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2010年10月28日 (木)

伊東市「日中友好市民の翼」

 10/17(日)~21(木)日中友好市民の翼

 10/17(日)午前9時40分伊東駅東海バス8番乗り場に集合。そして10時、3台のバスと宇佐美からの1台で、計4台伊東市民129人の「日中友好市民の翼」が出発となった。亀石・東名、吉田インターを降りて富士山静岡空港に到着した。FDAの飛行機が待機している他は機影は見えない。日曜のせいか?見学者が多く来ている。早速、別室で伊東市民129人+旅行者関係者計135人の団結式となった。

Img_6069 テーブルには中国土産のサンプルブックと試食品が置いてある。行く前から帰りのお土産は通例らしい。久しくツアー旅行には行っていないので奇異に感じてしまった。ここ10年ほどは自身でプランするフリー旅行しかしていない。中国の土産は安全なのか?誰かが「日本で作っていれば大丈夫だよ」と言った。何ともおかしな会話である。

中国からのチャーター便が入港してきた。我々伊東市民129人がこのエアバス320で杭州へ向かうのだが、向こうからは30数人しか来ないらしい。セイムの友好市民の翼なのに・・少々疑問を感じながら機上の人となる。2時間半で異国中国に降り立った。660万人口杭州市は伊東市の88倍のビッグシティだ。今晩は杭州市人民政府の歓迎宴である。

Img_6076 Img_6083 Img_6078 2.5%の薄いビールではなかなか酔いが回ってこない。こちらでは冷やしたビールは飲まないらしい。ピッチャーに氷を入れてビールを注ぎグラスにつごうとする。水が怖い私は、そのままのビンビールを戴くことにした。

 10/18(月)5時半のモーニングコールで眠い目を擦った。今日は新幹線で上海へ向かう。超ラッシュの杭州駅に大驚きだ。

Img_6086 Img_6089 Img_6088 全135人の伊東市友好団は命がけで乗り込んだ。絶対乗り遅れが出ると確信できる様相に目を丸くしたのだが・・・奇跡だ!日本人の前の人に習う実直さが奇跡を起こしたのだ。

 上海駅からはバスで観光する。林立する超高層と統一感のないビル群に生活感溢れる住宅ビルが混在する。

Img_6105 Img_6091 Img_6094_2 Img_6097 Img_6101 上海ヒルズ94階展望台からの眺めである。ここのトイレは眼下を目指して放尿する気分だ。高所恐怖症の私には少々危険だったが恐る恐る実行してみた。

濱江大道展望公園からは、対岸に100年前の懐古建築群が霧に霞んでいる。丁度ウェディング写真の撮影に出会った。幸せ気分にあやかって一枚取らして貰った。

Img_6106 Img_6115 英国が統治していた時代の建築は興味深い。散策してみたいのだが、自由時間はほとんど無い。超混雑は駐車場までバスを着けることができないのだ。何処に行っても歩く・あるく・アルクの連続だ。いつも時間がなくなってしまう。

Img_6120 Img_6121 Img_6132 豫園も人・ひと・ヒトの波だ。やっとの事で迷子にならずに済んだ。後で聞いたのだが、二人が見つからなくてガイドさん達が大あわてしたそうだ。

昼食は広東料理、そして夕食は上海市人民政府歓迎宴である。昨夜との違いは余りなかったものの、冷えたビールが出てきたのは嬉しかった。

Img_6136 Img_6134 Img_6146 Img_6144食後は黄浦江からの夜景 を見ながら足裏マッサージへとくり出した。昨夜も杭州のホテルで家内と一緒にマッサージを受けたのだが、技術者によってかなりの違いがある。それにしても、上海は、ホテルマンやマッサージにしてもサービス精神に欠ける感がある。言われ尽くした「もてなしの心」と出会うことができない。

 10/19(火)今日は上海万博の見学だ。行く道も駐車場からの道も、第8番ゲートの入場口も人だらけ!恐ろしい程の人である。何しろ多い日には100万人が押し寄せると言う。日本館や中国館などの人気館は6時間も待つそうだ。初めての自由行動は約3時間しかない。お昼も初めてのフリーなので食べあぶれる訳にはいかない。あっちこっちと歩くのだが、何処も長蛇の列だ。中華料理にも飽きてきたのでフレンチを食べようと散策した。

