4月に息子夫婦の住まいを訪ねた際に、インテリアとして幾つかのサボテンが飾られていた事を覚えていたことからのアイディアなのだ。家内は私が係わるNPOでビーズ教室を担当している関係から様々な作品を創作している。しかし、サボテンは初めてのチャレンジで手こずったようだ。結局、誕生日には間に合わなかった・・・。

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 スワロフスキーのビーズは輝きがまばゆい!このサボテンに合う鉢探しに奔走したのだが、意に叶うものは見つからない。そうだ!!ガラス工芸を手がける友人の作品にしよう!かくしてこのような作品に仕上がった。

 Happy Birthday !! 夫婦仲良く、健康で楽しい毎日を・・・。

2008年10月22日 (水)

伊豆シャボテン公園開園49周年

10/19(日)伊豆シャボテン公園開園49周年記念式典に参席させていただいた。

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伊豆伊東に根ざしたシャボテン公園は、来年で50周年を迎える。この大事業に繋げる最後の一歩が49周年の今年であり、先人の築いた企業史への感謝と新生創造への社員一丸の再確認と位置づけるものと察している。伊豆・伊東は、50年前の9月26日に狩野川台風で大変な被害に出会った。天災による破壊は観光地にとって多大な打撃であり、地域住民の心や生活までが暗雲で覆われてしまった、そんな翌年に伊豆シャボテン公園が開園したのだ。まさに観光伊東の暗雲を吹き飛ばすトピックスだったと思う。その後、伊豆スカイラインの開通、伊豆急伊東-下田開通と、伊豆半島に繁栄への夢と希望を与えた観光経済の扉を開く先駆けが、伊豆シャボテン公園だったと推察している。また近年の企業努力は、伊東市経営に刺激となるインバウンドの事業展開であり、その貢献度は高く評価するものである。

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 お馴染みのチンパンジーショーや、来年創設10周年を迎える伊東スパークスのスティールパン演奏と、来園のお客様へのプレゼンテーションは楽しいものばかりだ。また、コスタリカ展の開催も興味深い展示だった。

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 バルサのお面、太陽の迷路を記した「モラ」の刺繍、コーディネートされた遠藤先生の押し花も大室高原の大自然の中にフィットしていた。

 伊豆シャボテン公園グループの更なる発展とともに、一歩先を見据えた事業展開に大きな期待と同時に、私自身の勉強の対象として御指導を賜りたいと思う。

第2回わんこのお祭りぁ~い

 10/19(日)伊豆シャボテン公園で第2回「わんこのお祭りだぁ~い」が開催された。

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開会式は10時半だが、続々と参加受付に集まってくる。ワンちゃんは勿論だが、飼い主の皆さんも様々な趣向を凝らした仮装でやる気まんまんなのだ。

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 スターウォーズになりきったペア+わんこはひときわ異彩を放っている。ぬいぐるみのような可憐なわんこに眼を奪われた。見回すと名刺交換をしている。近寄って驚いた!!わんこの名刺なのだ。写真と名前を刷り込んだ一人前?いや、一犬前の立派なものだった。まさに家族の一員である。

 黄金のわんこを探すイベントが始まった。シャボテン公園のあちこちにカラフルな参加者達が右往左往している。他の来園者の皆さんにも楽しい光景に違いない。

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 200匹以上のわんことその家族は、大いに楽しんだようだ。私は、様々な切り口から観光を捉えたいと実働の中で試行錯誤をしている。ペットもその一環で、国内のペットは、犬と猫でおよそ2500万匹と言われている。犬だけでも日本の人口の1割に達しているのだから着眼しないほうがおかしいと思う。昨年2月のビッグワンパーティをはじめ、今春のわんこのお祭りだぁ~いに続いて今回の2回目と、都合3回のイベントが成功している。関東一円から宿泊しながら来ている現実は、大きな手応えを感じている。これからも見守りつつ、側面から応援していく。

2008年10月19日 (日)

