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2010年4月29日 (木)

伊東小室桜を育てる会22年総会

4/28(水)暖香園サンテラスで22年伊東小室桜を育てる会の総会を開催した。21年度事業では、大室高原チェリーロード・伊東小室桜育成ガイドブック作成・母樹お花見会・国文祭富士宮ギャラリーアート「重岡建治の世界」ツアーと充実した一年間をご報告申し上げた。また、今年もチェリーロードは3年次に入り、大室山の沿道に着々と伊東小室桜が定植れていく!桜が繋げる地域とのコラボレーションが美しい景観を形成するのだ。

Img_2880 Img_2882 萩原会長の挨拶・堀崎議長による議事も無事終わり、懇親会となった。参加25名が自己紹介をして更なる絆を深めた2時間だった。

npoまちこん伊東22年定時総会

 4/27(火)午後6時半からnpo法人まちこん伊東の22年総会が開催された。我々「まちこん」では、総会とセットにして基調講演をすることが通例となっている。今年は、上原仏教美術館学芸員の田島 整 氏をお招きして「伊東の仏像」をテーマに興味深いお話しの数々を拝聴させていただいた。

Img_2872 Img_2876 Img_0002 Img_0005 Img_0006 田島先生の弁によると伊東にはおよそ300体の仏像が有るという。平安後期から鎌倉時代の仏像は、特に質が良く学術的に貴重な物があるそうだ。面白かったのは、如来像の額にある黒子のようなものは何だろうと思っていた。その謎が解けたのだ。縮れてまとまった髪の毛だそうで、伸ばすと4.5㍍にもなると言う。奈良の大仏様の頭を観ると粒状のパンチパーマのようになっている。その一つが額にあるのだそうだ。他にも色々興味深いお話しをいただき充実した90分だった。続いてまちこん伊東の総会に移った。

Img_2878 21年度事業報告・収支報告・22年事業案・収支予算案・役員改選と滞りなく終了した。私は、企画立案事業の責任者として、文化財保全活動「東海館みがき隊」と「地域エコ通貨温銭」の運用報告をした。続いて各事業責任者からの報告の後、代表理事の留任と新理事2名が選出された。

2010年4月26日 (月)

佃弘巳湯川後援会親睦バス旅行

 4/25(日)午前7時、伊東駅前東海バス8番ターミナルから佃弘巳湯川後援会の皆様に合流した私の後援会員7名が千葉へ向かって出発した。2年ぶりの催行との事だったが43名の気心の知れたメンバーは大家族のように大盛り上がりだ。

Img_2859 Img_2858 Img_2864 Img_2865 久里浜からフェリーで金谷へ着くと道の駅おおつの里花倶楽部で花狩りを楽しみ昼食、次は和藏酒造を見学して木更津ICからアクアラインでうみほたるPAで休憩。横浜に着いたのは16時半前だった。ここでは自由に散策と夕食だ。久し振りの中華街を堪能してきた。

 伊東に着いたのは21時過ぎ、予定の日程をスムーズに運ばせ、車内でのお楽しみを含めた様々なご準備と工程のお世話をしてくださった幹事の皆様には心から感謝を申しあげたい。このようなコミュニティを円滑、且つ充実させる実績と経験を目の当たりにした今回の体験は,自身の後援会の輪づくりに大変参考になるものだった。今日もまた勉強の一日だった。

2010年4月24日 (土)

第2回エコキャップ搬出

 4/23(金)地域エコ通貨「温銭」運営委員会が行っているエコキャップでワクチン事業で第2回目の搬出を実施した。あいにくの雨である。今回は市立大池小学校からの依頼を受けて生徒達が集めた112000個のキャップの搬送も併行した。朝8時半に「温銭」真野副委員長が温銭事業所会員のシャボテン公園からバンをお借りして大池小へ、私も大池小で待ちかまえて二名の先生と4人で積み込んだ。予想していた以上に積載スペースを占めてしまったことから、我が家の車庫にストックしておいたエコキャップは6万個くらい積み残すことになった。富士市と、この度富士宮市と合併した芝川の境まで車を走らせた。