Img_6147 Img_6162 Img_6156 やっとの思い出たどり着いたオーストリア館のレストランでフレンチを堪能した。久しぶりの分厚いステーキは、大いに気分転換となった。その後何処を回っても人の山なのでスタバのコーヒーとケーキでのんびりしていた。すると、隣の席の中国人6名がキュウリを取り出し、ポキッと折って皆に廻し食べている。日本のテレビで視た光景が目の当たりだ。そう言えば、パジャマで街中を歩く光景もテレビで視たままだった。お国の違いは至る所に垣間見えた。万博を出て、新天地を散策した。たった20分だったが新旧織り交ぜた「街」が楽しい。面白いデパートのフロントディスプレーに出会った。

Img_6166 Img_6170 Img_6168 つかの間だったが自分選びの買い物時間となった。ツアーガイドお決まりの観光と買わせツアーでは異国の街感覚を味わうことができない。探索と発見が観光の楽しさだと思う。もう日が暮れる。夕食は上海料理だ。相変わらずの中華である。お昼にステーキを食べておいて本当に良かった・・・と思った。そのまま上海雑伎団の観賞である。本物は初めてだ。すごい個人技に驚きと感嘆の声をあげた。エンターテイメント性を高める為かダンシングシーンが要所に盛り込まれていたが、物足りなさを感じた。演技中の撮影は禁止なので、終了後のお掃除風景を撮ってきた。

Img_6172 Img_6173 今日の日程は終了した。

 10/20(水)今日はバスで杭州へ戻る。高速でおよそ3時間、途中のサービスエリアで面白いトイレがあった。

Img_6174 勿論、男便所なのだが、前面に竹があしらわれアクリルボードで覆われている。私は、決死の思いで写真を撮った。なかなか空かないのだ。他人のお尻を取っていると誤解を受けてもいけない。やれやれ・・・の一枚である。

Img_6181 Img_6175 Img_6179 杭州に入り茶芸店で茶体験である。限りなく一面がお茶畑だ。中に入り3種の茶を味わった。市長に取っていただいた一枚と市長を囲んだ記念写真である。お土産に肝臓や腎臓機能を活性化するとの説明で「一葉茶」を購入した。お昼は飲茶とのこと、期待したのだが、そして西湖を遊覧し霊隠寺をお参りした。

Img_6195 Img_6198 Img_6199 そして、石仏を手の上に載せてみた。

Img_6193 バチが当たらないようによ~くお参りしました。最後の観光は六和塔である。塔の上まで上がった人は僅かでした。私も、登らない組みに入りましたが、塔が傾きそうなので家内に支えるように指示をした。

Img_6203 Img_6206 そのまま夕食へ行くために手を離したので六和塔が傾いたか?倒れたか?は解りませんが、新聞やテレビの報道もないので心配はしていません。最後の夕食は杭州料理です。やっぱり変化はありません。当分中華は食べなくてもいい気分です。刺身が食いてぇ~!

 今夜は「幻想西湖」の観賞だ。北京オリンピックの開会式を演出したジャンイーモーの演出なのだ。以前観た映画「Lovers」の監督だ!金城 武とチャン・ツィイーが主演した、愛するも戦わなければならない宿命を幻想的な映像美で感動を思い起こさせた。水面下に張った舞台で舞い演ずる100名以上の出演者、水墨画や南画を見るような光景が、人間五肢の動きによって接触する水しぶきで浮き立つ。男女が出会い別れる感情を切なく表現する演者。

Img_6216 Img_6238 Img_6237 Img_6228 Img_6246 感動は、湖面から夜空に向かって飛翔する龍のように水霧が湧きあがったクライマックスだ。中国最後の夜のドラマチックページェントは訪中の価値を見いだしてくれた。

Img_6252 全てが闇となり音もない。見上げれば真黒のキャンバス!ジャンイーモーの世界は、一点の月を残して消しゴムで消え去った。

 10/21(木)朝食を早めに済ませ荷物をバゲージに納めた。バスで空港へ向かう。帰る時はいつも感傷的になる。でも、寿司が食いて~!エアバス320は帰路富士山静岡空港を目指す。

 空港からは東海バスにゆられる・・・が、運転技術なのか?車の性能なのか?道がいいのか?眠れる揺れ具合だ。やっぱり日本だ!午後五時頃に伊東に着いた。目的は決まっている。日本料理屋へ向かった。