伊東小室桜接ぎ木作業

10/17(金)18(土)9時から伊東小室桜の接ぎ木作業が行われた。npo法人まちこん伊東の主体で、伊東小室桜を育てる会、里山クラブ、森ボラの有志が参加した。

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萩原会長のレクチャーの後、小刀を研ぎ穂木づくりを始めた。今春に定植をしたオオシマ桜が60㎝くらいに成長している。このオオシマ桜を台木にして、その根元に伊東小室桜を接ぎ木することが今回の目的である。Img_0443 Img_0447 Img_0434 Img_0435                                   

 穂木を作り、台木に切り込みを入れ、穂木を差し込む。

Img_0449 切り口どうしを密着させ、テープで覆うように固定する。乾燥をさせないための技術なのだ。素人は闇雲にぐるぐる巻きにして芽が出てくるのを押さえつけてしまうようだ。私も10本ほど接ぎ木に挑戦してみた。果たして結着してくれるのか?少々不安なのだが、私の作品として印を付けてきた。もしかして私のだけが枯れてしまったら・・・と心配である。

Img_0452  お昼過ぎまでにおよそ300本位出来ただろう。日頃から里山に入って樹木や草花の作業をしている皆さんは慣れたもので余裕の表情だ。私は、椎間板ヘルニアの持病があるので中腰や前屈みの作業は少々きついものがある。無理のないペースで接ぎ木体験をさせていただいた。伊東を桜で埋め尽くしたいと、伊東小室桜の育苗に多くの人々が係わることは大きな意味がある。意識を共有することから行動が始まる。

                  

商店街区消毒

10/16(木)8月にする予定だった商店街区の消毒が雨で中止だったことから、2ヶ月遅れで実行出来た。もう蚊の季節は過ぎのだが、家と家の隙間にはゴミや空き缶も放置のままである。最近は猫のたまり場があちこちに出現し、路面の糞尿や匂い、ノミの発生も気になっていた。近隣40所帯に実施の内容、場所、猫への餌やり注意、地所内の整理清掃を呼びかけプリントを配布した。

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 およそ1時間をかけて丁寧に消毒薬を噴霧した。たむろしている猫たちがあわてて逃げていく。しかしほとぼりが褪めれば戻って来るのだろう。餌やりおばさんの配給を当てにしている猫たちは、自立した日々としての生活を送っていることになるのだろうか?おばさんが病気をしたり、何かの事情で来られなくなったとしたら、食いっぱぐれて困窮猫になってしまう。また、生活環境に対する責任をどのように考えているのか?このことで困っている人達は多い!是非問うてみたい!今度、餌やり現場に張り込もうと考えている。

2008年10月18日 (土)

松原湯端町秋祭り

 10/14(火)&15(水)松原八幡神社例大祭は、松原区・湯川区各町内が山車を繰り出し賑やかに執り行われた。私の事業所は松原湯端町に所在しているので、お祭りに参加しだしてかれこれ30年に近くなるが、約15年前から山車の装飾係を拝命している。

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 雨のため巡幸を取りやめた町内が多かったが、子供達が楽しみにしていることからも湯端丸は町にくり出した。湯の花通りを抜けてキネマ通りに入る。アーケードなので雨に濡れることがないので子供踊り子隊が練習の成果をお披露目した。子供はスターである。

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 15日は絶好のお祭り日和だ。笛や太鼓にこぎみよい鐘が入ると胸の奥が高鳴るほどに気分が高揚してくる。夜の闇に提灯の明かりがノスタルジックだ。今年は蛍光灯を使わず昔ながらの電灯を付けた。去年までは白々とした色だったのだが、黄みを帯びた自然光が柔らかく加減の良い雰囲気を創ってくれた。踊り子隊も足を延ばし、中央商店街でも可愛い踊りを魅せた。昔に比べると山車を挽く子供達も少なくなった。このままでは伝統文化の存続に危機感が感じられる。

 残すために変わることが必要だと思う。神社の無い地区には伝統のお祭りが無い。新興住宅地の子供達はお祭りを味わうことが出来ないことになる。町内間交流による新たなコミュニティづくりが地域伝統文化を存続させる方法にもなるのだが・・・。