Img_2853_2 Img_2857「温銭」運営委員会では 昨年10月に196000個490㎏を納めたので今回104000個260㎏を累計すると30万個750㎏になった。co2の削減累計は2363㎏、途上国の子供達を救うワクチンは375人分に達した。この活動を行っているエコキャップ推進協会に協賛している廃棄物業者エコループに着いたのはお昼時間だった。担当の社員さんは前回同様快く対応してくれた。

 エコキャップ活動が新聞紙面を飾る度に、私は考えるのだが、この事業の完結に到らないまま何処かの団体や施設、学校へ寄付をしていることだ。本来の主旨は、循環型社会の構築を目指し、リサイクル・リデュース・リユースを実生活の中で分別実践し、ゴミ量やCO2の削減を行い地球環境の改善・保全を図ろうというものだと理解している。その象徴としてペットボトルをキャップ・ボトル・ラベルに分別し、それぞれを再活用する見本なのだと思う。「温銭」が実行しているエコキャップ事業の循環の区切りは、エコループに搬入するまでが責任と考え実践している。エコループは自社でチップにして建設資材製造某社へ送るのだが、キャップ800個分につき20円が「世界の子供にワクチンを」日本委員会へ入金され、同委員会がワクチンを購入してしかるべき国の子供のために送り届ける・・・こんな循環なのだ。ワクチンにすることが主体では無いはずだ。ただ集めて、後は何処かに頼めばいい・・・とは違う気がする。学校の場合は、生徒+家庭+PTA+教師の集合体として取り組み、集める+管理+運搬の責任分担を決めて目的に繋げて欲しいと思う。子供達にも、何故キャップを集めるのかの全体像を知らせることが教育の一環だと思うのだが・・・。

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2010年4月21日 (水)

古今亭菊千代「伊東温泉の宿・落語会」

 4/18(日)17時から落語界初の女性真打ち/古今亭菊千代師匠を迎えての落語会を開催した。師匠が取り組んでいる東海道53次の宿を巡る落語会をアレンジして、ちょっと寄り道・伊東温泉の宿落語会と銘打った。何せ箱根と三島に挟まれた伊豆を宿としなかった53次の番外編である。主催の菊千代☆伊東会は1年前に立ち上げた。平成17年からNPO法人まちこん伊東が福祉寄席として菊千代師匠を迎え日暮らし会館で席を設けている。この席を下支えする応援隊として誕生させた後援会のようなものである。その第1回公演を昭和浪漫漂う伊東温泉・旅館山喜の広間に満席42名の皆様が御参集下さった。

Img_2820 Img_2821 あっという間の一時間・・・今日は古典落語2題とイントロとして広間に掛かっていた日本画の「鶴」に因んだ問答噺を披露してくれた。そしてひとつは「権助ざかな」、もう一つは「たらちね」という演目だった。小学生から少々お歳を召した方々まで、次第に巧みな話芸に魅せられていった。

 6時半からは、落語会御参加の有志23名で師匠を囲んだ懇親会の開始である。

Img_2822 Img_2838 Img_2825 Img_2841 Img_2844 Img_2845 Img_2846 Img_2837 今年度の伊東市予算に和文化演出活用事業というのがある。伊東温泉らしいまちづくり・ひとづくりをしようとの主旨である。どれだけ和イベントをやろうと、どれだけ芸者さんが孤軍奮闘しようと伊東市民が和文化意識を持たない限り此の地に和情緒を醸成することはできないのだ。私は、今回の落語会の開催にあたり案内書に「お着物でお越し下さると嬉しいですね」とコメントを入れた。当日は10名の方が和装で参加してくれた。お話しを伺うと「箪笥の肥やしになっていたのを引っ張りだしたのよ」と異口同音におっしゃる。きっと、着物を着たくなる催しや場所づくりに配慮をしてこなかったのだと感じた。伊東に降り立った観光客の目に、着物を着て下駄の足音をさせている市民に一人でも出会ったなら・・・伊東温泉の日常は和的空間として口コミツイッターで巷の噂になる。

