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2008年11月30日 (日)

NPOまちこん伊東「福祉寄席」

 11/29(土)18時半から古今亭菊千代師匠の福祉寄席を開催した。もう第5回を迎える恒例の福祉企画である。

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 女流落語家の先駆者として真打ちになり、今ではばりばりの中堅実力者になっている。菊千代師匠の素晴らしいところは、落語に手話を取り入れて耳の不自由な方達へ笑いをお届けすることである。更には、ピースボートに乗って世界の同胞に日本の古典文化を伝えたり、拘置所への出前寄席で心のやすらぎを提供したりのライフワークを持っていることである。これからも師走近くの福祉寄席を定番とするためにも、もっと沢山の人達に参加を呼びかけたいと思っている。私は、菊千代師匠の応援団として仲間を募る事を約束した。これから内容を詰めていくので是非参加して欲しい!

農水功労賞お祝いと忘年会

 11/28(金)「伊東小室桜を育てる会」会長・萩原直義氏が静岡県農林水産功労者表彰の栄誉に輝かれた事を祝おうと集まった。寿司割烹つた好の料理に舌鼓を打ち、胃の腑に美味しいお酒を注ぎ入れる。今年の活動報告や今後の事業展開について紹介したことは聞いてくれたのだろうか?と心配するよりも、饒舌な会話に場が盛り上がった方が楽しいに決まっている。Img_1063 Img_1064

 総勢35名の「伊東小室桜を育てる会」会員の中から18名が参加してくれた。あと2日で師走になろうとするこの頃は、特に忙しい方々ばかりなのだが嬉しいことである。宴たけなわの中、特別感謝状贈呈式となった。Img_1066 Img_1067

 美しい紅紫色の伊東小室桜を発見し、丹精して今日の礎を築いた萩原会長へ感謝状の贈呈である。プレゼンターは同級生の沼田氏にお願いし、青年期のエピソードを語っていただいた。12月からは、大室高原チェリーロード事業が始まる。また、新たに「伊東小室桜ガイドブック」作成事業も(財)静岡県グリーンバンクの補助事業として認証された。伊東市のアイデンティティとしての桜活動は、着々と進行しているのだ。市民力の成果に期待していただきたい!!

イルミネーション

11/27(木)多賀中学校の同窓で、特に親しい友人の母上様が亡くなられた。我が母と同い年なので心寂しい思いを強く感じている。幸い母は元気にさせてもらっていることが幸せである。お通夜に伺った帰りに熱海まで足を延ばした。

Img_1060  一方通行の海岸線を伊東に向かって走ると左側に大きなツリーが目に飛び込んできた。イルミネーションが美しい30㍍の勇姿である。車を停めて写真を撮った。回りにも数グループの見物人が見上げていた。熱海のランドマークになりそうである。クリスマスに向かって若者達のデートスポットになると思う。これだけの高さと重量を支える土台は、かなりのしっかり物だろう!ギネスには載らないのかな??

2008年11月27日 (木)

協働のくるまざ会

11/25(火)13時半から熱海総合庁舎において第1回協働のくるまざ会が開催された。私は、松川周辺地区まちづくり推進協議会の一人として参加した。西部、中部に続く東部地域の集会に参加したのは、富士から下田までの協働に携わる民間・団体・行政関係者62人である。

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協働の取り組み紹介として7団体の発表があり、各8分のプレゼンに1分の感想筆記、3分のまとめが原則である。忙しい!慌ただしい!

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 我が「まつまち会」は、都市計画課から2名が参加し、事務局の片山氏が発表した。それぞれの活動は刺激と反省と新たな指向への羅針盤でもある。官×民・民×民・官×官等々、産業界・学校界も含めたコラボがまちを再生するのだ。県サイドの主体であるが、市としてもこのような取り組みに市民を巻き込み、自分たちの町は自分たちでつくる意識づくりを醸成させることと思っている。わたしには、そんな空気を創る使命がある。

2008年11月26日 (水)

ダイバーズ誘客作戦

20081126130702 11/23(日)伊豆海洋公園ダイビングセンター主催のイベントに商店街がスクラムする誘客作戦を仕掛けた。伊東には年・約10万人のダイバーが訪れるのだ。何とか街に入ってもらおうと4つの商店街に声掛けをした。その結果18事業所が協賛して「水中宝探し」の景品やサービスを展開した。およそ500人のダイバーさん達は、午後3時にイベントを終了して帰路に着く。その途中で商店街に立ち寄ってもらう企画なのだ。

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 駅近くの旧東海自動車車庫跡地をダイバーズ専用駐車場にして心待ちにしていた。

 11/26(水)18店を訪問して来店状況の聞き取りをした。景品の交換や買い物券の利用は10件に届かなかったようだ。初めての企画でもあり周知が浅かったと思う。めげてはいけない!!継続することが周知の強化のなるのだ。協賛店の継続と増強がエンジンになる。更なる研究の中から 、明日に繋げる架け橋を見つけ出したい。 

アムステルダムからの客人

 11/23(日)オランダ・アムステルダムからの来訪客である。妻の叔父夫婦が訪ねてくれた。私たちがアムスに行くたびに歓待をしてくれる家族である。夕食は伊東らしいものを・・・と、海の幸で迎えることにした。

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 松原御船歌保存会友が営む開福丸さんの料理である。大きなサザエの壺焼きから写真の献立、揚げ物まで大満腹で大満足してくれた。オランダでは食べられる筈もなく、ビールも進みが早いようだ。

Img_1051  この日は、妻の両親にも席に着いてもらった。義母と叔父は兄弟になる。それぞれに懐かしい時間を共有した。およそ2時間のなれの果てがこのお膳である。よく食べた!よく呑んだ!すっかり空になった皿や器が喜んでいると思う。

 ここを後にして、レトロなトリスバーに向かった。ほろ酔いの心地よさに、甘酸っぱいカクテルが締めくくった。

 翌日のシャボテン公園も伊東の思い出として楽しんでいただけたようだ。そろそろ海外へ旅行したくなった。もう2年もお預けだ!来年こそ!!