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 16日(木)強者どもが夢の後・・・静まりかえった山車を格納する。雨に湿った提灯を干し、お勝手を片づけた。祭典委員長さん他関係の皆様!!大変ご苦労様でした。今年も大過なくお祭りが終わりました。来年の委員長さんも、一年かけて、いいお祭りに仕立ててくれると思います。

松原八幡神社例大祭

 10/14(火)12時半より松原区関係者、氏子総代、市議会議員、御船歌保存会、祭典奉仕団等総勢70名による夕祭が行われた。厳かな典儀に続いて御輿が社殿に納められ、御霊入、神幸式と続き、発御を迎えた。 32名の祭典奉仕団によって担がれた御神輿は、さきども、お稚児さん、関係各位の行列を以て巡幸に入った。Img_0339_2 Img_0340

 187段の階段をおよそ1トンの御輿を担いで下るのだから大変だ。白装束に身を固めた奉仕団面々は口紙を咥え、言葉を発することはできない。神様への敬拝を言葉ではなく身体で示している証なのだろうか?

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あいにくの雨なのだが、沿道には見守る区民の列ができる。丸山町-猪戸通り-キネマ通り-修善寺街道-大川橋-按針通り-朝日町八幡神社-大川橋と来て、御船歌の奉納の中、御旅所に着御した。

 10/15(水)昨日とは別段の秋晴れである。10時の典儀から御船歌に送られて発御となった。Img_0364 Img_0368 Img_0369 Img_0370 Img_0371

 南口線-修善寺街道-海津美神社と巡幸を進めお昼になった。

海津美神社を後にしていよいよ海上渡御だ。Img_0372 Img_0374 Img_0375 Img_0378

神主の鎮祓祝詞の中、関係者が整列し海上渡御となる。砂浜には見渡す限りの人、人、人が連なる。

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 海上渡御は3回に亘った。見ている方も気が気ではない。顔の表情は苦痛に歪み、1トンの御輿を支え、海中では立ち泳ぎで渡御するのだから並大抵の頑張りではない。

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海から上がると恒例の御輿合戦となる。松原、湯川両区の区境で、お互いの御輿と男意気を競い合う。ややもすると一触即発の気概がぶつかる。はらはら冷や冷やの観衆は、ひいきの御輿に声援を送るのだが、押し寄せてくる御輿から逃げるのも命がけだ。

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 本祭りも最終段階となった。新たな白装束に着替えた祭典奉仕団が揃い、御船歌に送られて還御となった。御所車に乗せられた御輿が町を抜けて187段の松原八幡神社をお上りになった。社殿に納まった御神輿から神主の「うぉ~」の声で御魂がお帰りになった。夕祭は、雨だったが、無事に祭事の一切が執り行われたことは、関係各位のご尽力と盛り上げてくれた市民皆様の賜と感謝している。地域に根ざした伝統文化は、地域の責任として孫子の代まで伝え育んでいくものと実感した2日間だった。

2008年10月14日 (火)

御輿の組み立て

 10/13(月)三島から戻って9時頃八幡神社に向かった。今日こそ石段の数を数えようと思っていたのに、気がついた時には半分以上も上ったところだった。いつも同じ事を繰り返している。境内には祭典奉仕団の応援隊が焚き火を囲んで談笑している。胃の腑に染みる御神酒が威勢を後押ししているようだ。

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 御船歌の有志も昔話に花を咲かせている。「おらぁ頃は・・・」の話が多いのだが、時代時代の祭り観の変化が垣間見られて興味深い。空を見上げるとお月様だ。

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 社殿では奉仕団が御輿の組み立てをしている。もう23時になる。皆、上半身が裸になって御輿を境内に担ぎ出した。肩を合わせて輿棒のポジションを決めるのだ。まもなく24時になる。準備の完了を待って会館に集合だ。いよいよ垢離に入る。今晩は何回の垢離をするのだろうか?明日から例大祭となる。