 これからも今回の学習を通して和文化の場提供を継続するつもりである。

2010年4月17日 (土)

大室高原自治会「春祭り」

4/17(土)佃市長と大室高原自治会「春祭り」にご招待を受けた。私は榎本議員を誘って市長が運転する車に乗り込んだ。かってはお花見会をしていたのだが、新体制になってから会館で文化事業の発表や焼きそば・焼き鳥などの露店で会員のコミュニティづくりをしている。音楽発表は立錐の余地もなかったので山野草展を観賞させていただいた。

Img_2811 Img_2813 Img_2814 次は流麗席でお手前を戴いた。この自治会の皆さんは文化レベルが高くとまどってしまうくらいだ。だからこそ勉強にもなる。もう5年以上のお付き合いになるが、いつもプレッシャーとの戦いである。

Img_2817 Img_2819 続いて玖須美区の山頭火祭りへ席を移した。建立した山頭火の句碑に因んで市民に俳句の応募を募ったところ120近い句が寄せられたそうだ。今、あちこちで俳句に因んだまちづくりが行われている。近隣では松崎町が良い例である。伊東でも「俳句でハイク」という活動もある。佐藤会長の挨拶に続き佃市長の挨拶、そして西島保氏から明治代の物見の松などを写した貴重な写真が寄贈された。更に郷土研究家加藤清志先生の基調講演と続いた。

案内サイン現場調査

 4/14(水)杢太郎記念館からオレンジビーチの杢太郎詩碑「海の入り日」へ誘導する案内サインを設置するために現地調査を行った。市観光課・都市計画課・松川周辺地区まちづくり推進協議会が導線を確認しながらサインの位置、目標地を実証実験である。この事業には既に100万円の市補助が決定し、目的に即した効率的な利用が求められる。

Img_2806 Img_2807 Img_2809 駅前銀杏通り旧駿河銀行交差点に設置してある案内サインはポールを含めて50万円だそうだ。何と高いことか!この規準で考えると2機のサインしか設置出来ないことになる。私は街灯や東電の電柱、使用を終わったポール等既存の設置物の利用を提案している。少なくても10箇所くらいの案内板を設置できるだろう。上限の決まっている予算を、いかに効果的に使うかは民間経営感覚で具体化することがホスピタリティに繋がる。

2010年4月15日 (木)

猪戸通り道路改修

 先日、市長の予算案件の現地調査があった。このブログでも度々取り上げた猪戸通りの道路改修である。一般質問でも取り上げて改修とともに交通形態の再編を求めている。この道路と併行する駅側の伊東駅伊東港線(西口線)との連携から一方通行の交通網も考えるべきと感じている。何れの道も車道と歩道の整理がし難く、電柱が歩行者を遮断する状態になっている。

Img 今年度予算に4000万円を計上して3カ年、1億2千万円で1.27キロメートルを改修する計画である。当初50%を国の補助金で賄う事になっていたが、政権が交代したことから全額市費であてがうことになった。前々からの懸案であることから市長が決断して現地を確認したのだ。この道路改修については過去に数々の議員が提言をしているのだが、私は、自身の責任として情報の収集に終始し、商店街の有志に意向を伺い、市当局との連携をつくり実現に動いた。方向が定まったことに一息をつく思いである。言うだけが議員ではない。思いを繋げる。人を繋げる。予算に繋げる。行動を繋ぐ。成果を導く。検証を活かす。そんな議員活動をすることと思っている。

アウトレットと歌舞伎座

 4/12・13とお店は連休にした。公務も所管のものはないので、つかの間の女房孝行(実は私が確認したいのだ)をすることにした。埼玉県入間市に三井不動産が第7弾として出店した「三井アウトレットパーク入間」へ行った。約86000㎡の広大な敷地に206店舗を有す最大のアウトレットである。前々から行って見て感じてアイディアを妄想したかったのだ。狭山茶が地場産品である此の地に「森」のくつろぎを感じさせながら楽しいショッピングを体感して貰うコンセプトと聞いた。更に驚いたのは、隣地に「コストコ」誘致して誘客とプレゼンテーションの相乗効果を狙っていることだ。

