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2011年8月26日 (金)

ダンス&歌謡&神楽で慰問活動

8/20(土)玖須美元和田のデイケア大山の里で第一回納涼祭が開催された。地域各所で貢献活動を続けている「汗の会」片山会長の要請で、親しい活動仲間の清美ジャズダンススクールとご当地シンガーソングライター島田すがこバンドに出演をお願いして楽しいひとときを提供できた。私が住まいとしている玖須美区大山に開設した施設で、広い敷地内に施設庁手作りの運動器具や草花の自然環境が整えられている。6時半から始まった子供達のダンスと歌や伝統芸能の神楽が上演され、参加者の喝采を頂いた。

Dscf0168 Dscf0176 Dscf0182 Dscf0188 Dscf0191 Dscf0193 Dscf0197 清美先生の演出にはいつも涙が出る。子供達手作りの紙のレイを首に掛けてくれる。おじいちゃん、おばあちゃん皆嬉しそうな笑顔が印象的である。勿論、私も同じ笑顔を頂いている。感謝!

















2011年8月21日 (日)

日本ユニシスからエコキャップ

8/18(木)日本ユニシス伊豆エグゼクティブセンター袴田所長からエコキャップを受け取った。今回で三回目の協力である。伊東市にセンターを構えることから、伊東市に出来る貢献を・・・と、「温銭」と連携してオレンジビーチ清掃やエコキャップ事業で「世界の子供にワクチンを」にご支援頂いている。

Dscf0161 この事業の目的は、ゴミの分別の啓蒙である。ペットボトル、キャップは再資源、ラベルは燃えるゴミとして焼却量を軽減してco2の削減や省エネに貢献する。全ては地球環境や大切なエネルギーのあり方にかかわることなのだ。そして、次代を担う子供達の命を救う事にもなる。大きな企業でありながらも、足下の支援に取り組む姿勢に共鳴を覚える。

大室自治会夏祭り

8/13(土)大室高原自治会恒例の夏祭りが開催された。今年も地域エコ通過「温銭」が輪投げコーナーを受け持った。もう5年になる。別荘分譲地なのだが定住者が多くなり、自治会員は1200世帯に及んでいる。この時期は別荘の方々も避暑にみえることから、夏祭りは大賑わいとなる。今年は650本の景品を準備して臨戦態勢を整えた。真野・竹内・福田・塩谷そして私の5名が「温銭」の精鋭である。15時半からの開始となった。伊商ブラスバンドや地元有志のバンド、和太鼓とパフォーマンスも色とりどり!露店は役員さん達が玉の汗で焼きそば、フランク、飲み物、ヨーヨー等々盛りだくさんだ。そして我々輪投げも大賑わいである。

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時間経過の中で景品数と来客数の予測をたてて対応する。また、的の距離感を調整して入りやすく変化をさせていく。一人で数え切れないほどのチャレンジをする子もいて心配になる。ほしい物に入らずに泣き出す子、親が子の仇としゃしゃり出て返り討ちに遭う場面もしばしばで、また楽しい。瞬く間に陽が暮れて七時半に輪投げ終了となった。役員のみなさん、温銭の皆さん、今年もお疲れ様でした。
















ヨットから按針祭花火

8/10(水)按針祭ウェルカムカーニバルの中、私の友人が経営する伊豆高原のホテルサンロードに避難している福島県の方々8名と、湯の花通り「菓子・にし村」の若主人、そして私と家内の10人でマリンタウンに向かった。親しい友人であるNPO法人郷組の海老原代表理事のヨット「がりゅう」に乗船し海上からの花火を見せてもらうことが目的である。お弁当と飲み物を持ち込み16時半に出港した。勿論、ライフジャケットは全員着装してである。爽やかな心地よい風と豪華客船「飛鳥」が我々を出迎えてくれた。