町の絵画展・国文祭ミュージカル

 11/23(日)ふれあいセンターへ「町の絵画展」を観に行った。工房ルソーの第18回展は、見る・描く・生きるがテーマだった。

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 水田大輔先生が御指導される恒例の展覧会には、50数名の町画家が水彩や油彩、アクリルやパステルと様々な表現を思いのままにカンバスに展開していた。私も自己流で絵を楽しんでいるが、基本を学ぶことの大切さを痛感した。日々の生活から一歩離れて絵筆を持つひと刻は、自分が自分になれる貴重な空間である。ぎゅっと惹きつけられる作品も幾つかあった。きっと、自分が絵筆を持つときの参考になっていると思う。

 その足で、第24回国民文化祭・しずおか2009伊東市主催事業/ミュージカル「ありがとう北里先生」第1回打合会に参加した。

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 およそ40名の市民参加者を迎えて、国文祭の概要とミュージカルの内容が示された。原作・脚本・演出の大島先生から作劇のコンセプトや舞台のイメージが語られ、今後の稽古スケジュールが伝えられた。一年後の11/8日!どのような心持ちで迎えるのか?は、自身の努力と頑張りにほかならない。私は、縁の下の黒子に徹するが、大成功へのプロローグに期待を大きくした。

大室高原チェリーロードづくり

 11/17(月)13時半から伊東小室桜を育てる会主体による「大室高原チェリーロード」づくり事業の現地視察を行った。

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 大室高原遠笠道路沿いの県有地およそ1500㍍に120本の早咲き「伊東小室桜」を植栽する計画である。県グリーンバンクの補助を取り付け、年50万円の事業費で5カ年でチェリーロードを作る。さくらの里と伊豆高原さくら並木をつなぐ桜道だ。

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 此処は、シャボテン公園別荘地と遠笠道路に挟まれた県有地で、伊東小室桜を育てる会が、桜の植栽と管理を請け負う覚え書きを県市と取り交わした。既に会員事業所の協力で草木を伐採し境界の杭が解るようにしてもらった。有り難い!大きな樹木は残して雑枝を伐採したり、ばっ根するか?活かすか?等の検討をした。20年前に植栽したと言う桜は、怖いほどにテングス病に犯されていた。天城につながる直線が紅紫色の伊東小室桜で彩られる姿は、8年でおおよその景観づくりができる筈だ。楽しみにして欲しい!!

2008年11月20日 (木)

東海館まつり

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 11/16(日)東海館まつりに向かった。松川通り沿道には幟が立てられ気分を盛り上げている。指定管理者の観光協会や市観光課の準備は大変なのだが、伊東温泉の発信に更にご尽力頂きたい。東海館まつりは、芸者衆は勿論のこと日本文化の歌舞宴曲団体の出演で大賑わいである。

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 二階中広間では、体験和菓子づくりで盛り上がっている。伊東市の花木「椿」が題材である。菓子商組合員が先生となって丁寧に指導するとちゃんと出来上がるから不思議だ!!ちゃんと椿になっている。きっと食べるのがもったいなくなって飾って置くだろうと思う。菓子商組合のこの日は大忙しである。市役所の「ふれあい広場」、「伊東創作逸品フェア」そして「東海館まつり」である。様々なイベントに毎回協力くださる菓子商さんに足を向けて寝られない伊東市である。

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 大広間の一角では、伊東線開通70周年の歩みが展示されている。東海館の新館竣工は、伊東線全線開通した昭和13年である。70年の時空の変化は、歴史になぞられた喜怒哀楽の日々であっただろう。観光に市の行く道を託した様々な施策が今日に至らしめたことになる。先人への感謝とともに次代へ引き継ぐ責任を痛感する。吉田初三郎の伊東鳥瞰図は東京まで網羅している。先日視察に伺った長崎グラバー園でも初三郎に出会った。

 ここ東海館で「吉田初三郎観光鳥瞰絵図」展覧会を開催したらどうだろうか?

 明治17年(1884)京都に生まれた初三郎は、尋常小学校を卒業して友禅図案師のもとに丁稚奉公する。21歳で日露戦争に従軍し、除隊後に23歳で洋画の修行から、大正2年(1913)別府・亀の井ホテルの社長・油屋熊八と出会った。観光をツーリズムの訳語として位置づけた先見的な熊八の考えに共鳴し、観光のポイントを一二分に表現した「初三郎式絵図」を生み出したと言う。全国の観光景勝地の絵図は3000点以上と言われるが、我が伊東市にも有ることは貴重である。大きな声でふれ回ろう!!

2008年11月19日 (水)

福祉イベント

 11/16(日)10時から「ふれあい広場」が市役所で開催された。例年は駐車場を利用したバザーや車椅子のダンスなどが施設の方々や市民、各団体の皆さんが一体となって盛り上げるのだが、雨天のためホール内に集結した。沢山の福祉に係わる方々やご家族の皆さんで賑わった。

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 県東部特別支援学校や折り紙コーナー、バザーはいつもながらの大混雑状態だ!!どのようなイベントも下支えの方々あっての成せる技である。感謝! 1時間ほど各コーナーを見せていただき、お話しも伺いながら次のイベントへ移動した。

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 いとうの杜「福祉祭り」におじゃまをした。入所者のご家族や関係者、来賓へのホスピタリティ溢れる手作り企画で迎えてくれた。今ご不自由な思いをされている方々が若かりし頃、その息吹で今日の日本が築かれて来たのだ。我々は有り難き心を持って支えなければいけないと思う。音楽ありゲームあり、食べ物もありの心づくしにまた感謝である。心根と経済の両方から厳しい風が吹き荒んでいる。地方の一議員として足下の小さな安心を積み上げていく!!