 東京のベッドタウンとしての市場性は勿論だが、入間15万人・狭山15.5万人・所沢33.7万人等々近隣の基礎人口もたっぷりだ。人垣をかき分けながらウインドーショッピングやキョロキョロと観察を進めた。

 ふと思った「伊豆地場産品アウトレット」「伊豆海産免税店」はどうだろうか?取り巻く近隣人口は伊豆半島26万人・三島&沼津を加えておよそ55万人・・・足りないか?でも、日本有数の観光地だ!20年度の統計では、伊豆の観光交流人口は3千9百45万人である。この内宿泊客は1千1百83万人・日帰り等観光レクリエーション客が2千7百61万人である。伊豆の海を目一杯食べて、温泉に浸かって、地場の産品をたらふく買い込む伊豆ならではのアウトレット・・・どうでしょうか?

 そして翌日は歌舞伎座へ足を運んだ。今年4月公演を以て閉館するからだ。私は唯の1度も歌舞伎を生で見たことが無い。思いつくのが遅くてすご~く遠くで観ることになった。歌舞伎座さよなら公演「御名残4月大歌舞伎」と銘打つ第1部を体感することができた。

Img_0002 Img_0001 Img_0003 御名残木挽闇爭(おなごりこびきのだんまり)は曽我兄弟、熊谷陣屋(くまがいじんや)、連獅子とプログラムが進むのだが、誰が誰なのか?勘三郎・吉右衛門・海老蔵・獅童・橋之助・・・ここでもキョロキョロ、ウロウロの貴重な体験をした二日間だった。1889年がこけら落としとのこと、121年の時空間を堪能させていただいた。新しくなったら行こうと思う。

 

2010年4月11日 (日)

やったぞ!伊東マリンタウン/シーサイド・スパ温銭参加!!

 4/11(日)地域通貨活動は既に4期6年目に入った。最近にわかに脚光を浴びる空気を感じている。そもそも厳しい不況風の中で四苦八苦している自治体や企業、商店街などが経済や人を循環させるツールとして、その可能性に注目してきたようだ。昨今、私どもが機能させている地域エコ通貨「温銭」への問い合わせや調査・視察の申し入れが増えてきている。5年前の「温銭」循環開始当時、日経新聞の取材を受けた。目的は「温泉」と「温銭」のリンクであり、市内温泉施設での利用ができることだった。苦節5年!とうとう伊東マリンタウン・シーサイドスパが温銭事業所会員に登録することになった。やったぞ!

Img_4884 Img_4885 20090404123646 20090404123806 過日、社長と常務に温銭の主旨と仕組みを説明に伺ったところ、すぐさま実行のご連絡をいただいた。そして、スパの後藤支配人とメニューの打ち合わせをした。間もなく入会手続きに進むことになる。メニューの具体は

通常入館料 大人1000円→900円+100温銭 子供500円→450円+50温銭

市民入館料 大人 800円→700円+100温銭 子供400円→350円+50温銭

GWやお盆、年始など繁忙時や市民特別料金時には使用不可、他の割引サービスとの併用は御容赦ください。・・・というような内容になると思う。

 今後も温銭の利用店が増えることによって経済の循環が促されるのだから周知と理解を深める努力をしていく所存だ。

2010年4月 8日 (木)

第103回東海館みがき隊

 今月も第1月曜日4/5に第103回目の東海館みがき隊を実施した。今回は茅ヶ崎から3名が合流して15名で汗を流した。

Img_4864 Img_4868 Img_4872 大広間には雛飾りが鎮座している。いつまで飾るのだろう?もう5月も近い、今度は男の節句が来る。

 今年の改修部屋は「蔦の間」に決まった。一階の「桔梗の間」の隣である。着々と東海館が復元されることが嬉しい!ただ、雑巾を洗う水回りが二階だけということが使いにくい。一階か三階の閉鎖しているトイレを活用できると有り難い。市へ申し入れようと思う。

