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2009年12月29日 (火)

イングリッシュ・サムライANJIN

12/28(月)市役所の仕事納めを済ませ、家内と東京は天王洲の銀河劇場へ向かった。ホリプロ創立50周年記念事業「イングリッシュ・サムライ ANJIN」を観賞するためである。伊東の歴史に欠くことの出来ない三浦按針をマイク・ポウルトンが英国人の視点で脚本を書き、グレゴリー・ドーランがシェークスピア劇の演出で仕上げた興味深い舞台だった。

Img_3915 Img_3914 Img_3917 浜松町からモノレールで天王洲アイルにつくと駅ビルの中に銀河劇場があった。まさに駅から0分で、雨が降っても傘がいらない便利さである。大きなANJINのポスターを横目に見て玄関を入ると著名人の祝い花がロビーを飾っていた。いきなり長嶋茂雄&松井秀喜の花が目に飛び込んできた。藤原竜也との交友はどんなものなんだろう・・・?

Img_3916 Img_3919 受付を済ませて二階に上がるとポスターや関連グッズを販売している。黒山の人だかりである。ふと横に目をやると、按針縁の地のPRコーナーがあるではないか!横須賀・平戸・臼杵と並んで我が郷土「伊東」が日本初の洋式帆船発祥の地であり、その建造責任者が家康の命を受けた               ウィリアム・アダムスこと三浦按針であることのメッセージを発信していた。ヴェンツーラ号の模型が展示されている。

Img_3922 Img_3920 重岡建治先生の按針像(木彫)がデンと控えて我先にと・・・居並ぶ藤原ファンを見据えている。私たちの席は下手2階のボックス席の前列である。ボックスは2列各2人の4人なのでゆったりとして、隣に気遣いせずとても見やすかった。3時間半の長丁場にはうってつけだった。

Img_0002 配役は、徳川家康/市村正親、三浦按針/オーウェン・ティール、北条氏の末裔&日本人宣教師/藤原竜也である。残念だったことは、伊東の「伊」の字も出てこなかったことだ。イギリスも日本も四方を海に囲まれた海洋国であるから「船」の位置づけはもっと大きなモチーフになると思っていたのに出てきた帆船は模型だったし・・・。仕方がない!でも、徳川家康から秀忠、家光までの按針かかわりは大変良い勉強をさせていただいた。親と子、殿と家臣、敵と味方等々、愛と欲、名誉や宗教との葛藤の狭間にある人間観察は脚本家のスポットなのだろう。それはそれで堪能できた。

 伊東ミュージカル劇団「青い目のサムライ」は、伊東での按針と日本初の洋式帆船建造にスポットを当てた脚本で、郷土伊東の歴史と日本&江戸との関わりを掘り起こした歴史浪漫だった。故牧野正観光協会専務の生涯をかけた研究が実を結び、文化の振興とまちづくりが一体となった市民活動へと進化してきた。その実績は、国文祭市民ミュージカル「ありがとう北里先生」の成功と評価につながったと言えるものである。

 いずれにせよ観客の皆さんが、伊東と按針の「赤い糸」を感じ取って頂ける機会になったと思って天王洲を後にした。品川から最後の新幹線に乗り、熱海に置いておいた車で帰宅したのは24時をとうに回っていた。びっちりの一日が終わった。

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