2008年11月15日 (土)

東海館浪漫日記その74づくり

 11/14(金)東海館みがき隊もライフワークの一つである。早いもので86回を経過した。当面の目標は100回!あと14ヶ月で達成だ!一緒に心地良い汗をかく同志に毎回送るコミュニケーションレターが「東海館浪漫日記」なのだ。そのスケッチが昨晩完成した。今回のモチーフは山喜旅館である。温泉旅館文化の歴史を佇まいに残す美しい建築である。

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 上が鉛筆のスケッチ原画である。事前に撮影した写真からモチーフを選び描く。大体3~4時間で仕上げる。A4紙半分くらいの大きさである。下は、原画をコピーして水彩色鉛筆で色づけした。大分感じが変わって自身で楽しんでいる。

 この絵を縮小50%でコピーしてハガキに貼り付け、文章を書くと「東海館浪漫日記その74」になる。

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 ちなみに東海館、旅館いな葉も並べてみた。それぞれに同様の趣きだが、それぞれが培った温泉旅館の営み方、人生観で観る者に感じさせる情緒感が異なってくるのだろう。文化財保全活動の一環として続く限り頑張って行くつもりだ。

第16回やんもの里文化祭

 11/13(木)18時から八幡野コミセンへ行った。この行政区の指針として、地域の自然、歴史文化と人間力の掘り起こしに大きな力を注いでいるものと認識している。今回は文化祭の一環として「八幡宮来宮神社について」と銘打った講演会を聞くために出向いた。

20081115101453 金子講師の講話によると、八幡宮来宮神社は、2体の御魂を祀る2間社流造の特異な建築形式なのだ。本殿に向かって右に八幡宮、左に来宮を祀っている。昭和9年にその社叢が国指定の天然記念物に指定され、本殿、渡殿及び拝殿は平成11年に県指定文化財に指定されている。

 本殿は寛政7年(1795)の建築と言われるが、最初は浜の方に祀られていたものの2度に渡り転居し今の場所に到ったそうだ。岡の若者が造り奉納した石灯籠や、浜の若者が造成した階段などをみると、浜と岡と分かれていた部落が神社を合一することで、対島の地域を一つに融合したのではないか?と思えた。まさに町村合併であり、浜・岡それぞれの自我や損得を超越したコンセンサスを「神様」がつないだのではないか?と感じた。

 200余年の時空を経て、浜と岡は、八幡野と伊豆高原に線引きが有るような無いような・・・今の世に、何が人の心を繋ぐのか?大きな課題である。金子氏曰く、神社は様々な部落の政(まつりごと)を話し合って来た「場所」だった・・・に同感した。今風に言えばコミュニティの拠点として、ここから文化の発信をすることである。皆で社の掃除をし、語り合い、お祭りをし、お参りをして万物への感謝を拝礼に託すことと思い当たった。

国民健康保険運営協議会

 11/13(木)15時から国保運営協議会が行われた。議題は、伊東市国民健康保険給付額の改正についてである。市長から、出産育児一時金の改正を諮問された。従来35万円だった一時金を38万円にするためである。その内容は、通常の妊娠、分娩にもかかわらず脳性麻痺となった小児に3000万円を支払う産科医療保障制度が来年1月から開始することからである。

 3万円の内分けは、交付金2万、国保1万が負担するので、この3万円が出産費用に上乗せになるものの個人の負担ににはならない。従前だと、脳性麻痺の子供を持った場合、医療費の免除のみだったので安心への厚みが増したことと賛成した。

 産科医療者は、3万円×出産者分を日本医療機能評価機構へ納付することが義務づけられるのだが、出産費用が回収されない場合もあるらしい。大変なリスクになると、唯でさえ薄くなっている産科体制に影響が出たら・・・と心配になる。伊東市民病院の医療未収金の累計は約8500万円に及ぶ!!厳しい他市の病院状況の中で、3.5人態勢の伊東市民病院産科医療環境は市民にとって大きな下支えになっている。市民の責任として払うお金は払わなければいけない。税金や使用料などの未収金が、伊東市の年間予算の約5%12億円くらい有ることを改めて考えなければならない。

特定保険指導すま~と教室第2回

 11/13(木)第2回目の特定保険指導すま~と教室に参加した。私のグループD組は、4名が出席だから3名が欠席したことになる。各グループ毎に2週間の成果と反省を交換しあった。私は1.5㎏体重が減った。腹9分目、ゆっくり食べる目標の達成率は50%位だったが、少し歩く目標は5回、延べ250分の成果だと思う。褒められると木に登り天も飛びそうな喜びである。子供みたいだが、また頑張ろうと誓った。

 40歳~64歳までの特定健診は、予定した4500人中2660人が受診した。65歳~74歳までは3320人を見込んでいると言う。およそ6000人が受けることで生活習慣病の回避につながることは、健康な生活と医療費の削減がなされていく。一人一人が健康への自覚をもつことで、行政経営への市民参画ともなる。歩く!歩け!歩けば!歩こう!!

