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2011年7月26日 (火)

東海館みがき隊へ伊東マリンタウンが雑巾寄付

 7/21(木)伊東マリンタウンから東海館みがき隊へ沢山の雑巾タオルの寄付を戴いた。私が毎月配信している「東海館浪漫日記その106」での呼びかけに早速呼応して下さった。たっぷりのストックがあるつもりだったのだが、平成13年10月の第1回からまもなく10年が訪れようとしている。あらためて時の流れの速さに驚くばかりだ。

Dscf0015 その後も、嬉しい申し出では続いている。松原ときわ会様・伊豆接骨院様・大室高原有志の皆様からも戴いている。これからも、皆さんの思いを雑巾に込めて文化財保全に取り組んでいく。

伊豆んこちゃんミュージカル

 7/17(日)韮山時代劇場で、親しい友人の岡崎清美さん率いるダンススクールが「伊豆元気サミット」と称する伊豆んこちゃんミュージカルを開催した。岡崎先生には、按針祭をはじめ、伊東ミュージカル劇団や玖須美敬老の集いなど、様々なイベントや文化事業に協力して頂いている。子供達の純な感情表現や元気なステージパフォーマンスは、私に清々しい活力を充電してくれる。伊豆んこちゃん企画は、ミュージカル仕立てで、脚本の羽毛田先生、楽曲は島田須可子さん、そして踊りと肉厚な構成である。海・山・宇宙の女王と伊豆の地場産品を疑似化したキャストが、環境やコミュニティなどについて問いかける提案だった。

Dscf4787 私は、自民党第支部長の勝又氏と応援を兼ねて観賞させてもらった。全てがオリジナルである。プロの演者がいない。地域密着の元気づくり。震災支援等々体感するほどに、舞台に乗っている者、縁の下で支える者の情熱が胸に迫った。終了後、勝又氏も同様の感激を味わったと興奮して語っていた。

 今度は、伊東でやるそうだ。楽しみに期待したい。

 


2011年7月23日 (土)

震災支援「岩手の野菜販売会」

7/16(土)献上湯事業を済ませて大急ぎで大室高原へ向かった。私の親しい友人達が、震災支援活動として「岩手の野菜販売会」を行っている。午後2時が終了となるので急いだ。岩手ならではの野菜もあれば近辺の八百屋さんで見かける野菜もある。

Img_8380 Img_8388 Img_8386 Img_8389 大きなトマトを丸かじりした。子供の頃を思い出した。篭をを背負って家に売りに来るお婆さんのトマトにかじりついたものだ。新鮮でみりっこいミニキュウリにタマネギ、ズッキーニにべったら漬け、持ち帰って食べた初体験は「山ひじき」である。しゃきしゃきの食感は格別だった。今度は30日の販売だそうだが、あいにく私は御嶽山へ登拝中である。またの機会を待とう !!!主催の皆さ~ん ! ご苦労様で~す。










第9回「和田の湯江戸献上」

7/16(土)8時10分から湯汲み式でから始まった。そして10時、伊東港から樽に入れた温泉を乗せたヨットの出航式典で完結する。伝統を再踏襲して9回目となった。

Img_8349 Img_8355 Img_8365 Img_8372 Img_8377 Img_8379 慶安4年'(1650年)、病弱だった三代将軍家光公に献上するために海路はるばる江戸に運んだとの史実に基づき、平成15年江戸開府四百年を記念して実施された。玖須美区長、区議会そして文化振興会の方々と伊東ヨット協会の連携があればこその歴史イベントである。














まつまち会、唐人川を清掃

7/10(日)まつまち会は早朝6時から唐人川の掃除をした。唐人川河川愛護推進協議会とのコラボ活動である。約400年前に日本初の様式帆船がウィリアムアダムスによって建造された歴史的な川なのだ。河岸の草木や水中のゴミを拾い見違える景観となった。

Img_8342 Img_8346 Dsc07466 Dsc07468 Img_8343 6年前に比べると雲泥の差である。水は清らかになり、鼻をつまむ悪臭も少なくなっている。地域が地域環境を保全することがリバーフレンドシップの心でもある。













