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2012年11月28日 (水)

東海館「お座敷文化大学文化祭」

 11/24(土)第3回お座敷文化大学文化祭が東海館で開催された。私は常任観光建設委員長として出席させて頂いた。昨日の雨を心配していたが、朝空をみてホッと一安心した。芸者衆の幕開けから地元親子の芸者体験と所作の勉強、そして落語と続いた。

Dscf4734 Dscf4735 Dscf4737 Dscf4747 Dscf4749 Dscf4759 二階中広間に回ると、三味線や琴の日本文化に触れる体験学習が三曲連盟の指導で行われていた。子供から大人まで、真剣に取り組んでいる。まさに東海館に相応しい糸の音が日本人の琴線に触れる空間だ。次は春の東海館祭りとなる。期待したい。















2012年11月27日 (火)

福祉寄席「古今亭菊千代独演会」

 11/23(金)NPO法人まちこん伊東恒例の福祉寄席を「古今亭菊千代独演会」として開催した。一席は手話を交えた古典、もう一席は手話のない古典の二題をお楽しみ頂いた。

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Dscf4721 Dscf4719 Dscf4723 今回で9回目となる。早いものだ。会場には手話を導入して手話サークルの方々も御招待した。また、師匠の指導で幾つかの手話を教わったのだが、すぐ忘れてしまう。頭を指して黒色、歯をさして白色、あごひげをなぞって青色、唇を指して赤色は覚えている。しかし、頭の黒は合点がいかない。禿頭でも黒だそうな!はてな・・・?来年は10回目の節目となる。一年かけてアイデアを練ろうと思う。ご期待あれ!!!















勝手に感謝状

 11/21(水)松まち会の恒例事業「勝手に感謝状」の贈呈式を行った。街の美化や環境に寄与する庭や街へのお手入れをしている方々や、古き良き佇まいの保全や景観にマッチした外観協力などに取り組んでいる方々を勝手にノミネートし、勝手に感謝状を贈る自分勝手な活動である。

Dscf4682 Dscf4687 Dscf4686 Dscf4695_2 Dscf4699 今回は、花壇を美しく手入れしている平田家と街路樹の根元に植栽したおかめ笹のお手入れをしているホテル暖香園を表彰した。お節介かもしれないが、勝手な感謝を伝える勝手な市民活動である。













伊豆半島ジオパークに期待する

 11/20(火)日本ジオパーク委員会尾池委員長による講演会が開催された。伊東市議会常任観光建設委員会は全員で参加し、3年後に目指す世界認定へのヒントを探ろうと、心して耳を澄ませた。委員長は、大切なことは楽しむこと・・・と述べられた。少し気が楽になった思いだ。地域の掘り起こしは、先ず地球からの贈り物に感謝し、そして勉強して活用することである。そして、伊藤漁協の日吉専務の海のジオ、後押しするかのように世界ジオ山陰海岸の今井女史が続いた。

Dscf4661 Dscf4663 Dscf4665 Dscf4669 Dscf4675 Dscf4676 日吉専務とは、過日意見交換したばかりである。熱き思いは活用の将来性を描き、経済の循環への大きなミッションになるとの合意を交換した。山陰の今井女史とは3回目の出会いとなる。もともとダイバーの女史はジオのカリスマガイドであり、海への思い入れは人一倍である。観光とジオが如実に繋がる伊豆半島の先行きは、注目の的と成る。必ずや成功させたいと考えている。また、具体的行動を示して行く。

 先ずは、来年1月に伊豆半島ジオパーク13市町の議会に情報交換会を呼びかけた。現在68名の希望者を賜っている。現状と情報と心意気と行動の共有を前進させるためである。
















ミュージカル伊豆元気サミット稽古風景

 11/18(日)13時からの稽古を見学した。ステージの上で歌い踊り演じる皆さんとステージの下を支える皆さんが集まった。12/9の本番を見据えた総合演出のヒロ先生の厳しい指導が続く。子供達の必死に食らいついていく様子がこぎみ良く心地よい。

Dscf4620 Dscf4621 Dscf4624 Dscf4630 Dscf4646 Dscf4649 Dscf4640 Dscf4659 Dscf4657 裏での衣装づくりにお母さん達も必死だ。それぞれの分担を責任持って果たす心意気の結集が、地域の元気をつくる源となる。その表現を体感していただき、元気を共有出来れば今回の公演目的は達成となる。さぁ!あとひと頑張りだ!おじさん達も頑張るぞ・・・!

