2008年11月14日 (金)

ごみの排出と収集

 12月1日からごみの有料化が本格実施になる。本来10月1日からの条例施行なのだが(事業系は10/1から実施)、2ヶ月間を準備期間として周知の徹底を図ってきたものの、中々理解が徹底しないようだ。今朝も近くのごみステーションに事業系ごみ袋が数個出されていた。市はステッカーを貼って1週間ほど放置し、改めて回収している。Img_0951 Img_0952

 ごみステーションでの事業系ごみ(緑色袋)は回収をしない事になっている。事業者であっても1回の排出が家庭系ごみ袋(45L)で3袋にとどまる所は、家庭系ごみとして青色袋でステーションに出して良いのだが周知が徹底できないようだ。もともと事業系ごみは、産業廃棄物なのだから事業系緑色袋に入れて回収業者に出すか、自己搬入することが基本なのだ。まもなく2ヶ月の準備期間も終わる今、もう一度現況の精査をして行き届かない部分をあぶり出し、再周知をすべきと思っている。また、事業者、一般市民ともごみ排出のルールを再確認し分別の徹底に努めることが、ごみ量の削減と地球温暖化への取り組みになる。家族ぐるみ、地域ぐるみで推進していく意識づくりが大切である。

2008年11月12日 (水)

「東海館」と「山喜」と「くらしのみちゾーン」

 11/12(水)東海館「橘の間」の修復が気になり写真を撮りに行った。

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 付け書院の意匠に目を奪われた。障子の桟は直線のみで、下になる程にその間隔を狭めたシンプルなデザインがあか抜けている。欄間の曲線とのコントラストが美しい。天井の竿縁は竹を模したデザインで、落ち着いた風情がある。また一つ見せ場が増えた。

Img_0934  東海館みがき隊の皆さんへ毎回お送りしている「東海館浪漫日記」のスケッチに悩んでいる。平成14年10月から描き始めた東海館のスケッチも、旅館いな葉を書き足しながら73回目が済んだところである。同じモチーフを続ける辛さは、描く所が無くなることである。そうだ、「山喜」旅館を描こうと思いつき、早速撮影に行った。東海館浪漫日記その74は、山喜になった。今、描き始めたところだ。

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 東海館の前で工事が始まった。国交省の「くらしのみちゾーン」に登録された交通の安全と地域のコミュニティを創出する事業である。20年度は松川通りの電線類地中化で来年2月下旬を工期としている。沿道住民や事業者、訪れる観光客や通行者の方々に極力迷惑や負担が係らないよう要請してある。次は路面修景や街路灯の設置に入る予定だ。天を見上げても青色の空と白い雲を分断する黒い線(電線)は無くなる。楽しみである。 

2008年11月11日 (火)

音無神社尻つみ祭り

 伊東温泉恒例の奇祭「尻つみ祭り」が音無神社で行われた。会場には例年の事ながら子供からご老人まで幅広い市民と観光客が集まっている。

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 このお祭りは、暗闇の中、祭事に参加した氏子達が酒瓶を回し御神酒を呑む際に、次の人への合図としてお尻を摘んだことから今に伝わっているようだ。ここは、安産の神として崇められていることから、穴の空いた柄杓が沢山奉納されている。「通りがいい」事の証としているのが楽しい。また、大川に沿うこの神社で頼朝と八重姫が逢瀬を重ねた場所としても知られている。

 芸者さん、観光客、市民、みかりん、ゴリラの尻相撲は、大いに盛り上がった。

いばらき国民文化祭視察

 第23回国民文化祭・いばらき2008が11/1~9の日程で開催されている。次回2009は静岡県が担当する。我が伊東市のテーマは、木下木太郎と北里柴三郎である。我々は、ミュージカル「ありがとう北里先生」を公演する準備の一環としていばらきの行方市へ向かった。

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 鹿島に宿を取って翌朝、鹿島神宮駅から電車に乗った。目的地行方市のたいようは、全くの無人駅でタクシーも無い。あらかじめの情報で℡番号をキャッチしておいて正解だった。あまり国文祭の雰囲気は醸していない。大丈夫か?

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 程なく行方市文化会館に到着した。導入路周辺には赤いサルビアとブルーさるびあが植栽され華やかに迎えてくれた。

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 行方市生涯学習課長M氏から今日までの足跡をお話しいただき、ホール内、控え室、ステージ、関係各機器などの見取り、聞き取りをした。540席の中ホール?の割りには充実した機材が揃っている。舞台袖からリハーサルを見せていただいた。出し物は、第1ステージが「ツクバ系GIRL」地元県立麻生高校演劇部である。第2ステージは、まちづくり市民劇団と地元劇団「玉造座」のコラボで「天狗-TENGU-」だった。若者の新鮮さと、演劇らしい既存劇団の相対は参考になる3時間だった。

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 開場前のロビー周辺に黄色のスタジャン姿は市の職員だそうだ。2日間で延べ70名が携わったと言う。開演を待つ会場風景とロビーの展示である。「なめがた郷土かるた」で歴史や文化、名所旧跡を表現している。全て手づくりの温かさで迎えるホスピタリティだろう。

Img_0906_2 Img_0904_2 全ての舞台が終わり、混雑するロビーには出演者と観劇者が行き交っている。天狗の主演者をキャッチしてシャッター、高校生達とシャッターImg_0910 Img_0914と忙しい。Img_0916お世話になったM課長とも記念の一枚に収まった。視察を通じて痛感するのは、やはり市民力である。「法と行政のとどかない所を補うのが市民のなすべき事」と言われた偉人の言葉を思い出す。活き活きと楽しんでいる演者の笑顔が印象的であった。また、「行政マンも市民の一人です」と言われたM課長の言葉も協働の姿と感じる清々しいものだった。佳い勉強をさせていただいた。感謝!!

-付録-Img_0834 Img_0830鹿島の街おこし「なまず」の料理を戴いた。微妙な食感は、業にいれば業に従え?その地の食べ物は味わった方が良いに決まっている!!

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でも、やっぱり微妙だった。鹿島神宮に有る「要石」が地下のナマズを押さえつけて地震から人々を守ってくれているとのことである。洗いから煮付け、蒲焼き?天ぷら、汁物と一通りは戴いたので少しは地震もおさまると思う。さいたまの人達を救ったことになる????