コンセルトヘボウ ジャズオーケストラ

10/13(月)14時開演のジャズコンサートに妻と三島に向かった。確か静岡新聞の記事か広告欄で見たと記憶するのだが、チケットを購入したのは、オランダ/アムステルダムのヘボウジャズオーケストラだったからである。

 コンセルトヘボウは、世界で三指に入る音響の良いホールと言われている。アムスには数度訪れていて、ヘボウのクラッシックコンサートも2度ほど味わっている。義兄の友人がヘボウオーケストラでヴァイオリンを弾いている事も由縁である。身体にガーンとくる音響は、自身が共鳴板になったと錯覚する程の迫力だった。

 三島公演は、5名のサックス、4名のトロンボーン、5名のトランペットにベース、ギター、ピアノ、ドラムスの18名を率いるヘンク・ムトヘールトが指揮をつとめた。日本の楽団ならば、曲の殆どがスタンダードなのだが、一つも耳ざわりの有る曲目がない。このジャズオーケストラのオリジナル曲が殆どである事に驚いた。スイングに乗せて観客も手拍子で同調する楽しい2時間だった。

 翻って、我が町のコンサートホールは築40年を経過している。数年かけて音響のグレードアップを図るのだが、一流のアーティストを招聘するにはチョット気後れする感じである。500~800人収容位のコンサート専用ホールが有ったならば、音楽芸術の振興や市民文化の醸成に大きな力を発揮するものと思うのだが・・・頑張ろう!!

 写真撮影が出来なかったのでご覧頂けず・・・コンセルトヘボウで検索してください。

秋祭り

 10/13(月)10時から松原八幡神社秋季例祭による湯端町山車の準備を行った。例年恒例の山車装飾委員長は、今年で何年になるのだろう?少なくとも20年に近い筈だ。

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 伊東市の秋祭りに巡幸する山車はおよそ30台あるのだが、その中で船をデザインしたのは、松原祭典奉仕団の「八幡丸」と我が湯端町の「湯端丸」の二台である。基本的な提灯飾りを終えた姿なのだが、夜の巡幸には提灯に灯が点って特別の祭り気分を盛り上げる。神酒所祭壇に飾る大榊の準備にも余念がない。

2008年10月12日 (日)

エコキャップでワクチン運動

 10/12(土)昨日の海岸清掃の際に、伊東駅前仲丸通商店会の青木会長から「ペットボトルのキャップがあるから取りにおいで!と言われたので伺った。いゃーhappy02驚いた!Img_0323

 こんなに沢山とは思いもよらなかった。店に持ち帰って数えてみると、何と、2169個!!!嬉しくなった。着々と協力者の輪が広がっている。今までの5770個に加えると7939個、目指せ10000個!この調子なら遠くはないぞshinegood

 温銭の運営委員会では「世界の子供にワクチンを」運動への支援活動だが、このキャップを油化する活動も進んでいる。伊東市では9月議会で油化プラント購入の補正予算を可決したところである。出来た油でイベント時に使用する発電機の燃料にしたり、ゆくゆくは、公用車の燃料に出来れば・・・との考えもあるようだ。様々な形でゴミやco2の削減を進め、循環型社会の構築と地球環境の温暖化をストップさせる手だてである。それは、一人ひとりのゴミに対する分別意識を通常化することなのだ。温銭の活動もコミュニティと経済の循環による社会づくりを目指していることからこの運動に協賛している。「循環」は全てのキーワードになっている。

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 今日2169個のキャップ収集に協力してくれた阿於喜食堂さんを紹介する。中華、そば、丼などで定評の老舗であり、仲丸商店街の会長としてなが~くご尽力くださっている。伊東商店街連盟の副会長でもある青木さんは、大柄な体格でも気持ちの優しいお父さんである。是非温銭の仲間にも入って欲しいと思っている。

ジャズライブ

 10/11(土)湯の花通り「ドロップ イン」のジャズライブに行った。マスターの山田さんは、伊東ミュージカル劇団の運営委員として活動する仲間である。Img_0187