2010年10月27日 (水)

日本ユニシスからエコキャップ

 10/27(木)日本ユニシス伊東エグゼクティブセンターから地域エコ通貨「温銭」へエコキャップの提供をいただいた。今回で二回目であり、45㍑袋2個を受け取りました。Img_6272 袴田所長は、伊東へ出来る感謝の表現として、海岸清掃やエコキャップ事業を位置づけ、スタッフの皆さんも総出で取り組んでいるとのことで、これからも良い連携が継続出来るよう意見交換しました。

案内サイン現場調査/まつまち会&案内人会

 10/27(水)松川周辺地区まちづくり推進協議会が進める、市街案内サイン設置調査活動に伊東自然歴史案内人会の有志を交えて現場調査を行った。等身大の模擬サインとポールを架設しての実証実験である。Img_6267 Img_6268 伊東駅を起点として周遊1時間~2時間のコース設定ポイントを探った。観光に関わる様々な団体の意見を聞きながら、市の施策として立案できる準備を整えて行きたい。

2010ごみフェスティバルin伊東

 10/24(日)10時からごみフェスティバルへ行った。Img_6261 Img_6262 常任総務委員会の所管事業であるが、顔を出すのは自由である。いきなり伊東RCの秋山氏と顔合わせだ。聞くと、お嬢さんが清掃児童画展で市長賞に選ばれたという。早速見に行った。Img_6259 Img_6263 Img_6266_2 子供らしい爽やかな作品だった。ごみは分別して所定のゴミ箱へ・・・。ポイ捨てはいけませんImg_6265 !正しいごみ見出しからリサイクルが出来ますよ・・・と伝えている。大人がどれだけ実践しているか?循環型社会の形成に繋げたいものだ。会場の市役所ロビーは展示・実演・相談・廃物利用ゲーム・リサイクル品販売等のコーナーが賑わっていた。ごみの排出量は15%削減された。更なる認識づくりに市民自らが啓蒙し合おう。

「汗の会」宇佐美亀石峠沿道整備出陣

 10/24(日)8時半、宇佐美コミセンに集合した「汗の会」今日は、亀石峠沿道へ皇帝ダリアの群落づくりの為のである。私はこの汗の会の顧問をしている。会長が西島後援会の片山事務局長なのだ。Img_6254 Img_6257 いままでも活動を積み重ねてきたが、今年に入ってから命名をして本格的に動いている。川奈港の流木整備や松川清掃、海岸清掃と出陣は後を絶たない。今回は、NPO里山クラブの高野代表とのアポイントでコラボが実現した。城間山の会の佐藤代表とは親しい間柄である。私は10時からのごみフェスティバルへ出席しなければならず顔合わせを以て退席した。

高野氏からの報告では、合計24名の活躍で順調な整備が進んだとのことである。皆さんお疲れ様でした。

2010年10月22日 (金)

農業委員会/ふるさと児童絵画展

 10/16(土)11時から表彰式である。小学5・6年生が主となる「ふるさと教室」とのコラボ事業として、伊東市農業委員会が主催する「ふるさと児童絵画展」の結果が発表されるのだ。約80点の応募作品の中から各賞が決定した。何れも力作で選考に苦慮したようだ。Img_6061 Img_6062 Img_6063 Img_6064 太田会長より表彰を受ける受賞者。

松原八幡神社秋季例祭

 10/13(水   )松原八幡神社秋季例祭を明日に控え、午前10時から神酒所と山車の準備をする。私はもう20年も装飾委員長を仰せつかっている。そろそろ後継者を見つけなければいけない。Img_6003 Img_6005 Img_6007 湯端丸のような船型の山車は珍しい。湯川の自治会を除いては他に無い。準備万端整った。

 午後10時半に神社へ登った。神殿では祭典奉仕団が神輿の組み立てに精を出していた。午前0時を回る頃、完成した神輿の担ぎ場所を決める肩合わせをし、砂利の境内へ担ぎ出した。Img_6010 Img_6016 奉仕団は準備万端整うと消防会館へ急ぐ!御船歌も負けじと会館へ大急ぎだ。全員揃うと御船歌の合唱となる。頃合いを見計らって輿艦長が「垢離」の一声を放つと、全裸の団員が真夜中の海へまっしぐらに走る。お清めの儀式である。