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 9日早朝、鹿島神宮を参拝した。早々と掃き清められた参道を歩く。足跡が後ろに残って行く。清々しい空気の流れを頬に感じながら1時間ほどのウォーキングになった。ひょっとすると心が洗われたかも知れない。

2008年11月 6日 (木)

歴史のまちづくり&くらしのみちゾーン現地調査

 11/5(水)今日は、一日掛けて都市景観形成事業として歴史的建物の美しいまちづくりを推進している静岡市宇津ノ谷地区と、国交省くらしのみちゾーン・門前町電線類地中化事業の三島市を現地視察した。

Img_0761  朝7時半にユニーバス停で、松川周辺まちづくり推進協議会でチャーターした東海バスに乗り込んだ。同会会員と伊東市都市計画課職員が、それぞれの指定場所から乗り込み総勢13名で静岡市宇津ノ谷地区へ向かった。

 11時前には目的地に到着し、静岡市の都市計画課職員2名、宇津ノ谷地区美しいまちづくり協議会K会長、建築士会Y氏、コンサルN氏の説明と御案内をいただき、旧東海道歴史の道と建築文化をこの目で確認した。Img_0762 Img_0763 Img_0766 Img_0769

 東海道を手前に丸子宿、後ろに岡部宿を控える峠の休憩所に位置づけられる通過点であるが故に旅籠は見あたらない。各玄関先には平板に大きな字で屋号が印されている。宇津ノ谷全43軒のお宅が協議会の会員であるそうだ。現在の村落形成を過去が紡いで未来を夢見る「うつくしいまち」である。Img_0772_2 Img_0782

 江戸時代の家屋には二階建ては許されなかったと言う。大名行列を見下ろさない為である。そこで屋根裏を部屋とする「ツシ造り」が普及し、道路側の窓を高くする工夫がされた。また「セガイ造り」という軒先を大きく迫り出す装飾的な小天井は興味をそそられた。Img_0774 Img_0773 Img_0775 Img_0783

 またサッシの窓や戸袋は、格子や自然木で目隠しがされ、伝統建築の風情を損なわない心意気が伝わってくる。板塀や軒先には、ひなびた寒村の匂いを漂わせる生活感を表現しているようだ。旧東海道を上って宇津ノ谷の遠景に「まち」の原風景が見えた。Img_0788 Img_0802 Img_0800

 現実的な話になるが、電柱と電線はマウスをクリックして削除したい思いである。主道に繋がる小路と民家の佇まいも異空間へいざなってくれるようだ。途中、各家の軒先につり下げられた不思議なものを見つけた。「十団子」である。道中守護を願う小さなお団子で、10個を糸に通して9束をまとめて「九十苦難」を表し、厄よけと道中守護を念じるお守りだそうだ。毎年八月二十四日の地蔵盆に作り、付け替えると言っていた。Img_0796 Img_0797 Img_0799 Img_0793 Img_0794

 旅人にとっての宇津ノ谷峠越えは、大仕事だったらしい。明治に入ってトンネルを掘った。日本初の有料トンネルである。平成9年に国登録有形文化財に指定された歴史的、芸術的、学術的貴重な財産である。レトロな照明に照らされながら中程まで歩を進めた。ヒヤッとした風が吹き抜けながら反対側から歩いてくるハイカーの声が大きく聞こえてくる。まるで拡声器の中に迷い込んだ、そんな気がした。Img_0805 Img_0803

 そろそろお腹の虫が騒ぎ出した。ここまで来れば丸子の麦とろに決まっている。メタボのスマート教室に入校したばかりの私には難敵だ。目標の腹九分目には一杯ですまさなくては!ゆっくり食べる目標にはヌルヌルは最大の対戦相手だ。心したものの、二杯を数分で平らげた。困ったものだ。

 静岡市都市景観形成助成金交付要綱の規定に基づいて、宇津ノ谷まちづくり推進地区内景観形成行為助成規準を設けている。屋根、外壁、建具など建築物の修景は300万円まで、石垣、門、塀など外構修景には200万円までの助成をする制度である。

 三島市役所に着いたのは14時半頃だった。建設部都市整備課の職員I氏のパワーポイントによる説明は、友達気分にさせられる親しみの有る解りやすいものだった。平成15年6月に国交省くらしのゾーンに登録し、門前町電線類地中化事業として平成20年3月に完了した検証?視察である。Img_0808 Img_0810

 三島大社の大鳥居を真正面に見て、参道と一体化した路面修景は大変良いアイディアだと思う。一方通行とは言え自動車道なのだから御影石を敷いた路盤には特殊な工法を用いたそうだ。街路樹はサルスベリだ。地域住民とのアダプトシステムで常日頃の管理をしている。夏期に花を持つが、落葉と樹皮の剥がれで冬期は寒々しいことを心配したのだが、イルミネーションで花を咲かせるそうである。路面の案内サインは足下に設置してあった。Img_0807 Img_0812 Img_0820

 先日も観光課と都市計画課と伊東駅周辺を調査したのだが実際、設置場所に苦慮する。路面の活用は良いのだが、夜間でも気が付きやすく見やすい工夫が必要だろう。Img_0813

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 街歩きの中、あちこちに看板建築と言われるレトロな家に出会った。国登録文化財の指定を受けているものも含めて殊の外多く目に付く、興味津々で目はキョロキョロ被写体を探す。もう大分暗くなった。そろそろ頃合いだ。

 5カ年の総事業費は3億5千4百万円、およその内訳は、電線共同溝整備工事費/1億5千4百万円、道路改良工事費/5千5百万円、修景整備工事費/8千5百万円、他/5千8百万円 だった。

 伊東市は53番目のくらしのみちゾーンとして登録された。20年度事業として、松川通りの電線類地中化工事に踏み出した。設定ゾーン内に6計画をしたが、5カ年でどこまでできるのか手腕が問われるところである。

猫の気持ち?

