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2010年8月25日 (水)

「温銭」活動をレクチャー

 8/22(月)御前崎市商工会の依頼で地域エコ通貨「温銭」の運用と意義について講演をした。スキルアップ21というグループの勉強会として「温銭」に白羽の矢が立ったのだ。午後7時から8時半までの日程に合わせて掛川へ向かった。御前崎は掛川駅から約1時間である。早めの夕食は鰻にした。肝もほおばって活力を養っておかなければ・・・。隣に座ったおばちゃんが「元気がでますね」と微笑んでくれる。これで準備が整った。5時に御前崎市商工会の森田さんが迎えに来てくれる。行く道々に情報の交換をする。講演までに時間があるので・・・海王丸を見ませんか?と嬉しい提案!一も二もなく大賛成だ。御前崎港中央埠頭には「海の貴婦人」が威容を誇っていた。

Img_5596 Img_5598 Img_5601 Img_5602 Img_5604 Img_5600 海王丸Ⅱは1989年9月15日に竣工した。総トン数2556㌧、全長110.09㍍、全幅13.8㍍、メインマストの高さは43.5㍍、総帆数は36枚である。帆を張っている姿はさぞ美しい気品を漂わせるのだろう。8/20~24までの入港に出逢えた私は何と幸せなことか!

 スキルアップ21のメンバーは御前崎市の活性化を研究実践する若手の事業家である。市議会議員も加わっていた。此処もまた、人コミュニティの希薄さが賑わいを失わせている。民間ができる下支えの仕組みを「温銭」に見いだそうとの発想である。まるまるの90分はアッと言う間だ。意見交換は充分とは言えないが、何かのヒントを感じてもらえたようだ。掛川駅まで送ってもらう車中に二人のメンバーが乗り込んだ。そしてまた意見の交換が始まった。熱き思いを持って向き合うことは体の中にエネルギーが増殖する感がある。心地良く楽しい時間だった。今後の交流を約束して新幹線に乗った。

箸まつり&紀元祭ほこほこ祭り

 8/22(日)午後6時半にキネマ通りから御輿がオレンジビーチへ練りを始めた。親しい友人達が担ぐ若雄会の御輿は、いつも迫力満点だ。Img_5574 Img_5578 Img_5584 Img_5589 Img_5593 今年は新企画として「わんこ御輿」が初見参した。半被に着飾ったわんこ達が御輿を引き回す。7時からは割り箸に感謝を込めて式典が始まった。オレンジビーチの箸供養塔に市長によって火が放たれた。真っ黒な海がほのかに照らし出され波の稜線がゆらゆらと見え隠れする。ハシゴ乗りは見る方も冷や冷やだ。乗ってる鳶の人達はさぞ勇気があるに違いない。最後は花火で締めくくったのだが、私は路傍の宴席でバーベキューと生ビールで心地酔いひとときを過ごした。

2010年8月19日 (木)

農業委員会「ふるさと教室」手入れ当番

8/19(木)朝9時から池区に作った「ふるさと教室」農園へ出向いた。今日は宇佐美担当者5名が手入れの当番である。先ず雑草をとる。そしてスイカ・ゴーヤ・カボチャと収穫の喜びを体感した。スイカ畑は残りの蔓も排除して元況へ復帰させた。秋ジャガイモを植える予定らしい。10時半に終わったが、熱い・暑い・あつい・汗で全身が濡れ鼠になった。

Img_5571 Img_5572 Img_5573 大地のすごさ!農業の偉大さを感じた。感謝!

温銭&東海館みがき隊合同納涼会

 8/17(火)午後6時半から「温銭」と「みがき隊」合同の納涼会を行った。開場には「はるひら海の家」が協力提供してくださった。夜のとばりが降りて、潮風が心地良い!13名の参加者も風情の違う「夏の居場所」に気持ちもリラックスしたようだ。

Img_5568 Img_5569 2000円と500温銭の会費で、オードブルと飲み物を準備した。酔いと共に口も滑りが増してくる。向き合うボランティア活動の現状や熱い思いを語る。いつも黙々と雑巾で磨く仲間は、思いの外滑舌がいい。時には必要な光景である。もっと思いを繋げていける・・・と思った。8時半、心地良い終宴となった。

2010年8月15日 (日)