 10/14(木)いよいよ夕祭の日を迎えた。社殿には氏子・区長・区議会・町内会・司会議員・祭典奉仕団・御船歌保存会が陣取った。島田神官の神事が始まった。大榊に隠れて「御魂」が神輿に乗り納まった。いよいよ下界へ担ぎ出す。寺山の名の通り鎮守の森は小高い丘の上である。Img_6018 Img_6020 32名の若者のパワーで186段の階段を下り街を巡幸し御仮屋に落ち着いた。此処で一晩を明かすのだ。

 10/15(金)10時、神事の後巡幸が始まった。Img_6022 実は昨日夕祭の朝、我々松原御船歌保存会の上げ歌師 大川政幸氏 が逝去された。誰よりも何よりも御船歌に心を注がれた中心的人物である。さぞ無念であったろう・・・と推察する。余りに悲しい現実に出会ってしまった。Img_6024 神輿はご実家の前に進み慰霊を表した。きっと御魂と一緒に乗り込んでお祭りを楽しんでくれると思う。Img_6025 Img_6027 後陣で神輿を見守りながら御船歌の仲間が歩を進める。政幸さんの思いと一緒に祭を先導する。そして海中渡御となった。Img_6031 Img_6040 Img_6041_2Img_6045_2 3回の渡御を終え陸に上がる。これからが更なるクライマックスとなるのだ。湯川鹿島神社の神輿と心意気の戦いが始まる。Img_6055 ぶつかり合いさながらの迫力は圧巻だ。昨年は警察の指導で出来なかったいきさつがあり、今年の思いは格別であったことと思う。それにしても若者達の汗と力は素晴らしい。

 そして、祭りの幕へ向かう厳かな巡幸の後、社殿に納めて御魂がお帰りになる神事となる。一年を通じて、区や町内会最大のイベントがこの例祭である。伝統を守り継承することの困難さを痛感する昨今である。地域だけの祭事とするには余りある重さを感じる。神様の事でも、行政のバックアップが必要な時代に入っていることは間違いない。市民全体で考え、対応策を試行しなければ継続への糸口は見つからないだろう。

2010年10月12日 (火)

松原八幡神社秋季例祭御籤取り式

 10/10(日)午後7時半から松原八幡神社社殿にて秋季例祭を執行するための祭典奉仕団結成と御神輿の担当を決める「御籤取り式」が行われた。区長始め氏子、町内会と我々御船歌保存会が籤を引き呼び上げる。当選した奉仕団各位が「はいっ」と言い手を挙げると我々が「おめでとうございます」と声を掛ける。その昔から御神輿に関わる栄誉を籤で決めていた伝統である。今となっては担ぎ手も少なく、必要人員を集めて担いでいるので、今更籤引きの必要はないのだが・・・古来の形式として残していくことも文化の在り方である。Img_5999 Img_6001 Img_6002 Img_6000 神官によって浄め祓いされた御籤を氏子会長と区長が2つに切り分ける。手にした籤を読み上げる御船歌菊間会長と大川副会長。そして「家内安全」は私が引いた籤である。我が家庭は今年も安泰である。例祭が好天に恵まれ、事故が無く厳粛に、そして無事行われることを祈念している。

2010年10月10日 (日)

秋の茶会

 10/10(日)10時から中央会館で開催されている「秋の茶会」へ出向いた。此処では、市芸術祭行事として写真展や華道展などが併催されている。ひととおり拝見して立礼席で御菓子とお抹茶を戴いた。旧知の友人上山宗育さんが宗遍のお手前を主幹している。Img_5997 Img_5996 Img_5995 お濃い茶や薄茶の席では正座で足がしびれてしまう。立礼席では椅子なのでとても楽ができるのでホッとした。茶器は勿論のこと、お軸や花器、お香盒に到るまで宗育先生の心づくしが見て取れる。立派なものを楽しませて頂いた。実は我が家の和室には炉を切ってある。建ててから17年で3回しか使っていない可哀想な炉である。安物だが、揃えた道具もさぞ怒っていることだろう。当分の間眠っていてもらうしかない我が家の茶道環境である。

2010年10月 9日 (土)