 11/06(木)今朝もまた猫の横を通って店に向かう。駐車場から店までは、ほんの4,5分!その間に出会う猫は10匹は下らない。それぞれのお宅で防猫用に透明のペットボトルを置いたり、白い粉を撒いたり苦肉の対策なのだが、意に関せず?の猫たちは奔放である。Img_0825 Img_0827 Img_0826 Img_0828

 ごみステーションは悲惨な現状である。おまけに上の電線には第2番手のカラスが待ち遠しい顔で覗いている。先日、市環境課に依頼して消毒を実施した。少しは効き目が有ると思ったのだが涼しい顔でいつもののさばりである。路面には糞が踏みつぶされ、匂いが鼻を突く!観光地としては劣悪な朝の姿である。どうも餌を与えに来るおばさんが居るらしい。Img_0824

 最近、夕方になる一匹、また一匹と集まり始め、夜になると6匹から8匹の猫たちが結集する。大小様々な一隊は家族なのだろうか?近所のお店が閉まると現れるおばさんが餌をやるらしい!!すると、とこんな張り紙がされた。猫たちは見てくれたのだろうか?猫が解るポスターはないのだろうか?いっそ、おばさんの似顔絵を猫のイラストと差し替えた方が効き目があるのでは・・・?と思う。他のたまり場では、自転車に乗ったおばさんが餌を撒いて走り去ると言う。困ったものだ!!動物愛護なのだろうか?猫たちに餌を当てにさせているのだから、大好きな猫ならば、おばさんの一生を掛けて、雨の日も風の日も、雪の日も一日たりとも欠くことなく餌をやり続ける覚悟なのだろうか?機会を見つけて聞いてみたいと考えている。

2008年11月 4日 (火)

第47回伊東市芸術祭

11/3(月)伊東市観光会館で第47回伊東市芸術祭「郷土芸能祭」が開催された。Img_0740 Img_0746

開催に先がけて郷土伝統芸能にご尽力された方々に伊東市無形文化財保存協会石井会長より表彰が行われた。私たち松原御船歌保存会からも菊間会長と河原崎会員が永年の保存活動への貢献として表彰を受けた。Img_0747 Img_0751 Img_0756

 その後、富戸下方保存会のしゃぎり、宇佐美八幡鹿島踊保存会の発表があった。毎年思うのだが、この芸能祭への反応、評価は少なく、頭を悩ませている。地域の伝統文化として地域で守っていくことが大切だと思う。伊東大好き人間教育は、幼児期からの郷土文化へのふれあいを奨励すべきだ。伊東の基幹産業、観光も郷土のアイデンティティが勝負になっている。

第86回東海館みがき隊

 11/3(月)恒例の東海館みがき隊も86回を迎えた。3連休の最終日は、思った通り来館者が多い。いつもながら文化財保全活動に足並みを揃えてくれる同志には感謝である。先月報告した7年越しで気がついた2本モップの合理的掃除法を紹介する。Img_0737 Img_0739

 一方は堅しぼりの濡れ雑巾、もう一方は乾拭き雑巾である。濡れ雑巾が先行して乾拭き雑巾が後を追い掛けるセッティングをした状態を確認して欲しい。偉そうな講義の割りに大したことではないのだ。今日も半日いい汗をかかせてもらった。案内人会の手の回らないお客様に館内の説明をさせてもらった。終了後の反省会では、みがき隊員も勉強したい!との嬉しいご意見!!早速ガイドブックの準備に取りかかる約束をした。良いことだ!伊東市民の一人ひとりに興味を持ってもらいたいといつも思う。

ごみフェスティバル

 11/2(日)10時からごみフェスティバルin伊東が開催された。時間前から市役所を玄関前は黒山である。Img_0728 Img_0733 Img_0736

 ロビーでは絵画展の表彰式が始まっている。表彰場を取り巻くように循環型社会を構築する様々な提案やアトラクションブースが人だかりをつくっている。Img_0729

 お揃いのスタジャンは、秋龍山のポイ捨て禁止イラストを背中に背負っている(実は、この背中は市長なのです)。時にポイ捨てを見かけることがあるのだが、ポイ捨て条例で2万円の罰金を科せられた話は聞いたことがない。一人ひとりのモラルに追うところが多いゴミ行政である。我が家では分別の再確認からゴミの量は圧倒的に減っている。45リットルは30リットルにコストダウンし、ゴミ袋の体積は変わらなくとも、細かく裁断して納めると週3枚が2枚になった。雑紙の資源ゴミ分別が可燃ゴミの減量に役立っているのだ。我が家のため、街のため、伊東のため、日本のため、地球のための意識改革だ!!

写真展

10/31(金)ふれあいセンターで開催中の写真展へ行った。NPO法人まちこん伊東の同志田畑みなお氏の「自立に向かって がんばれ!!」である。静岡県立東部特別支援学校伊豆分校36名の生徒達の学習風景を追ったものだ。真剣な眼差しが心に迫る!!