大室高原自治会「夏の夕べ」

 8/14(土)16時から大室高原自治会が主催する「夏の夕べ」が開催された。私と大室高原自治会との付き合いは、溯ること6年前からになる。当時の柳川会長から地域コミュニティのツールとして「温銭」の導入を相談されたことがきっかけなのだ。認識と活用の動きは未熟ではあるが、温銭の団体会員として地道な活用を進めている。毎年夏の催しの際には、温銭「輪投げ」を提供し、参加する子供達に楽しんでもらっている。

Img_5564 Img_5567 Img_5562 今年は開場を自治会館に移して、役員が作る焼きそばや飲み物などが「100温銭」で買える露店が並んだ。伊東商業吹奏楽や島田すがこバンド、和太鼓などのパフォーマンスも盛りだくさんだった。我が輪投げ場にはおよそ250人がお気に入りの景品をゲットしようと大賑わいだ。ここ大室高原は昭和30年代に某ディベロッパーによって開発分譲された別荘地である。自然豊かな癒しの理想郷として4700区画が関東圏に販促され、現在は1200世帯が加盟する一大自治会となっている。伊東市より行政力や文化の進んだ都会から移り住んだ皆さんには、到らない行政運営に不満を述べる方々も多くいたようだ。しかし、近年の自治会運営の姿は、数段の進歩を遂げ、行政とのパートナーシップを前面にした協働の運営に心血を注がれている姿勢は大いに評価するものである。少なからず、その架け橋になれる幸せを感じている。今後も皆さんとのコミュニケーションを密にして、フレンドリーなお付き合いを進めていきたい。

2010年8月13日 (金)

第64回按針祭

 8/10(火)朝10時半から伊東市有功者表彰が行われた。永年に渡る貢献に対して感謝を表すものである。何故今日なのか?観光イベントとしての按針祭の為の8/10と思っている市民は多いと思う。しかし、昭和22年の8月10日に伊東市が市政施行したことによるものである。駅前の大看板に一行「伊東市市政施行記念日」と入れて欲しいものである。

Img_5517 Img_5518 Img_5527 Img_5531 Img_5532 Img_5534 Img_5536 観光会館大ホールでの式典は、イギリス・オランダ・メキシコ・アメリカの大使や司令官とともに静岡県知事が参列され、献花と祝辞をくださった。昨年までのパレードに変わり、1時40分からは按針ウェルカムカーニバルだ。アルソック儀仗隊の素晴らしい演奏の後、伊東ミュージカル劇団による「青い目のサムライ」が演じられた。Img_5533 Img_5540 Img_5546 Img_5547 小学生から大人までの団員が一丸となって取り組み、郷土の歴史を再確認するミュージカルに大きな拍手をいただいた。私はこの劇団の運営委員だが、最近はなかなかお手伝いが出来ずに気が引けている。しかし、久し振りに会った子供達はみるみる大きく成長していたことに驚いた。

Img_5551 Img_5552 Img_5553 Img_5557 中央のステージの他、10㌧と6㌧のトラックステージでもパフォーマンスが繰り広げられ、観衆のお祭り気分を盛り上げていた。市民の評価はどうだったのだろう。私は一所集中のプレゼンは、炎天や交通規制から受ける負荷を考えると、慢性化したパレードをストップした意味はあったと判断している。改めての検証から次年度への方向を探る大変良い機会だったと思う。

Img_5513 伊東湾には飛鳥Ⅱが錨を降ろしている。乗船しているお客様の希望者様には、NPO法人まちこん伊東の仲間が、伊東の歴史文化を御案内している。官民挙げての歓迎が次への来東意識を盛り立てる筈だ。

 6時からは、来賓者をお招きしてのレセプションに常任観光建設委員として参加した。そして、夜8時からメインイベント13000発の大花火大会が始まった。長い一日だったが、64年前の市政の立ち上げにご尽力下さった先人の皆様に心から敬意を持って感謝と御礼を申し上げたい。

2010年8月11日 (水)

温銭事業所会員「ふじいち」入会案内

 8/9(月)予てから問い合わせを頂いていた「ふじいち」さんへ西村事務局長と塩谷運営委員を伴って地域エコ通貨「温銭」の説明がてらお昼を食べに行った。あらかじめアポイントをしておいたので昼食タイムだったのだが快く迎えてくれた。若い取締役は四半世紀前に伊東市議会議員をされていたお爺ちゃんに心酔している様子だ。一年前に「ふじいち」に戻るまでは自衛隊で国を守っていたそうだ。道理で褐色の肌と筋肉が際立っている。一通りの説明に耳を傾け、具体的な温銭の受け入れメニューを連絡頂くこととした。さて、お昼だ!鯵のたたき定食を注文した。活きの良い透明感のあるタタキが運ばれてきた。流石地魚は美味い。店内もひっきりなしの来客である。やる気のある若者が温銭の循環に興味を持ってくれたことが嬉しかった。話しの中に様々な商売のアイディアが見て取れた。何よりも伊東の活性化に力を注ぎたい・・・この言葉に感動した。良い仲間が増えた!