この写真は、先日大仁の某所で開催されたダンスショーで音響を駆使する山田マスターの勇姿なのです。この日は、伊東ミュージカル劇団のダンス指導者として教鞭をとっている岡崎先生が主催され、伊東から応援隊が駆けつけた。私は、観客の一人としてショーを楽しませて頂いた。

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本題のジャズライブは、ドラムスの中村達也率いる、ピアノ上野輝明、ベース原田和光のトリオだ。北から南まで、日本中をツアーしているそうで、伊東のドロップインは2度目とのことだった。電子ピアノの真ん前に座ったことで、奏者の汗が飛び、口ずさむ乗りの声まで筒抜けの臨場感120%の体感だった。こんなライブが市街地で度々あると楽しいと思う。引きこもりも街に出てくるに違いない!2部開始の前に、バラホーンというアフリカの打楽器を披露してくれた。竹の鍵盤に共鳴板の代わりに瓢箪がくくりつけられ、バリの民族楽器と似た音色だった。ド・レ・ミ・ソ・ラの5音から繰り広がる音観は素朴なやすらぎを感じさせてくれた。あっという間の2時間だった。

松川通り電線類地中化

 10/8(水)午後7時から松川通り電線類地中化沿道説明会が行われた。

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 市の建設課、都市計画課によって、「くらしのみちゾーン」整備事業として11月から工事に入る行程や、その内容についての説明会である。私は、松川周辺地区まちづくり推進協議会の一員として参加したのだが、出来ることなら沿道に係わる皆さんの全てにご参加頂きたかった。自分の生活エリアの新たな整備はどうなるのか?その変化に向かってどのように実行されるのかは、生業や生活現況とともに、此の地を子供達へ引き継ぐ責任があるものと思うからだ。

 今まで、あちこちでこのような現場に遭遇しているが、工事をすることは確かに交通や商売の妨げにもなる。しかし、これからを良き姿に導こうとの施策をするのだ。工事による不便さを大声で問うことよりも、協働を礎とした相互協調の中から、商売にも地域利用者にも負担がかかりにくい方法を探し出すことだと思う。単にリスクではなく、可能性へのステップと発想を変える必要があるのでは・・・と考えるこの頃である。

松原祭典奉仕団御籤取り式

 10/10(金)19時半、昼間の晴天は嘘のように雨が降り出した。来る10月14、15日の松原八幡神社秋季例祭への奉仕団団結式と御神輿運行の役割を決める御籤取り式が、八幡神社本殿で厳かに行われた。

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Img_0305 紙の両端に御神輿の担ぎ位置番号を書き入れ紙縒(こより)にしてある。神主のお祓いの後、氏子会長が鋏で真ん中から切って、一方を祭典奉仕団のそれぞれが引き取る。もう一方は、区長、区議会、氏子会、連合町内会、市議会、御船歌保存会が引いて発表する。当たった奉仕団員は大きな声で答え、32人の御神輿の役割が整うしきたりなのだ。このように様々な儀式、準備を経てお祭りを迎えているのだ。時代を溯るほど、地域に脈々と根ざした「お祭り」は一年を通じて最大のイベントだったに違いない。人間・地球、自分が有る、家族が有る、生業が有る、町が有る、万物への感謝を神様にお伝えする伝道の日がお祭りなのだ。五穀豊穣!家内安全!商売繁盛!長寿福徳!交通安全!松原万歳!伊東万歳!!