猪戸通り道路改修&伊東駅前バリアフリー対応/市長視察

 4/8(木)10時からの議会報編集委員会終了後大急ぎで走った。11時から猪戸通り道路改修事業の現場視察を市長が行うのだ。私は、地元商店街の有志とのパイプ役として立ち会うためである。既に市長以下総務・財政・建設の上層部が揃っていた。

Img_4886 Img_4889 3ヶ年事業として猪戸通り中央部から改修工事を行う。総工費4000万円の半分を国費・・・と予定したのだが民主政権の仕分けで1円の補助も無くなってしまった。市長は地元との約束としてこの計画を果たす為に視察をしたのだ。明確な歩道確保と、湯の花とキネマを横切る猪戸通りの横断歩道部分をカラー舗装で一体化し連続的商店街とするのだ。地中の水道・ガス、上空の電線、傾斜した電柱など・・・細部にわたる検証をした。続いて伊東駅へ向かった。

Img_4890 Img_4893 バスの降車位置から一段高くなっているパブリックスペースへ車椅子が入れるスペースをつくる為である。現状では空きスペースから車両が入ってしまう。1.5㍍ほどのスロープを2箇所確保する検証をした。また、伊東駅のトイレにはペーパーが無いことが問題視されている。このような張り紙で周知しているのだが、温泉観光地としてはたしてどうなのか?疑問が残る。JRでは相変わらず対応はしないようだ。私が考えるには、駅前を観光経済の場としている関係者が総意で観光客へのホスピタリティとしてトイレ管理をすればよいと思う。ペーパーの交換だけなのだから大きな出費にはならないはずだ。また、ペーパーのない伊東駅を逆手にとって、近隣の土産店等が「フレンドリートイレット」を表記して利用して貰うのも一考と思う。入店すれば買い物もしてくれる可能性が高くなる。いずれにしても観光客への感謝を示すことがすべきことと思っている。

2010年4月 7日 (水)

友人の西山淑子さんのこと・・・

 4/6(火)友人の音楽家/西山淑子さんからコンサートの案内を戴いた。彼女とは伊東ミュージカル劇団の市民活動を通じて懇意にさせていただいている。伊東のアイデンティティである日本初の洋式帆船建造にたずさわった英国人アィリアム・アダムスこと三浦按針を顕彰した「青い目のサムライ」や伊東に別荘文化をもたらした北里柴三郎博士をテーマとした「ありがとう北里先生」のミュージカルに楽曲を提供をされた徒然の中で、その才能と気さくな人間性が変わらぬ付き合いになるのだろう。

Img 金子みすゞの世界は西山先生の生涯音楽のテーマらしい。伊東のひく゜らし会館で初めて聴かせていただいたのは10年以上前いやもっと前だったと思う。まさかその後に親しくなるとは思ってもいなかった。この度はオペラ歌手でありミュージカル女優である萩原かおりさんとのコラボレーションだという。私も何とか日程を調整して出かけようと考えている。

 お問い合わせは よしこを囲む会 ℡ 03-3954-2241 

遠州横須賀「三熊野神社大祭」

4/3(土)伊東発7時14分の電車で遠州横須賀へ向かった。三熊野神社の大祭へ招待をいただいたのだ。実は議員になってまもなくの頃、掛川市の体協が地域通貨の導入を模索している中で「温銭」の理念や仕組みのレクチャーを依頼され講演をした経緯がある。その翌年からご招待下さっているにもかかわらず・・・やっとのことでお祭り体験ができたのだ。新幹線で掛川へ、JR東海道線に乗り換えて袋井に着いた。今度はバスで20分、目的の停留所で降りたのだがバス通りにはお祭りの気配が無い。もう一本奥の道に踏み込んだとたん!お祭り騒ぎも大騒ぎだ!