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2010年8月 7日 (土)

小室山公園の池浄化

8/6(金)朝9時に玉木さんと小室山公園で待ち合わせた。ここの池が枯れ枝や落ち葉でヘドロ状態になっている。EM菌を活用して堆積した有機物を分解すると、それを鯉や亀たちが食べてくれる。次第に浄化されると言うわけだ。

Img_5495 Img_5496 Img_5504 Img_5499 20㍑のボトルを5本、100リットルのEM培養液を注入した。今後の変化が楽しみだ。私は、早朝5時に一時間ほどウォーキングをしている。3ヶ月程前から始めたのだが、楽しみが二つになった。一つは4㎏減量できた今後への期待と、EM菌の効果を確認することである。小室山から見る富士山は絶景です。どうですか?一緒に歩きませんか?

一校一農園「ふるさと教室」農業体験

8/5(木)松原神社の防火水槽の地鎮祭を終え、農業委員会が遊休農地の活用で畑化した池の「ふるさと教室」へ猛ダッシュで駆けつけた。子供達四〇名は既に農業体験に入っていた。私は、腐葉土づくりの担当である。6/19に種まきした野菜達は幾つかの収穫を子供達にもたらせた。トウモロコシ・ゴーヤを両の手に大喜びである。

Img_5478 Img_5480 Img_5467 Img_5483 Img_5485 Img_5475 Img_5469 Img_5486 見事に咲いたヒマワリの後ろに大室山が鎮座する光景は素晴らしい。小休止ではスイカをほおばる子供達が輝いている。終了時にはカボチャ争奪ジャンケン大会で盛り上がった。10月末か11月初旬には「ふるさと教室」終了のカレー大会をする予定だ。またまた大騒ぎな農業体験となる。

松原八幡神社へ100㌧の防火水槽

 8/5(木)念願の防火水槽がいよいよ設置される。当初40㌧を予定していたのだが100㌧に安全強化された。一昨年の11月、ここ松原八幡神社が祀られている寺山町の火災で高度による水圧の低下が放水を著しく弱体化させた。幸いにもけが人がなかったのだが、早速、議会で取り上げ予算を付けることができた。今日は地鎮祭と無事故を願う祈願祭として「防火費水槽設置工事起工式」を行った。

Img_5462 Img_5463 鍬は伊東市、シャベルは三和建設、そして私が鎌を持って願いを込めて「えいっ、えいっ、えいっ!」と大きな声で力を込めた。

 松原神社は寺山に移設されて2回の火災に遭っている。神社は伝統文化が詰まった地域コミュニティの礎なのだ。熱い夏と寒い冬の大祓や秋季の例大祭の拠点である。永久の安全と安心を確保することが私の責務でも有る。10月14日15日のお祭りには、立派な防火水槽が完成する筈だ。

第107回東海館みがき隊

 8/2(月)第107回東海館みがき隊を実施した。福田隊長以下9名が大汗をかいだ。真夏の熱中症は意外と室内での発症が多いという。今日はポカリを凍らせて持参した。さすがにクーラーの無い施設には来館も少ないようだ。昭和浪漫の文化財なのだから余りに快適では時代感を味わえないのだ。先人の我慢強さと勤勉さには頭が下がる思いだ。

Img_5451 Img_5455 Img_5460 雁行する客室の配置に併行してバケツが並ぶ。廊下、畳、ガラスと磨き終わった。2㎏くらいは痩せたかもしれない。今日も手老さんがエコキャップを持ってきてくれた。我が家の車庫はキャップの山だ。そろそろ3回目の搬出を考えよう。終礼で「みがき隊+温銭納涼会inはるひら海の家」を案内した。2000円+500温銭が会費である。夜の海を眺めると手石島がかすんで見える。潮風が頬をなでて涼が通り過ぎる・・・そんなロマンティック?な夕べを、おじさんとおばさん達で楽しむつもりだ。