伊東の海を守る会/海岸清掃

 10/7(木)9時半から伊東オレンジビーチの大掃除を実施した。伊東の海を守る会の呼びかけで約300名が参集した。私は、商店街の一員として得意の地下足袋ブーツで参戦である。先の台風で流れ着いた大木が未だに横たわっている。今日は風が強い!波打ち際には小さな漂流ゴミがウェーブ状に模様を描いている。篩にかけて砂を落としゴミ袋に入れる。砂浜に300人の清掃隊は壮観だ。みるみる、美しい砂浜が甦ってくる。

Img_5983 Img_5985 Img_5988 Img_5989 Img_5991 ある参加者が「いくら拾ったって、どうせまたゴミが溜まるよ」と言う。私は「ゴミは、一つ拾えば一つ減るよ、拾わなければゴミだらけになる」と伝えた。誰かが拾うだろう?どうせ誰かが捨てるだろう?の繰り返しだったら伊東はゴミの山になってしまう。一人ひとりの心持ちで決まる。

第109回東海館みがき隊

 10/4(月)歳をとると月日の経過を早く感じると聞いたことがある。私は今、そのことを特に感じている真っ最中である。アッと言う間の一ヶ月、東海館みがき隊も109回を迎えた。今回は伊東自然歴史案内人会の有志4名と私の知人の中村さんが初参加である。それに、体調を崩していた中村美代ちゃん、茅ヶ崎隊と17名の大隊となって大張り切りだ。Img_5981 Img_5976 突然、茅ヶ崎の加藤隊員から呼び出しだ。二階「橘の間」軒先にスズメバチの巣を発見したという。早速確認し、観光課へ撤去を申し入れた。勿論、その日の内に対応されたことは言うまでもない。次々の来館者にもガイドの準備は万全だ。何せ案内人が6名もいるのだ。16名にもなると掃除のはかどりも早い!いつもより30分早く磨き上げた。二階中広間に車座になって初参加の感想をもらうことになった。Img_5982 総体に楽しく有意義な時間を過ごすことができたと喜んでくれた。時間がある時には参加したいとの言葉からも、仲間意識ができたものと嬉しく思った。伝統建築や文化、自然や環境は市民全員の共有財産である。「他人事」にしない伊東人意識を共有し、具体に示す習慣を持つことと思っている。次回も新入隊員の参加を待っている。

2010年10月 6日 (水)

大忙し!イベント回り

 10/3(日)午前中の松川お掃除大合戦・秋の陣を済ませ帰宅しシャワーを浴びて着替える。次は伊豆高原クラフトの森フェスティバルへ向かう。予報に反する良いお天気に、さくらの里は大賑わいだ。入り口の路面も多目的トイレも再整備された。議場で要望した成果である。Img_5954 Img_5952 13回目の今回は134のテントが緑の草絨毯のもとにオリジナリティを競っていた。天然記念物国指定の大室山の麓、市指定文化財スコリアラフトが一際目に付く。ひととおり巡ると多くの知り合いに遭遇した。後ろ髪を引かれながら玖須美区の体育大会へ車を走らせた。会場の東小グランドは歓声こだまする熱気の中だった。玖須美区選出議員5名のうち、私を除く4名は競技に汗を流していた。松川の清掃ブッキングしていたのでこの時間になってしまった訳である。あらかじめ区長へ知らせておいたものの・・多少気が引ける。居住地富士見町のテントへ挨拶に向かう。皆さんから「西島さんだけ居なかったね」と声が掛かる。有り難いことだ。Img_5957 Img_5966 1時間半ほど交流を図って杢太郎祭へ向かった。式典は既に始まっている。そっと席に着いた。献句の発表だった。そして記念講演を拝聴した。この時には殆どの来賓者は帰ってしまった。私はせめて最後までと聞かせていただいた。元伊東市教育委員会社会教育指導員 村田武先生による「顕微鏡画など、新たな資料からわかること」と題した興味深いお話しだった。

 そして、5時から美容師の仕事をした。忙しい一日が終わった。

2010年10月 5日 (火)

松川お掃除大合戦・秋の陣

 10/3(日)9時から松川周辺地区まちづくり推進協議会が主幹となる「松川お掃除大合戦・秋の陣」を実施した。我が「まつまち会」と市都市計画課・県熱海土木事務所・伊東&伊東西ロータリークラブ・気鋭の会・松川漁協・観光協会・ケーズハウス・汗の会等々約60名が参加してくれた。特に「汗の会」からは20名に近い若き有志が結集した。彼たちは、川奈港の流木撤去にも大きな力となった仲間である。