2012年11月25日 (日)

常任観光建設委員会行政視察/島原&阿蘇ジオパーク

 11/13(火)~15(金)の日程で私が委員長を預かる常任観光建設委員会の行政視察を行った。伊豆半島ジオパークが今年11/2に日本認定を受けたことから、先進地の島原半島世界ジオパークと阿蘇日本ジオパークを視察地として選んだ。いずれも平成21年認定である。伊豆半島ジオパークが3年後に目指す世界認定へのハードルが何なのか?どのように克服したのか?その道行きを探す大事な視察となった。

*島原半島世界ジオパーク/常任委員7名と随行事務局1名は、伊東駅7時48分に乗って新幹線で品川、京急で羽田について10時15分JAL1843便で機上の人となった。長崎空港着12時20分。連絡バスで諫早駅へ、島原鉄道で島原駅に到着したのは14時35分だった。視察のアポイントは15時!行き先は「普賢岳災害記念館」である。ここに島原ジオパーク推進協議会事務局が所在している。

Dscf4461_2 Dscf4463 Dscf4490 Dscf4464 Dscf4466 Dscf4469 Dscf4465 Dscf4470 Dscf4473 丁重にお出迎え下さったのは、島原半島ジオパーク推進協議会田口事務局長、杉本次長、事務局の理学博士大野氏、そして議会事務局の帯田さんだ。島原・雲仙・南島原3市人口15万人の広域連携13市町伊豆半島ジオパークに比べると狭いエリアなのだが、同温度で連帯することの大変さは中々のようだ。伊豆半島の広域連携の難しさは推して知るべしである。私は約6年前にも訪れているのだが、その時はジオパークのジの字もなかった。平成2年から7年にかかる噴火から復興のシンボルとして建設された雲仙岳災害記念館は、20年島原半島ジオパーク推進協議会設立の基幹施設として防災・環境・観光・教育の最前線となっていた。短期間での日本&世界認定には、世界各地で開催されるシンポへの積極的に参加し、自らのPRによって強固なフレンドシップとネットワークをつくったことが評価されたようだ。また、第5回ジオパーク国際ユネスコ会議の招致には31カ国のべ2万人の(2日間)の動員が成されたという。更に、組織のなかで、行政+民間+教育が連携する幹事会の活動がめざましく、月一度の検討会で指針や方向性を示していくことに教訓を戴いた。館内には新たにジオパークのスペースが広がっている。

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Dscf4478 Dscf4480 Dscf4483 Dscf4487 ここでは日本ジオパークの全てが分かる展示と資料が用意され、多国語対応も抜かりがなかったが、伊豆半島ジオパークの資料はまだ加わっていなかったことは残念だった。島原半島が世界ジオパークに認定されたおおきな要素は防災が加わったことである。もともと「雲仙岳災害記念館」だったこの施設内にジオパーク推進協議会事務局が置かれたことの意味は大きい。島原半島3つの基幹施設が国県の運営であることも、基幹施設が必須であると考える我々には羨望の思いである。

*11/14(水)あいにくの雨模様だ。幸いスタートの9時には傘が無くてもいい空模様になった。昨日レクチャー頂いた大野先生とボランティアガイドの大石さんに歩きながら市内の歴史文化とジオの係わりをガイドいただいた。

Dscf4490 Dscf4496 Dscf4497 Dscf4498 Dscf4504 Dscf4503_2 Dscf4494 Dscf4495 Dscf4499 Dscf4500 Dscf4501 Dscf4502 火山とともに歴史を育んできた島原半島の人々の御苦労と郷土愛、そして復興のバイタリティに心を打たれる思いだった。ここから我々8名とガイドさんに加わって大野先生が同行した。心がけが良いのだろう?雨はすっかり上がってくれた。平成新山を目の前に立地する平成新山ネイチャーセンターへ向かった。先ずは、路頭の読み取りから始まった大野先生の解説はとても分かりやすい。私が提唱する小学5~6年生でも分かる説明に好感を持った。