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花火には間があるので、海老原船長が初島を一周するクルージングを提案してくれた。12人定員の「がりゅう」はトイレも冷蔵庫も完備した立派なヨットだ。しかし、沖へ出るにしたがって波が高くなりだした。若干の船酔いもあったが、順調に楽しいクルージングとなった。カメラの電池切れで花火のショットが欠けてしまったが、全ての打ち上げが一望に見ることが出来る大パノラマは迫力だった。実は、この中に南相馬市から3月下旬に避難されてきた遊佐さん家族がいる。12日に山形へ新たな旅立ちをした。身内のようなお付き合いをさせて頂いた四ヶ月半だった。一緒に被災現場や避難所を訪ねたり、伊東を体感する多くの催事に協力してもらった。東海館みがき隊へもチーム福島として文化保全活動に参加してくれた。中2、高1のお嬢さん達にとっては二度までの転出となる。悲しみや辛さを内に飲み込んで気丈に振る舞っていた強さに感動を覚えた。大変だけど乗り越えられる試練は自身の財産になる筈だ。お父さんは、10年たったら伊東に戻ってくる。伊東市民になると力強く約束してくれた。「絆」という字は、糸に半を寄り添わせている。幸せに向かう努力は、相互が半分づつ近寄る心根と頑張りなのだと思う。出会いに感謝したい。















2011年8月19日 (金)

第六五回伊東按針祭

 8/10(水)およそ400年前、家康の命を受けて伊東唐人川河口で日本初の様式帆船を建造したウィリアムアダムス(三浦按針)を顕彰する一年最大の観光イベント按針祭が挙行された。12時半からの式典には、日本・イギリス・アメリカ・オランダ・メキシコの来賓が列席し、国際色豊かなセレモニーとなった。時間を平行して駅前大通りではウェルカムカーニバルで黒山の人垣である。私が関わる伊東ミュージカル劇団は、今年も「青い目の侍」を上演した。

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 熱中症になりそうな炎天下での演舞は体力はもとより人一倍の精神力がないと出来ないだろう。私は式典を済ませて駆けつけたが、ミュージカルは既に終わっていた。残念である。昨年を期にパレードがウェルカムカーニバルに変化したように、新たなアレンジが求められている感じがする。市民が関われる、参加型のお祭りにしたいものだ。10年一日代わり映えのしない実行委員会のあり方も検討の余地がありそうだ。研究しなければならない。

2011年8月18日 (木)

按針祭太鼓合戦

8/9(火)按針祭恒例の太鼓合戦に宮城県石巻市雄勝の伊達黒船太鼓保存会を招聘した。六月の半ば頃、私の協力者である土屋氏を介して、大川組の専務から持ち込まれた相談が日の目を見ることとなった。彼らが被災した石巻に支援に行ったことから、この保存会の太鼓や活動資材の一切を津波で流されたことが分かり、郷土の元気復興に黒船太鼓を復活したいことの思いを聞き、按針祭太鼓合戦に叩ければ・・・とのことだったのだが、伊東の夏のピーク8/9の宿泊が困難だったことから頓挫していたのだ。私は早速、友人のホテルサンロードに支援を持ちかけると二つ返事で引き受けてくれるとのことだった。意を得たりと、観光協会へ伊達黒船太鼓のエントリーをし、続いて招聘交通手段と費用の算段へと駒を進めた。カンパを募ってレンタカーで来ることや、迎えに行くことなどを検討したのだが、静岡県の被災支援策の活用を小野県議が繋いでくれた。メンバーに10名の中学生が居ることから、地元中学生の交流を深め、伊東との親交を深める事業となった。万々歳である。大川実行委員長以下実行委員会頑張りの賜である。そして太鼓合戦当日を迎えた。

Dscf0091 Dscf0117 天城連邦太鼓の演奏は相変わらず素晴らしかった。そして、雄勝の黒船太鼓のグレードも大したものだった。
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 Dscf0121 Dscf0122  全てのグループが演技を終え、花火が打ち上がる中、雄勝の黒船太鼓保存会の復興への支援としてキヨミジャズダンススクール全員から、重ねた義捐公演のの集約とし35万円の寄付がなされた。同じ文化振興を図る同志としての熱い思いが感じられるものだった。実は、予てから清美先生から、赤十字への寄付の他に、パフォーマンスプレーヤーとして相応しい支援寄付ができないものか?と相談を受けていた。私が伊達黒船太鼓の話しを持ちかけたところ、的を得たりの即答を頂いたのだった。また、我々が市民有志に投げかけて見つけ出した大太鼓二台を寄付した。バスに入らず、持ち帰られなかったが、後日送ることとした。

 なぜ私が雄勝の太鼓支援に興味を持ち、プロジェクトの末席に参加したのか?それは徳川家康の命を受け、日本初の様式帆船を唐人川の河口で建造したウィリアムアダムスと御船奉行向井将監が、伊達正宗の命を受けサンファンバティスタ号の建造に係わり、雄勝へ行った記述を覚えていたがらである。まさに按針祭で太鼓を打たなければならない使命があったものと思ったのだ。その後のいきさつは長くなるのでやめておくが、時空を超えて、「縁とは絆」であることを強く心した。