被災避難者との交流会

7/6(水)埼玉の視察を終え、伊東に戻ったのは19時半を回っていたが、伊豆高原のホテルサンロードに避難している福島の皆さんとの交流会に合流した。テレビ静岡が避難者の日常を追ったビデオ(既に放映されたもの)を皆で見ながら親睦と意見交換をする企画である。

Img_8319 Img_8319_2 Img_8320 最初の避難者は3/20にさかのぼる。ペットを連れてやっとたどり着いた不安感は、今は感じることができない。一人二人と仲間が増えるにつれ、落ち着きを取り戻してきたものと思う。伊東市としての受け入れ体制へのお手伝いをしながら、一つまた一つと不安が取り除かれるたびに心が繋がっていく。遠藤隊長以下14名のコミュニティは強固だ。私も様々な催事にお連れをする。伊東とのコミュニティが構築されるのだ。現場を理解しない政権の鈍さに腹を立てつつ、今を大切に生きる姿勢に教えられることが多い。一緒に南相馬の被災現場を視て、避難所を訪問した遊佐さんと馬場さんとは旧知の友のようだ。伊東が第2の故郷として皆さんの心の中に染みこんでいく姿が、私には見える。







伊東駅前地区まちづくり協議会先進地視察に同行

7/6(水)駅前地区まちづくり協議会の総会に出席したことから、今回の先進地視察に同行することになった。思い起こせば10年と少し前だったと記憶する。まだ伊東にNPOがなかった頃に声がかかって「まちづくり」への参加が始まった。折しも、市当局による伊東駅前の再整備計画が持ち上がり、改札口やバスターミナル、タクシーヤードの大幅な変更とともに、交番前のスペースが半分以下に削られ、湯の花通りへの導線が失われてしまう計画に、当時商店会会長だった私は、反対の署名運動を繰り広げた。そして当局は駅前道路の明確な位置づけと駅広場の有効利用、居住区の高層化と商業活性を含めた都市計画決定を視野に入れた整備計画として再構築し、A・B・C・Dに分けた街区にそれぞれのプランを市民に示した。JRの貨物ヤードと東海自動車車庫を取得するも中々計画の具現ができずに今日に至っている。その流れのなかで私たちはNPOまちこん伊東の前身「まちづくり懇話会」を立ち上げた。大きなソフト支援を下さったのが阪神淡路大震災復興の委員長 伊藤 滋 氏だった。最近では、八百長相撲調査の委員長と言った方が分かるのかもしれないが・・・。

013 007 005 009 019 さて、最初に上福岡駅前整備を視察した。25階の高層居住棟、多目的使用できる駅広場、公共施設や商業施設、そしてメディカルモールである。次に狭山駅前開発を視察した。まだ途中ではあるが、居住棟、商業棟、メディカルモールと同様の状況だ。いずれもUR再生機構が手がけている事業であった。管理運用会社が床を買い、企業や事業所を誘致する仕組みだ。伊東駅前の状況と照らし合わせても、同様の計画推進は難しいだろうと感じた。伊豆の伊東らしい駅前のあり方は・・・? ハードルだらけの先行きなのだろうか? ! ? !

 後日8日(金)伊東駅前まちづくり協議会有志が提供下さった「寄合所」を訪ねると商業高校生が意見交換に来るという。市職員・コンサル・協議会員との面談が始まった。

Img_8322 Img_8327 Img_8334 Img_8341 先ず計画説明から始まったのだが、私が思うのには、先入概念のない高校生としてのピュアで新鮮で斬新な意見を聞きたかった。問題点や課題を伝えた後では、その枠の質問になってしまう。少々残念だったが、クラブ活動として「まちづくり」に取り組む伊東商業高校は大したものだ。これからも連携して行きたいと感じた。























第118回東海館みがき隊は被災避難者とコラボ

 7/4(月)前夜、福田隊長から「体調が芳しくないので欠席する」との電話があった。話しを聞くと通風らしい?風に当たっても痛いことからの病名ならばかなりの痛さだろう。ビールが良くないと聞くから、この夏は気の毒だ。さて、第118回東海館みがき隊は、隊員12人に、福島県から伊豆高原のホテルサンロードに避難している10人が特別参加だ。市指定有形文化財「東海館」に初めて触れる感動が伝わってくる。お世話になっている伊東市に少しでも恩返しをしたいとの嬉しい言葉の通り、ひたむきに、丁寧に磨いてくれる。