Dsc03908 Dsc03902 Dsc03904 Img_5949 Img_5943 Img_5947 Dsc03890 川の中に入り人口廃棄物を拾う。陸にあげる者、分別する者、運び出す者・・・それぞれの活躍で成果も上々である。2台の自転車から朽ちた金属梯子、缶、ビン、有害埋め立て物、燃えるゴミ等がうずたかく積まれた。人の力は大きいが、その前に一人ひとりが廃棄しない心と行動を持つことが先決なのだ。

 私は、この秋の陣に備えて地下足袋ブーツで武装した。川の中に腿まで入る為だ。なかなかの履き心地で大いに気に入った。さぁ、次は春の陣だ。皆さ~んお疲れ様でした。

2010年10月 2日 (土)

医療基金寄付

 10/1(金)玖須美☆敬老の集いで協力してくれたフラダンスのクーレイレファ・レイグループの安齊先生から、出演依頼を受けて戴いた謝礼が5万円になったので市の役に立つ使い方をしたいとの相談を頂いた。それならば、フラダンスを趣味として健康で楽しく日々を送れる感謝として、平成25年春に開院する新市民病院建設に役立てて戴こう・・・と、市長面会の段取りを取った。

Img 待ち合わせた市役所ロビーには、安齊先生が二人のメンバーを伴って来てくださった。市長公室から一望の伊東の美しい景色に驚嘆の声を上げている。そして報道の取材の中、佃市長へ5万円の厚志が手渡された。市民と市を結ぶ心根の橋渡しは、何回立ち会っても心地良いものだ。感謝である。

松原御船歌詠い始め式

 9/30(木)6時半からの伊東花笠踊りに常任観光建設委員として参加し、7時半からの松原御船歌詠い始め式へ松原八幡神社へ向かった。雨は相変わらず降りしきっている。区長を始め氏子、町内会長や消防団の方々が出揃ってくる。勿論、御船歌保存会の会員も参集した。10月14日・15日の松原八幡神社秋季例大祭執行における御船歌のスタートの奉告祭なのだ。古事に則った伝統の儀式である。

Img_5938 Img_5939 神官の祝詞、玉串の奉奠と続き御船歌「初春」の奉納である。先ず私の「仕事」歌の詩意を前説としてナレーションし詠い始めた。今宵は、上げ歌師が体調を崩し歌声に加わっていない。その兄である副会長も付き添いで欠席である。とても寂しい。しかし、お祭りは確実に来るのだ。残った仲間で御船歌の責任を果たそうと思う。

 松原御船歌保存会が纏めた八幡神社の歴史と御船歌の伝統が伊東松川の長田の地に面々と詠い紡いだ文化を書面として区長・氏子に納めた。地域の伝統文化は地域人が守り育てる。この心意気を繋げていきたい。

第13回伊東花笠踊り

 9/30(木)第13回目の伊東花笠踊りが開催された。あいにくの雨で800人を予定していた各連のうち、本場山形の花笠舞踊団と川崎、浜松から来てくださった皆さん、そして国際交流協会のおよそ150名がキネマ通りスカイドームで踊った。昨年も二日目が雨で、練習の甲斐もなく引き上げた連があったのだが、今年も同様となってしまった。さぞ残念だったことだろう。

Img_5912 Img_5916 Img_5922 Img_5911 この花笠踊りは毎年数百名の宿泊を伴った参加者がいることが有り難い。伊東らしさが無いとか、いつまで花笠なのか?議論はあるにせよ、伊東音頭やそーずら節では第1回を立ち上げることは難しかっただろうし、ここまでの継続も考えられなかったとも思う。心配なのは市民連の参加が少なくなったことだ。更には、応援の沿道市民の後押しと関心度が低下しているように感じることだ。このことこそが「伊東らしさ」に繋がることだと思う。同じ踊るなら踊らにゃ損そん!なのだが、目標ややり甲斐づくりも必要なのだと感じている。改めての検証とゼロからの発想で再構築する時期に来ている気がする。

 二日目は、穏やかな好天に恵まれ23団体1000人の花笠が舞い踊った。

 

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