オレンジビーチ清掃

10/10(金)9時15分から海岸清掃を実施した。「伊東の海岸を守る会」が主催する恒例の活動で、39の各種団体、350人が参加した。

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市環境課からゴミ袋と軍手、掃除用具が手渡され、晴れ渡った青空の下、各自が砂浜の掃除に汗を流した。Img_2746

 これは、釣り針のついた釣り糸なのだが、軍手に引っかかって見つけたものだ。素手や素足で水遊びや砂遊びをしたら大変なことである。釣り人のマナー違反は、放置した本人の知らない所で怪我をさせたり、迷惑をかけていることを知って欲しい。

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 今年導入された新兵器も投入され成果をあげている。手にした袋が一杯になりゴミが次々と集まってきた。名実ともに人海戦術である。観光伊東は、自然が与えてくれた海と、その恵みによる恩恵が大きい。しかし解っていても、そのご恩を海に帰しているとは言えそうもない。海で生業を立てている者は勿論のこと、観光を基幹産業としている伊東に住まう市民総出で取り組むべき環境保全だと思う。

2008年10月 7日 (火)

第85回東海館みがき隊

10/6(月)10時から第85回東海館みがき隊を実施した。

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 そぼ降る雨の中、11名の隊員が足を運んでくれた。今月で8年目のスタートに立つことになる。堅絞りの雑巾モップ係の後を乾拭き雑巾モップ係が追いかける。私は思いついたアイディアを実践してみた。進行方向に向かって堅しぼり、乾拭きのモップを2本並行に並べて拭いていくのだ。2人分の仕事を1人でできることに7年丸々やってやっと気が付くとは何と愚かなことか!!とはいうものの、2人ペアで「つってば、かー」、押したり引いたりの阿吽の呼吸には勝る訳がない。

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 月曜日はお風呂が無い。回りの隊員に声をかけ、中々観ることのない大浴場の湯口を間近で観た。唐獅子の石彫は初代森田東光の大作である。温泉湧出量第4位の伊東市である。唐獅子の口から勢いよく出る温泉が右の犬歯を折ってしまったと聞いている。近寄って観ると繋げた手当てが確認できた。この歯の治療は、斜め前の飯田歯科医院が担当したに違いない?????このおやじギャグは結構うけた・・・と、私は思うのだが・・・

 地域エコ通貨「温銭」委員会の「エコキャップでワクチンを」運動に、今回も参加隊員皆さんがエコキャップを持参してくれた。家に帰ってまた数えた。何と1895個も・・・嬉しい。前回の808個を加えて、みがき隊総計2703個になった。私の家と店での回収を含めると5770個になった。

Img_0236  これは、私の美容室に置いているキャップボックスである。牛乳パック回収箱をリニューアルして作ったものだ。まさに利活用のたまものである。既に1箱は満杯になった。一箱でおよそ1200個のキャップが入る。

 お客様や湯の花商店街「おかみさん会」の皆さんも大いに応援してくれる。キャップ800個でポリオワクチン一人分(20円)になるのだから、今、途上国で適正な医療を受けることの出来ない9人の子供の命が救えることになる。小さなことの積み重ねは着実に、粘り強く進めていく。

遠藤淳一写真展

10/5(日)もう16時!写真展は17時までなのだ。杢太郎祭の終わりから遠藤淳一写真展会場まで、歩く、あるく、歩いた。ふれあいセンターの二階にやっと着いた。

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 作者の遠藤氏と話した。人工的光を使用せず、角度、時間、スピード、心持ち等々、あらゆる要素の組み替えを読みとり、計算した偶然をフィルターに焼き付けるのだろうと理解した。それにしても同じ能面でこれだけの表情や世界がひろがるのだから魔術のようである。

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 毎年5月下旬に開催される祐親まつり薪能を観て感ずることは、無機質、無表情のお面が、音曲と謡い、舞踊、所作と演者の力量が相まって、深い心情と広い歴史観、生活観を表現している。顔面表情筋が活躍しているように魅せることのすごさを感じていた。

 彫りの技量、演ずる技量、撮る技量・・・能面を通して「意志」の伝えを魅せてもらった。

伊豆高原クラフトの森フェスティバル

10/5(日)杢太郎ウォークの途中から引き返し、伊豆高原クラフトの森フェスティバルに向かった。今年で11回目を迎えるこのイベントは、コスモスが咲き始めたさくらの里の景色とすっかり同化した自然体に感じた。

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 会場には様々なクラフト作品がブース毎に展示され、作者と訪れる方々との会話が弾んでいる。作品の意図や制作上のノウハウを聞いたり、芸術観を語ったりのコミュニケーションが作品購入へのプロセスになっているようだ。小さなテント店の中は、作者の夢や希望が詰まっている。あっちをのぞき、こっちに戻り、そっちへ向かう人、ヒト、ひと!!