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 昨年実施した我々まちこん伊東と東部特別支援学校伊東分校中学部との「まちかどみがき隊」で一緒だった生徒達が居た。松川遊歩道を磨いた時より大人っぽくなった感じがする。自立へ向かって一生懸命取り組んでいる姿が素敵に写し出されている。私の妻が協力したビーズ作品も展示してあった。とても嬉しい心持ちである。次の日程があり、1時間ほどで外に出たのだが、心なしか肩の力が抜けた気がした。

特定健診すま~と教室

 10/30(木)今年度から変わった国保の特定健診を受信した結果、不覚にもメタボリック予備軍として積極的支援を受ける事となった。

Img_0721 受診者のおよそ一割、260名が積極的支援者であり、その中の31名が今回のスマート教室に参加した。要するに私はその一人なのだ!第1回目の今日は、開校式であり「メタボリックシンドローム・生活習慣病ってなんだろう?」の丁寧な講義を受け、今後の自己目標を発表して2時間半の有意義な時を過ごした。

 私の掲げた目標は、①腹九分目②ゆっくり食べる③週2回くらい走るの3つである。目標発表とは裏腹に、今晩は八幡神社の後祭りで酒宴の場へのお出かけだ。まさに、後の祭りになりそうである。とんでもない所に迷い込んでしまったようだ。前途多難の幕は切られた。

2008年11月 1日 (土)

会派視察/長崎・島原

 10/27~29の日程で、我々正風・興志会は長崎市と島原市の視察を行った。伊東を朝6時44分に出発して長崎空港へ着いたのは11時半だった。古そうで大きくない飛行機は、心許なく心配したのだが、機上の人となるからには覚悟を決めて(ちょっと大げさ?)の搭乗である。昼食後、長崎市役所に向かい、およそ2時間の研修とQ&Aを行い、その後全国に有名な田上富久市長を表敬した。柔和でいて実行力に溢れた若き市長に面識を得たことは有意義であった。その後、先方事務局の案内による市内視察となった。

今回のテーマは、長崎「さるく」の仕組み、取り組み、ボランティアガイドの見聞である。

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長崎原爆資料館・原爆落下中心地・平和公園と案内いただいた。目の当たりに見上げる平和祈念像は、世界に向かって核の廃絶と人類の平和を力強く投げかけていた。地元長崎の巨匠・北村西望に触れた事は大きな感動である。ダイナミックの反対側にある繊細さときめ細やかな表情を伝える「喜ぶ少女」が大好きである。私は、そのレプリカを大事にしている。

 「さるく」とはブラブラ歩くと言う長崎弁なのだそうだ。さるくガイドは約500人の登録があり、実働は150人から200人と言う。昨年のさるくガイドツアー参加は20000人を越えた。参加費用は500円、ガイドへは交通費として1000円を支払う仕組みだ。1グループは15人が定員だが、配信した日程への参加者が0人でもガイド料1000円は支給するのだそうだ。運営は、国際観光コンベンション協会であり、市職の出向局長と2名のスタッフで切り盛りしている。年間予算は3500万円で、その内2000万円が市の補助金である。不足の1500万円はガイド料・冊子販売などでまかなうのだが、商売感覚を問われることになる。今年8月から、全国公募によって採用した民間局長の手腕に期待をするところである。御案内いただいた長崎市議会事務局の皆様には心から御礼を申し上げます。

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 私は、夕食までの少しの時間を市街地散策としゃれ込んだ。路面電車の走る光景がレトロ感を引き立たせる。何処まで乗っても1乗車100円なので、県営バスも初乗り料金を140円に抑えているそうだ。たまに訪れるオランダ・アムステルダムのトラムは2両編成で市街地の足となっているが、ここは懐古的な風情がある。アーケードに入ると大きな垂れ幕が下がっていた。県産品愛用運動のキャンペーンだった。方言が新鮮である。小洒落たお店も多く、あっという間に時間が過ぎる。

 10/28(火)8時半、路面電車(一日券500円)で西浜町から大浦天守堂下まで行った。9時に「さるく」ガイドさんとの待ち合わせなのだ。

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 挨拶では、一時間のガイドでは伝えきれないと残念そうに言っていた。事前に伊東市の市議会議員の面々と聞いていたことでびびっていたらしいが、ガイド力は大したものだ。正規のルートとは違うオリジナルコースの設定をしてくれたようだ。

Img_0569 Img_0575 Img_0576 Img_0577  

 途中、ユニークな看板を見つけた。異文化の歴史は、住まう人々に発想の転換を与えたのだろうか?グラバースカイロードに乗ると頂上にはグラバー園である。時間が無く園内には入らず終いだったが、南山手レストハウスで思いがけない出会いとなった。吉田初三郎の観光鳥瞰図である。長崎から東京までを繋いだ超ワイド作だった。初三郎さんは、我が伊東市の鳥瞰図も描いているのだ。

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 レストハウスからの眺望を前にして祈念坂を下ると路面工事に出会った。歴史を刻んだ修景工事は復元という責務を負うのだ。一枚一枚の平石に番号をふって元の位置に戻さなければならない。大変だ!ご苦労様!今度は、風変わりな風景に出会った。神社とお寺と教会が混在する三角ポイントだ。他宗教を否定するのではなく、協調と調和の中で町を創ってきたグローバルな歴史観なのかも知れない。Img_0596 Img_0597

  金ぴかの本堂で説経中の和尚様を横に見て路地を抜けると大浦天主堂の真ん前に出た。見渡すと幾つものグループが「さるく」ガイドの案内を受けている。修学旅行の学生も大きな観光誘客対象である。また、興味津々のミドル&シニアのおばさん(失礼!)とともに、若い女性グループも目立っていた。長崎は幅広い人々に支持される歴史と文化が際立っている。「長崎さるく」の豊富なメニューは、さるくガイドの生き甲斐になっているようだ。プランづくりから実践までの関わりは生涯学習と健康づくりとした市民参画の実のある施策と感じた。