Img_8285 Img_8288 Img_8289 Img_8295_2 Img_8291 終了後10名のサンロード隊を館内案内する。興味深く昭和浪漫を堪能してくれたようだ。お礼に配った500温銭を使って「飯や笑」でランチを食べた。鯵のタタキ・鯵フライ・ハンバーグ・豚バラ焼き・等々の定食を100温銭+880円で舌鼓である。ホスピタリティの交換は、手間替えの心理「エコマネー」の神髄でもある。福島と伊東の絆がまた一つ深まった。















2011年7月 8日 (金)

第5回駅前整備先進地視察

7/6(水)7時に伊東駅に集合して埼玉県へ向かった。伊東のメンバーは7人、現地で6人のコンサル関係者と合流する。最初はふじみ野市「上福岡駅西口地区の駅前整備とクリニックモールである。権利者とふじみ野市、再開発事業施行者UR年機構が特定業務代行方式をとって負担軽減を計り早期効率的推進を図った事例の勉強である。

013 008 005 001 002 007 009 25階243戸の住宅棟、商業は施設棟と店舗棟そして、駐輪駐車場や公益施設棟に多目的利用の駅前広場で構成されている。施設棟内に目的のクリニックモールがある。4事業所が稼働していた。全床は埋まっていない。平成18年3月のオープンである。続いて「狭山市駅西口地区」へ向かった。

014 016 017 018 019 東武東上線・西武バス・西武新宿線と乗り継いで狭山駅に降り立った。橋上駅から眼下に駅前広場が広がり、取り囲むように1街区/商業クリニックモール・産業労働センター・住宅棟・公共駐輪駐車場が林立する。2街区の市民交流センターは現在建築中だった。全てが完成して駅前広場でイベントをすれば、ゴルフ最終ホールのスタンドのように上から観覧することができる。有名な七夕祭りが開催されれば圧巻だろう。ここでもクリニックモールは4事業所で空き床が気になった。両市ともUR都市機構が施行し運用している。伊東市の駅前開発は平成18年4月に協議会を立ち上げ「まちづくり構想」を策定したが、なかなか着地点が見えないでいる。建設しても入居や出店がなければリスクが大きい。何処が誰が背負うのか?難しいところだ。何とかしたい !!!!ものだ。


































2011年7月 7日 (木)

第118回東海館みがき隊with福島避難者

 7/4(月)第118回東海館みがき隊を行った。前夜に福田隊長から欠席の連絡だ。どうやら通風のようだ。かなりの痛さだと聞くところだが、ビールを控えないとだめらしい。12名の隊員に、被災して伊豆高原のホテルサンロードに避難している福島の方々10人が文化磨きへの支援をかってでてくれた。お世話になっている伊東に恩返しをしたいとの思いからである。

Img Img_8291 Img_8285_2 Img_8288 Img_8289 Img_8295 初めて触れる昭和浪漫の懐かしさに感激も一塩の様子だ。昭和3年生まれのおばぁちゃんは、同い年の温泉旅館を慈しみながらの掃除風景だった。また、来館者も多く、かたり隊も忙しい。でも、精鋭22人の「みがき力」は揺るぎない迫力だ。みるみる飴色の艶が増していく。会話のイントネーションがいつもと違ってゆったりした空気を対流させて馴染みが良い。和やかな笑顔のなか、滞りなく磨き終わった。そして館内を案内しながら建物の歴史と観光ニーズの推移などを織り交ぜて、久しぶりのガイド役を担った。お昼は、お礼に配布した温銭を利用して、湯の花通りの「笑」て゛堪能した。980円のランチは880円+100温銭の支払いである。最初の避難者は3/20からだから、もう3ヶ月半が経つ。まさに第二の故郷となった伊東と伊東人とのコミュニティが深まって行く。
















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