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 何か怪しげな視線を感じたのだが・・・こんなユニークな犬?がこちらを見ている。

Img_0264 こちらは、渡辺高介さんの石ころアートである。犬、猫、豚などなどなど、展示台の上は大混雑の様相を呈している。彼は自然観察や鳥類観察のオーソリティだ。伊東の素敵さを様々な所で、いろいろな人達に伝えてくれる。勿論出展者としても常連なのだ。

 素晴らしいロケーションの中、おおらかで爽やかな風が、折れ線グラフのように散策するお客様の間を通り抜けていく。コスモスがふわふわと空気の流れに身をまかしている。伊豆高原ってこんなとこ!伊東ってこんなとこ!幸せに気分を味わえる・・・そんなとこ!

2008年10月 6日 (月)

木下杢太郎

 10/5(日)玖須美区民体育祭を途中退場して杢太郎ウォークに合流した。来秋開催される静岡国文祭協賛事業である。私の事業所がある湯の花通りも協賛の一翼を担った。

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杢太郎の「百花譜」から抜粋した30作のコピーを商店街の店頭に掲示したのだ。9時に伊東公園に集合した約70名の参加者は30分後に湯の花通りの「おん馬の湯」前で伊東少年少女合唱団の歌声を聴いた。

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10時、私が追いついたのは杢太郎記念館だった。杢太郎の息吹が詰まった生家で、伊東自然歴史案内人会の解説にうなずく。

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 オレンジビーチ、なぎさ公園と杢太郎碑を巡り歴史を紐解いて当時を疑似体験しているようだ。医学者であり文学者であり、画家でもある超多彩な杢太郎は、郷土伊東が生んだレオナルド ダ ビンチであると私は思っている。年に一度ではあるがその偉大さを思い起こさせてくれる日が今日である。

 13時半から日暮らし会館で杢太郎祭が行われた。伊豆高原さくらの里で開催しているクラフトの森フェスティバルから大急ぎで戻って列席した。

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 文化協会齊藤会長の挨拶から、献花、献茶そして俳句や短歌の朗詠である。私は、誌の朗読が心に残った。杢太郎が染め込んだ時間や空気が甦るが如くの語り口に、当時の光景が浮かんでくる錯覚を覚えた。伊豆高原コーラスの皆さんが歌う西小学校の校歌も懐かしい。私は、小学3,4年を西小で過ごした。たった2年の伊東住まいでもこの校歌が歌えるのだ。4年間お世話になった多賀小学校の校歌は、今以て思い出すことができない。

玖須美区民体育祭

 10/5(日)午前8時半から私が住まう玖須美区の体育祭が行われた。伊東には15の行政区があるが、地域コミュニティの大切さを区運営に具体化している最たる区である。

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 区長を始めとする主催者と来賓の挨拶が終わり、手慣らし足馴らしの準備運動が始まった。この段階で息を切るメタボの自分にあきれてしまう。

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 県議、市議と北京オリンピックに因んだウルトラクイズの出題者となったが、色々と気を遣わせているようで恐縮である。紅白に分かれての玉入れ、工夫を凝らした競争やゲームに区民は大活躍である。持ちきれないほど沢山の商品を勝ち取って大喜びだ。新聞やテレビで物騒な事件ばかりである。声をあげ、ふれ合ってお互いの顔が分かり合うことの大切さを痛感する昨今である。関係各位のご尽力に感謝である。

2008年10月 4日 (土)

第11回伊東花笠踊り

Img_0209 第11回伊東花笠踊りが10/3,4の二日間開催された。市内外の参加団体は合計49、約2000人の踊り手の皆さんが趣向を凝らした衣裳で踊りに花を添えた。先頭は本場山形の花笠舞踏団、華やかで小気味の良い踊りと笑顔で先導する。その後ろは、伊東温泉花笠娘が陣取る。