2011年8月14日 (日)

田代地区下水側溝と大室地区ゴミステーション視察

8/7(日)午前7時、田代地区の側溝清掃に立ち会った。つい先日の要望から早速駆けつけた。松川に注ぐ本郷川の源流域であり、生活排水と雨水などがその源となっている。側溝の形状自体の問題もあるが、近隣居住者の排水協力も必要である。

Dscf0075_2 Dscf0076 Dscf0077 Dscf0078 集まった5名の皆さんが草むす側溝へ降りて土砂を流し取った。その後、12日の常会へ参加してEM培養液の活用をお願いした。

 田代の視察を終え、大室地区のゴミステーションを訪ねた。皆さんは大変熱心で、月二回の清掃活動を実施している。現状の課題や要望を戴き、今後の環境行政に役立てていくためである。大きな三面鏡不法投棄、反り返ったグレーチングが気になったので資料保管した。

Dscf0085 Dscf0087 Dscf0088 Dscf0082 先ずは、自分たちの地域は自分たちで守ることである。そこから行政の真価が問われることになる。






















農業委員会一校一農園事業

8/3(水)農業委員会一校一農園事業「ふるさと教室」が開校した。今年で二年目で約40名の子供達が参加して、農業体験を通した食育文化を体感する試みである。折り悪しく、親友の母上様の葬儀とブッキングして、出棺を見届けてから池の農園へ駆けつけた。

Dscf0042 Dscf0056 Dscf0065 Dscf0057 Dscf0064 Dscf0070 トウモロコシの苗付けと雑草取りを2班に分かれて実施し、実ったスイカとトウモロコシを賞味した。子供達は大喜びである。本来ならば、実りまでのプロセスの大変さを教えたいのだが、一年間のカリキュラムで、実地体験は3回である。したがって、農業委員が当番制で生育の面倒を見ることになる。いいとこ取りで農業が体感出来るはずもないのだが・・・課題は多い。
















伊豆丸嶽協会御嶽登拝

7/24(日)9時に松原湯端町の御嶽神社に清掃に行った。鈴木前市長の先代から綿々と継続崇拝する御嶽登拝の安全祈願祭を行う為である。103段の急階段はかなりきつかったが、あのように立派なお社があることさえ知らずにいたのだ。そして、7/29(金)18時に24名を乗せたバスが伊東駅を出発した。沼津から御殿場を経て、諏訪湖サービスエリアに着いたのは23時に近かった。30日早朝1時半、黒沢六合目から歩き始めた。御嶽山八合目に着いたのは午前4時頃だったと思う。疲労困憊で大脳が働かない。そして御嶽山頂参拝は7時頃たったと記憶している。ピクニック気分ではない・・・と言い聞かされていたものの、これほど辛いものとは思わなかった。お札を戴き、下山を始めたのだが、更に厳しい試練と闘うこととなった。

Dscf0018 Dscf0019 Dscf0021 Dscf0025 ぬかる道に尻餅をつきながら足を置く石場を見つけながらの下山には長い杖の必要性を充分に感じた。転ばぬ先の杖であり、人生にとっては、転んで先の杖になった。14時に王滝で心身を清める予定だったが、余りの寒さに断念した。この日は民宿「松原」に投宿した。二部屋を繋げたスペースに大の男が14人で寝るのだから修学旅行のようだ。七〇代のおじぃさん?(失礼)の鉄人には驚くばかりだった。どうも来年、再来年とい登拝することになりそうだ。 










岩手県被災地視察

 東日本大震災視察レポート7/1()~3()遠野市・釜石市・大槌町・山田町・宮古市

                                

                             

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遠野市の静岡県現地本部で支援活動の実情を聴取し釜石市へ

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釜石の中心街は、今も変わらぬ瓦礫の山!政権の無力を象徴!

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破壊された釜石港堤防と乗り上げたタンカー。

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消え失せたスーパー堤防。

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町長や多くの職員を失い荒野となった大槌町。

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山田町役場周辺は崩壊し無機質な空間が広がる。町防災職員白土氏の臨場感あふれる話しは、警告的で厳しかった。行方不明の家族を背負う職員が、公職の責任として町民の救済に終始する実情は余りに重い。

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宮古市の川を渡る鉄橋は崩落し、鉄道の足は奪われた。我々はこの現実を正しく見つめ、早急に命を守る防災対策に全力を挙げたい。

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