Dscf4513 Dscf4514 Dscf4522 Dscf4515 Dscf4516 Dscf4523 ここの地層の特徴は普賢岳の噴火が時系列で解ることだ。また、飛んできた火山弾の重さの違いなど、手にとって比較させる体験型が臨場感がある。霧に霞む平成新山が徐々に姿を現してきた。5年前に訪れた時はピーカンだったので、二つの顔を見る事が出来た。

Dscf4524 Dscf4525 Dscf4527 Dscf4529 Dscf4535 Dscf4538 Dscf4539 Dscf4542 Dscf4544 続いて、砂防未来館で平成新山誕生のプロセスと火砕流、土石流のリアルな写真と大石ガイドの説明に自然災害の恐ろしさを目の当たりにし。隣接する大野木小学校へ移動した。火砕流の高熱ガスで被災したままの校舎をコーティングしてそのまま保存したものだ。幸いにも、一人の死者も出さずに済んだとの説明だったが、その際の写真と見比べるアングルで写真を撮った。また、小学校の生徒達が見学と防災学習に訪れている場面と遭遇した。焼け跡の残る二宮尊徳の石像が痛々しかった。

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後世に記憶を引き継ぐことの大切さとともに、悲惨なあの日を思い出す辛さもあるのだろうと思う。忘れたい事と忘れないことの厳しさをあらためて感じた。お昼は島原名物のソーメンにした。普賢岳と眉山が前後に重なったジオおにぎりとのセットで600円は安い!勿論ガイドさんも運転手さんも一緒に戴く。私の考えなのだ。なぜならば、リラックスした時ほどエピソードや本音が出るからだ。案の定幾つかの参考を手にすることが出来た。更には、大石ガイドさんへリクエストしたアカペラの島原の子守歌は、涙が滲むほど心に響く素朴さだった。本当に良い歌を聴かせて貰った。

 そして島原港からオーシャンアロー号で熊本へ向かった。海から視る普賢岳と眉山から熊本を見渡すと余りに近い事を実感した。まさに「島原大変!肥後迷惑!」の間柄である。

 11/15(木)朝9時にジャンボタクシーで阿蘇崋山博物館へ向かった。寒い!例年より一ヶ月ほど早い初冠雪という。30分程の道のりは運転手さんの解説で楽しかった。伊東の運転手さんはどうだろうか?おもてなしとしての対応は出来ているのだろうか?と心配に思った。途中には大室山とうり二つのスコリア丘「米塚」がお椀を伏せるように膨らんでいる。

Dscf4593 Dscf4576 Dscf4578 Dscf4581 Dscf4582 Dscf4577 Dscf4583_2 Dscf4584 阿蘇地域振興デザインセンターの石松氏と阿蘇ジオパーク推進協議会の片山氏、そしてジオパークガイドの坂田氏のレクチャーを受けながら、博物館内と阿蘇の火口近くまで歩いた。あいにくの風向きで火口を見下ろすことが出来なかったが、各氏の説明で十分に理解できるものだった。阿蘇ジオパークは今年、世界認定を保留とされた。私達はその理由が聞きたかったのだ。伊豆半島が世界を目指す大きな足がかりになる筈だ。世界ジオパークにユネスコの意向が本格化する中、認定の基準はことのほか高まっているようだ。また、此の地、この場所のみのジオ表現が顕著に体感出来るプログラムが必須のようでもある。一年ごとに厳しさは増していく。

 阿蘇山を後にして火の山の神である阿蘇神社へ・・・、驚く程立派な山門をくぐり、境内に入ると、折しも七五三の参拝で賑わっている。可愛い着物姿が、私が美容師であることを思い出させてくれた。勿論、昼食は皆さん共々に意見交換するなかで和気藹々の一刻となった。

 今回の行政視察は、一度も先方の市役所を訪ねなかった。こんな事は中々無いことだが、行政のスタンスは、直接聞くより間接的に関わる団体から聞く方が課題が見つかると思った。いずこも民間とのコラボであるガイド養成と観光等経済活用が課題である。
