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競輪チームは、みかりん&みかりんこが率いている。伊東ミュージカル劇団仲間のキヨミダンスチーム、シャボテン公園グループなどそれぞれの団体色を表現したパフォーマンスが楽しい。

Img_0220 シャボテン公園グループの最前線は、あじさい娘だ。右側の娘さんは、私と同姓で、おまけに息子の嫁と同名だった。偶然にしても嬉しいハプニングに一緒に写真を撮らせていただいた。

 何故伊東で花笠なんだ?との声は相変わらずだが、11回の積み重ねは着実に参加団体の誘客には貢献している。が、市民、商店街を含めた関わりづくりへの工夫が更に必要だろう。受け入れ側の地域が傍観者になっていないか?様々なイベントの度に感じるのだが、批判ばかりではない協働態勢がホスピタリティだろうと痛感する昨今である。

2008年10月 1日 (水)

挨拶運動

10/1(水)朝7時半から伊東駅で挨拶運動に参加した。きっかけは、先の県議選の街頭演説に立ち会うために行った伊東駅での出会いだった。交通安全母の会の皆さんに、時として女性の会の皆さんが加わり、駅頭で幟旗を持って「おはようございま~す」「行ってらっしゃ~い」と投げかけるのだ。反応が薄い!こだまのように返ってこない!永くご尽力されている皆さんに伺うと「良くなった方ですよ!」と言うのだが、私としては物足りない感が強い。Img_0201 Img_0202

 運動が運動で終わらないように、変化の実体を感じたい。打てど響かず・・・が、打って響く!現実を継続することである。通勤通学が混み合う駅のラッシュに、爽やかな挨拶が飛び交う日常を期待している。来月も呼びかけるぞ!!

御船歌詠い始め奉告祭

9/30(火)19時半から平成20年度松原八幡神社秋季例祭への御船歌詠い始め奉告祭が執り行われた。そぼ降る冷たい雨の中に、厳かな祝詞(のりと)と荘厳な御船歌が響き渡った。Img_0193 Img_0194 Img_0196 Img_0198 Img_0199

 松原財産区、氏子総代会、連合町内会、祭典奉仕団と我が御船歌が結集して盛大な秋祭りを挙行する儀式は、滞りなく終わりなおらいとなった。Img_0190 Img_0191

松原神社社殿には、13代南部屋五郎右ヱ門の作である御神輿が供えられている。京御輿と言われるが故に力強くもあり艶(あで)やかでもある。13日の晩に松原祭典奉仕団の面々が輿棒を入れ組み立て方合わせをする。その後、御神輿に係わる奉仕団員の清めの儀式として「松原海岸より入水し、垢離を執る」にあたり、御仮屋で御船歌を奉納するのだ。私は、昨年初めてこの儀式に立ち会わせてもらった。輿艦長の「垢離」の号令に真っ裸になって海に走るのだ。それは翌朝までに何回も行われるそうだ。ふる里に生まれ育つ感謝をふる里に帰す!これが伝統の文化なのだろう。綿々と伝わり、綿々と伝え伝えていくことが継承であり顕彰でもある。今年の例大祭も心新たに体感する。

20081002153533 さっそく、10/2(木)伊豆新聞朝刊に掲載された紙面である。。

 今年の詠い始めに御奉納した御船歌「船ぞろい」について、その歌意を綴ってみる。 

 松原の地に伝承される4曲の中で唯一、北條早雲と言う人物を題材にしている。溯ること明応2年(1493年)、伊豆半島を配下に治めた伊勢新九郎(後の北條早雲)は、更に伊豆諸島の制圧に乗り出し、激しい黒潮が波打つ灘を48艘の軍船で乗り切った勝ち戦を、北條軍団進軍の語り部として詠い継がれたものである。 御神輿を先導するように御船歌でいざなう様をご覧いただき、伝統の秋祭りを楽しんで戴きたい。

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