Img_4799 Img_4808 Img_4860 Img_4861 Img_4810 Img_4802 Img_4803 Img_4813 Img_4816 Img_4837 遠州横須賀三熊野神社は家津美御子神(けつみみこのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)・事解男神(ことさかおのかみ)三神を祀る災難除・子授け・安産・縁結びの神様だと言う。13の町内が交代で三社例祭囃子を披露する習わしだ。今年は軍前町ゑ組が披露した。街を歩くと各組の神酒所があり、その前を通る「ねり」(山車)は止まり、御神酒を振る舞われて歓待されるようだ。練り歩く若者はひざまずき厳かに酒を呑み、また次へと向かう!私だったら二箇所で大の字だろう。懐かしさが残る通りには様々な発見がある。

Img_4815 Img_4814 Img_4852 Img_4844 Img_4845 Img_4847 「ねり」小屋は「ねり」の丈に合わせてそびえ立つ!レトロな理髪店の看板は漆喰コテの技術だろう。この歯医者さんもディアドクターの鶴瓶が出てきそうだ。唐破風の屋根瓦に郵便局のマークだ!中には埃にまみれた看板が立て掛けてある。相続税の準備に簡易保険を・・・転ばぬ先の杖・・と書いてある。何と将来を見据えた提案であろう。?

Img_4854 Img_4858 Img_4849 Img_4853 Img_4820 昭和浪漫の軒下と窓枠、絵柄の曇りガラスもタイムスリップを誘う。驚いたのは、毎年9月19日に「ちいねり」という子供達の祭をするそうだ。大人と同じように祭事を取り仕切ることで、祭りのDNAをたたき込まれるのだろう!そんな昔からの伝統・風習が一万人足らずの町に、これだけ大事のお祭りを残し続けている由縁なのだろう。祭りが終わったその時から次の祭りへのカウントダウンが始まる。驚いた!

Img_4834 Img_4833 Img_4831 Img_4829 11時からメイン会場「八百甚」で招待者が一同となった宴席が始まった。昭和5年竣工の割烹旅館は時空の歴史を物語る風情が落ち着かせる。二階へ上がる急階段が玄関ホールの真ん中にデンと控え、つかこうへいの「鎌田行進曲」の階段落ちのシーンを連想させる。横須賀城主の末裔の方が乾杯の音頭をとって祝宴となった。20年以上にわたる商店街活動やNPO活動で出会った方々が八百陣に集合した感がある。静岡県の市民活動家の熱き心意気が充満する拠点となった。清水の花井先生、浜松の溝口氏との再会は特筆のサプライズである。嬉しかった。

Img_4836 八百陣を出て目の前の神酒所で呼び止められた。「あんた何の人?何処から?何してんの?」朝9時半からうろうろしている私が気になって仕方無かったようだ。湯飲みに御神酒を注がれ、素性と地域通貨とまちづくりの関わりを話した。何と、私のことを大学教授だろうと決めつけていたようだ。大笑いで意気投合した松本さんと記念写真に納まった。彼は三社祭礼ばやし(笛)柴田流の師匠だった。看板業を手掛ける彼は正に遠州横須賀三熊野神社大祭の「かんばん男」のようだ!更には伊東に居た経験があるそうだ。何と奇遇なことか・・・。心地良い一時を過ごし友人達と清水邸庭園を訪ねた。池と庭の空間をご馳走にお茶を一服戴いた。私は宗遍流をほんの少しかじっていたので平常心で楽しむことができた。次は横須賀城趾を訪ねた。

Img_4843 丸石積みの石垣が象徴する山城と平城が混ざった平山城である。天正8年、徳川家康が家臣の大須賀康高に築城させ、明治2年8月の廃城まで288年間に20代の城主を数えた。掛川城が陸路東海道の押さえだったのに対し、横須賀状は、江戸中期頃までは水上交通と物流の拠点として海路遠州灘の押さえとして重要な役目を果たしていたと言う。しかし、宝永4年(1707)の大地震の地盤隆起によって湊としての機能を失い城下町の栄華に大きな打撃を受けたそうだ。

 遠州横須賀の無形文化と史蹟文化を歴史と伝統文化というフィルターと地域人を通して体感した素晴らしい一日になった。帰りの電車に揺られながら、ウトウトと春うらら・・・。

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