 


 





2012年11月17日 (土)

いとう漁協とジオパーク

 11/12(月)ジオパーク推進協議会の職員を伴っていとう漁協へ出向いた。約束の時間より早く行って市場の様子を観察していると、アポイントの相手である日吉専務が声を掛けてくれた。今朝は秋刀魚が20トン揚がったと言う。私は伊東で?と聞き直すと、伊東近海で捕れるのだそうだ。秋刀魚は東北や北海道から来るのだとばかり思っていた。地元の事をこれほど知らなかったとは・・・反省である。そして「海のジオ」について話し合った。

Dscf4446 Dscf4448 Dscf4449 Dscf4453 Dscf4455 Dscf4456 伊東には年間約10万人のダイバーが来るそうだ。海の中は見えないが、数十万年からの海底火山の足跡が魚礁となって根魚が捕れるのだ。海とジオの密接さを多くの写真や資料、そして経験からの話しに身を乗り出した。様々な意見のキャッチボールに胸が熱くなった。海底ジオラマ製作や海のミニジオセンター等、出来ることから始めようと意見の一致を見た。

Dscf4458 Dscf4459 菊池参事の計らいで「波魚波」食堂でジオ丼とさば男君のちんちん揚げを頂いた。今日の刺身は、いなだ・カンパチ・あぶらカマス・平そうだ鰹・イサキ・アジ・イカと盛りだくさん。新鮮で歯ごたえがたまらない。さば男くんのちんちん揚げは調味料は使っていないそうだが、甘みがしっかりとあって旨い。流石、最新のすり身機の威力はただ者ではない。じおの保守保全は勿論だが、やっぱりジオは経済にどう活かすか?ここが大切だ。今こそ民間力の見せ所!!!
















ごみフェスティバル伊東2012

 11/11(日)10時から2012ゴミフェスが開催された。循環型社会の構築として市民が出来るゴミの削減、リユース、リデュース、リサイクルの意識共有を育むための催しである。

Dscf4430 Dscf4431 Dscf4433 Dscf4432 Dscf4435 Dscf4437 ゴミにかかわる絵画展の市長賞、会長賞の表彰が行われ、ご父兄のカメラフラッシュが賑やかである。環境課による粗大ゴミのリサイクルも興味深かった。一人ひとりの意識付けと実働で15%の削減がなされた。まもなく美化センターの改修も始まる。厳しい経済状況の中だからこそ、物を大切に、無駄をしない心掛けが大切と思う。













第38回音無神社尻つみ祭り

 11/10(土)天下の奇祭と言われる音無神社の「尻つみ祭り」が38回を数えた。暗闇の神殿で神事の後、御神酒を回し呑みするのだが、真っ暗なので隣の人のお尻をつねって合図することからこの名が付いた。そんなことから境内での尻相撲が始まって今に至っている。

Dscf4386 Dscf4390 Dscf4396 Dscf4401 Dscf4410 Dscf4427 子供の部、大人の部、団体の部そして、今回は大学対抗も行われた。7月のタライ乗り競争に続く第2戦である。それぞれの応援団で盛り上がった。

Dscf4391 Dscf4369 この期に合わせて、先に搬入した伊東高校美術部製作の「頼朝・八重姫絵巻」を展示した。大いに好評である。もう2枚は今年中に完成予定だ。楽しみにして頂きたい。






















2012年11月10日 (土)

湯川女性の会/書道・水墨画・絵手紙「作品展」

 11/10(土)湯の花通りの江戸屋ギャラリーで開催している湯川女性の会/書道・水墨画・絵手紙「作品展」へ伺った。常日頃親しくお付き合い下さる方々が参加しているサークルで、楽しく観賞させて頂いた。

Dscf4379 Dscf4372 Dscf4373 Dscf4374 Dscf4375 Dscf4376 Dscf4377 Dscf4378 私も絵を描くことが好きなので、趣味や生涯学習としても心豊かな時間を過ごすことの大切さがよ~く分かる。好きなことをしていると精神も身体も活性化するとの実感がある。時間は誰にも平等に訪れる。どのように使い、どのように活かし楽しむか・・・だと思う。それぞれに素敵な作品でした。感謝!!



