 長崎市の人口は約45万人、昨年度の観光客数は約564万人、宿泊客数は約252万人である。

Img_0608  長崎を後にしてジャンボタクシーで島原市に向かった。途中の道路面がブルーに染められていることに気がついた。よく見ると、粗めのアスファルトに染料を溶かし込んだ感じがした。遠景に海の青、天上に空の青をつなぐ地上路の青は、見習えるアイディアだ。我が伊東市の海岸線をオーシャンブルーに染めたらどうだろう!!熱海との境から東伊豆町の境までの青い海岸道路が伊東市であることのメッセージになる。上空からの鳥瞰的視点も伊東市のアイデンティティとして位置付くのでは・・・と考えた。

 島原市でのテーマは、噴火からの復興の取り組みとまちづくり、街並みや景観を活かした観光施策についてである。13時過ぎから島原市役所で研修を行った。昨年伊東市を訪れた職員もあったり、木下杢太郎が訪れた(五足の靴)との因縁など多岐にわたる意見交換が有意義な時間を経過させたと感じるものだった。

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研修が終わり、フィールドワークとなる。先ずは島原城である。石垣だけの城趾を復元した美しいお城である。城下町としてのまちづくりは、規則正しい路の在り方で区画されている。まちづくりで成功している事例は、その殆どが城下町であり門前町であると言っていいと思う。求心力を持つ中心と、それを支える取り巻きと住民の遠心力が交差して歴史や文化が創られたと言える。島原の有形無形の潜在観光資源が、その眠りから覚まされて行くのだろうと・・・懐の深さを感じた。Img_0647

 武家屋敷の佇まいと周辺景観は素晴らしく興味深いものがある。11月に封切りとなる映画「まぼろしの邪馬台国」は、此処で撮影された。石塀と石塀を隔てる一本の道、その中央をこうこうと水を運ぶ小さな川が、有るがままの草花に囲まれて息吹いている。屋敷の屋根瓦、欄間板、手水鉢がかっての生活感を漂わせる。眼を閉じると、吉永小百合が台所に、竹中直人が座敷膳の前に座っている光景が浮かんでくる。街並み整備事業は、7つの地域で結ばれた街づくり協定が基盤となる。湧水を生かしたまちづくり、島原城との調和した景観づくり、鯉の泳ぐまち等にその成果が見えた。

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Img_0642 Img_0634 Img_0648 Img_0651 Img_0649 Img_0652 Img_0664ここは、時計の針がゆっくりと動いているような錯覚を覚えさせる。民間資産の景観改修は、官民の心地良い協働の中でしか成し得ない訳で、点在するそれぞれのポイントが連携することでコンパクトなノスタルジックシティになる。これは、歴史と文化のテーマパークなのだ。

10/29(水)今日は火山に関する緒テーマである。島原議会事務局調査係長の菅氏が案内役を務めてくれた。先ずは火山体験学習施設/がまだすドームだ。1990年11月に始まった平成噴火から1996年6月の噴火終息宣言までの道筋が、このドームに集積されている。Img_0684

 がまだすドーム駐車場から見た平成新山の景観である。館内に入り驚いた。様々な展示物の中に大室山が紹介されていたのだ。現在、火山の記念物文化財の国指定は、北海道の昭和新山と此処島原の平成新山である。実は、3番目の国指定候補が伊東市の大室山なのだ。既に文化庁の調査もあり、地元の合意を待つばかり(・・・と私は信じている)だ。私は2度ほど一般質問で取り上げ、市の意向を確かめているのだ。Img_0687 Img_0685 Img_0686 Img_0689 Img_0694

 次ぎに、眉山を廻って平成新山ネイチャーセンターを訪ねた。環境省が緑のダイヤモンド計画の一環として建設、開館した総工費10億5千万円の施設である。噴火後の自然環境の調査研究が主な使命であり、環境省の外郭団体である自然公園財団雲仙支部が管理運営をしている。数カ所のシェルターが設置され、メイン施設には500度の火砕流に耐えるシャッターも設置されていた。

Img_0702  菅さんには結局、島原駅まで送っていただいた。2日間にわたる島原市の行政視察にご配慮くださったことに心から感謝したいと思う。島原の子守歌のブロンズ像から見渡す先に島原城が位置していた。駅を取り巻く諸設備の意匠が島原城の景観とマッチしていることが、求心拠点への配慮であり、行政施策の現れと感じた。Img_0705 Img_0706 Img_0708 Img_0707

 島原鉄道で諫早に向かう。ローカルの一両電車は、外も中も「まぼろしの邪馬台国」でラッピングしてある。盲目の作家宮崎康平氏は島原鉄道の社長で、郷土史研究家でもあった。邪馬台国への浪漫が研究と執筆に駆り立てたに違いない。

 島原市の人口約5万人、平成19年度来遊客約136万人、宿泊客約21万人

Img_0713 過ぎ去り行くレール。Img_0717

 未来に走り行くレール・・・の後先に思いを馳せながら諫早に向かった。

 そこからはバスで長崎空港を目指す。フライトは15時20分のJAL1850便で機上の人となる。

 今回の個人(会派)視察は正風・興志会4名Img_0697

 平成新山を背景の記念写真である。

 あらためて伊東市の観光実績の大きさを感じた反面、足りない頑張りを感じた視察だった。およそ900万人のピークを誇った来遊客数も、現状約700万人とは言え、人口6.6倍の長崎市よりも156万人も多い来遊客、人口10分の6の島原市よりも564万人も多いお客様の実体を見るに付け、神奈川・東京・関東の市場性の豊かさに胡座(あぐら)をかいてきたのではないか?もっと誇れる素材の活用や人づくりへの反省を行政経営に活かすべきではないか?と考えさせられた。

Img_0604_2  トルコライス・長崎天ぷら・具雑煮・長崎チャンポンなどその地その地の食も体験した2泊3日は、議会事務局小川職員の随行によって充実の終了を迎えることができた。感謝!!

 伊東駅着19時21分・・・。

 

 

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