2010年8月 4日 (水)

常任観光建設委員会行政視察

8/4(水)早朝5時のウォーキングは順調な成果をあげている。2ヶ月少々で4㎏減である。ウエストは7センチ細くなった。コレで特定健診クリアへの目鼻が付きそうだ。急いで家に戻り朝食と風呂を済ませて挨拶運動へ伊東駅へ向かった。そして9時30分からは7/29~31の常任観光建設委員会行政視察の報告会見がある。急がなくては・・・

Img_5415 Img_5417 7/29石川県金沢に着いた。駅構内を抜けるやいなや組み木を金属パイプに置き換えたドーム風の屋根と、その先にある米松を鼓の紐のように組み合わせた鼓門に圧倒された。金沢市の「観光戦略プラン」を研修する私にとって、和と洋の対比・バランス・融合が瞬時に体感できた。ジャンボタクシーで市役所に向かった。担当からのレクチャーを頂き、質疑応答となる。城下町金沢は歴史文化のクオリティが格段の高さで感じ取れる。年間予算に対する商工費は僅か1.9%だが、建設まちづくり、教育・生涯学習等が横断的に連携し合うブランド歴史都市だった。

Img_5396 Img_5402 Img_5403 タクシーの運転手さんにリクエストして「ひがし茶屋街」に回った。伝統工芸を彷彿とさせる店構えに地域ならではのファッション性が誇らしげだ。車窓の徒然に、気になる風景、伝統建築が通り過ぎる。改めて訪れたいと思った。

Img_5419 Img_5427 Img_5424 7/30は新潟県糸魚川市を訪ねた。昨年8月に世界ジオパークに認定された「糸魚川ジオパークの取り組み」について学ぶためだ。昭和62年に「フォッサマグナと地域開発構想」を立ち上げ、地道に切り開いたとりくみが、日本ジオパーク委員会を立ち上がらせ、世界の冠を確保する今日を作ったのだ。担当職員のレクチャーの後フォッサマグナの露頭と翡翠峡の案内をいただいた。勇壮な景観と地学的景観はダイナミックである。まさに地球から戴いた地域財産である。民官が協働して如何に磨き、如何に活用するのかが問われる訳だ。先進地域だけに、観光活用の試行錯誤が感動を呼び起こすに足りない何か?を感じた。後進の方がやりやすい施策づくりが検証出来そうだ。伊豆半島ジオパーク構想と重ね合わせて、効果的な方向を探る必要がある。翌日、白亜紀の断崖と4世代道路「親不知」とフォッサマグナミュージアムを視察した。人間の力と英知・地球の天然芸術とでも言えるジオサイトであった。Img_5446 Img_5439 Img_5440 Img_5435 Img_5431 驚くほどの地質学資料が詰まった博物館で一際興味を引いたのは、地元の子供達が拾った石のコレクションだった。富士山に見える石、うさぎに見える石など楽しい展示がほほえましくも学校教育と連携した取り組みが見えた。Img_5450帰りの糸魚川駅で見知らぬ初老に声を掛けられた。「あきらさんですか?」知り合いもいないのに名前を尋ねられるとは・・・実は、お世話になったタクシーに背広の上着を忘れていたのだ。尋ねてくれた初老の紳士はタクシー会社の社長さんだった。恥ずかしくも情けない失態に、快く返送を約束してくださった。翌日、箱に詰められた上着との再会が叶った。伊東銘菓ホールインをお詫びとお礼にお送りしたが、伊東市議会の慌て者として記憶に残ったに違いない。

悪路の改修

7月31日(火)早朝のウォーキングが定例になってきた。自身への習慣づけが苦手なので、コースを変えて新鮮さを保っている。自宅のある富士見町の悪路は、付近住民から度々の要望があり、建設課へ申し入れていた。ユニーの駐車場を抜けて確認にコースを変えてみると、当て次ながら改修がされていた。コレで歩きやすくもなるし、車も通れるようになった。    

Img_3172 Img_3171↑改修修前・改修後↓Img_5365 Img_5367 実はこの地区は農道と赤道と民地が渾然となった難しいところなのだ。行政側としては手を付けにくく放置していた訳だが、事実上の生活道路となっている現状では改善を優先させるべきである。補修の在り方としては不満足ではあるが、逐次改善を図って行きたい。

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