2012年11月 9日 (金)

第134回東海館みがき隊は宇佐美中学校とコラボ

 11/6(火)第134回東海館みがき隊は、宇佐美中学校一年生25名+教諭1名とのコラボみがき隊として、定例の第1月曜日を変更して行った。雨の中だったが福田隊長以下13隊員にチビッコ隊員1名そして宇佐美中学校26名の40名の大みがき隊となった。挨拶の中で、先人が培った郷土の宝物を体感し、大切に守り育てる心を持ってほしいこと、来館者へのホスピタリティとして爽やかな挨拶と感謝をあらわしてほしいことをお願いした。

Dscf4311 Dscf4313 Dscf4314 Dscf4317 Dscf4320 Dscf4329 Dscf4331_2 Dscf4332 Dscf4334 Dscf4341 Dscf4344 Dscf4345 各隊員達は、我が子我が孫のごとく嬉しそうにに面倒をみている。ちびっ子隊員は、沢山のお兄ちゃんやお姉ちゃんとのかかわりが楽しいようで満面の笑顔である。生徒たちは雑巾を持つこともほとんどないだろう。みがき隊134回、12年と2ヶ月の間、小学校・中学校・大学や支援校など随分沢山のかかわりを持たせてもらった。その度にそれぞれからの感情の中から、爽やかな、時に熱いメッセージを感じることがある。その出会いがまた楽しい。そして人と人の繋がりが更なる広がりとなる。東海館みがき隊が継続する所以でもある。

Dscf4349 11時から公務、12時半から伊東RCがあるので一足早く終わらせて貰い一階へ下りると、山下館長が15人程のグループにガイドをしている最中だった。東海館の歴史や意匠の背景は聞いて、そして観て価値が増す。案内人会の皆さんや山下館長の存在は大きい。

























2012年11月 8日 (木)

音無神社「頼朝と八重姫の絵巻」

 11/8(木)予てから伊東高校美術部に依頼していた音無神社「頼朝と八重姫の絵巻」の一部が完成したことから、戴きに伺った。水田先生の指導の賜物は、それは素晴らしいできばえで感無量である。残りの二部は今年中に完成させてくれるようだ。先ずは、11月10日の尻つみ祭りの際にご披露しようとの考えで今日を迎えた。

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早速、音無神社の社殿に納めてみると、歴史に基づく頼朝と八重姫との出会い、千鶴丸の誕生を描いた絵巻は、二人が逢瀬を重ねた音無の森によく似合う。次の絵巻が待ち遠しい。















かつまた孝明後援会事務所開き&第1回選対会議

 11/4(日)午後からかつまた孝明後援会事務所開き&第1回選対会議へ参加した。第6選挙区内の各地区代表の方々が車で参集することを考え、車を控え電車で行った。新たな事務所はいかにも選対本部らしくガランとした広さを持った二階建てだった。続々と集まってくる。早く着いた党活動に疎い私は殆ど知り合いはないので、客観的に観察すると、郡部の議会人ほど高齢であるようだ。私も65になるので人のことは言えるほどのものではないのだが・・・。流石にお膝元沼津の代表者は若くはつらつとしていたので少し安心した。

Dscf4300 Dscf4299_2 Dscf4301 Dscf4302 Dscf4305 Dscf4308 弱冠36歳の新鮮力「かつまた孝明」に伊豆から日本を変えていく先兵になってもらいたい。自民党伊東市支部は勿論だが、私の後援会を挙げて全面的に応援する。来る11月25日(日)午後6時半から第5回市政報告会をひぐらし会館で開催する準備をしているところだ。私の話は勿論だが、かつまた孝明が新しい力になるか?じっくりと話しを聞かせて貰う。
















2012年11月 7日 (水)

東駿河湾環状道路・御前崎港視察

 10/31(水)伊東広域幹線アクセス道路整備促進期成同盟という長い名前の一員として東駿河湾環状道路・御前崎港の視察を行った。市役所を8時に出発して最初の視察地「東駿河湾環状道路函南地区」へ到着したのは9時15分だった。23本の橋脚を連続して繋ぐ1.2㎞つなぎ目なしの高架橋は、耐震・騒音・走行に大変良好な効果をもたらし、その距離は日本一と言うことだった。高架に上がってのダイナミックな道路の形状には目を見張った。

Dsc_0099 Dsc_0107 Dsc_0108 Dsc_0110 Dsc_0111 Dsc_0112_2 Dsc_0115 Img_0002 地域住民の皆さんとの合意づくりや子供達との触れあいイベントで道路に落書きをしたり、多様な努力が成されたようだ。また、此の地が6千年前が海だったことから貝のの化石などが出土した。従って水分を含んだ軟弱な地盤であることからネジ式の杭を打ち込んで強度の万全を図っている。尚、橋脚一つは約8千万円、道路1㍍は1~1.5千万円かかるそうだ。

 1時間の視察の後、次の視察地「御前崎港」へ向かった。ここはクエでまちおこしをしている。鍋に刺身に高級食材として養殖に成功している。お昼に期待をした?のだが、なぶら市場の昼食は普通に定食だった。まぁ、無理な事だ!自前で行くことにする。

Img_2 Img_0003 Dsc_0117 Dsc_0118 視察の目的は先進港湾である。県御前崎管理事務所の担当者から物流の現状を聞いた。年間3~5万コンテナは清水港の10分の1程度だという。スズキの車がその多くで、3万トン級のタンカーに積み込んでいる最中だった。何と6千台積めるそうだ。水深14メートルの限界で、清水港は17メートル有ることから5万トン級以上まで対応出来る。輸出が主なので物流の循環が機能しないことが大きな課題という。近年では韓国の釜山がハブ港となって大きな壁のようだ。大型クレーンや風力発電の説明に知識を頂いた。

Dsc_0125 Dsc_0128 Dsc_0131 Dsc_0133 Dsc_0144 Dsc_0145 Dsc_0152 帰りは新東名沼津ネオパーサ駿河湾に寄って釜揚げシラスと桜エビを土産に午後6時に帰宅した。お疲れ様でした。



































2012年11月 3日 (土)

松原湯端町&湯の花通り合同防災情報交換会

 11/2(金)午後7時から松原湯端町と湯の花商店街との防災情報交換会が行われた。町内会長と防災会長との懇談の中で設定した予てからの企画である。一昨年9月の防災訓練に参加した近隣住民は七名だった。そして昨年3月11日の東日本大震災の情報を踏まえた9月の防災訓練には会場一杯の参加者で意見交換をしたことを記憶している。その際の提案の一つが今回専門分野を含めた防災情報交換会だった。

Dscf4293 Dscf4294 Dscf4295 Dscf4296 Dscf4297 Dscf4298 防災と消防の所管から企画部長兼危機管理監・危機対策課長・消防長を含め七名が立ち会った。震災後いち早く現地へ飛んだ危機対策課鈴木補佐の映像をともなった被災直後と一年後の対比も危機感をつのらせるものとなった。また、近隣避難地への在り方や危険箇所への要望等の意見交換がなされ、有意義な機会になったと思う。自分の命は自分で守ることは基本だが、観光地という立地性からの、観光客との対峙も念頭に置く必要もある。家庭、事業所、組織など、それぞれの居場所における多様なシミュレーションをしておくことと改めて感じた。
















2012年11月 2日 (金)

挨拶運動 in 伊東駅

11/1(木)午前7時から市内一斉の挨拶運動である。私は毎月第1水曜日に提携で伊東駅に立っているので、その延長で運動を行った。

111 カメラを持参しなかったのだが、生涯学習課長補佐がスナップを押さえてくれていたので有り難くブログにあげさせてもらった。副市長や教育長、常任委員長などが参加したものの、常日頃は見ていない。実際と直面して、余りの無視や無関心さに気づいたものと思う。また、思って欲しい。学校では挨拶運動を大きな取り組みとしていることは常々聞くところだが、高校生や大人になると・・・その多くが忘れてしまうのだろうか?毎月残念に思っている。根気強く続けていく。

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