2014年12月11日 (木)

玖須美南地区防災訓練

 12/7(日)朝8時半から富士見町会館駐車場で行われた玖須美南地区防災訓練に参加しました。中学生から高齢者まで110人が参集し、様々な実地訓練を通して、いざという時の心づもりととっさの行動を身に納めました。

Dsc04164 Dsc04176 Dsc04181 Dsc04186 Dsc04202 Dsc04208 この地区の熱心さと実行力は、15行政区内でもぴかいちです。それは、準備する防災会の方々の御苦労のたまものと常々感謝しています。

2013年12月16日 (月)

富士見町防災訓練

12/8(日)玖須美区富士見町の防災訓練が会館前で行われ参加した。120名以上の参加は住民意識の高さからのたまものと思う。また、活動にご準備下さる防災会や関係各位の御尽力と心から感謝するものです。

Dsc00401 Dsc00405 Dsc00410 いざの時には先ず自助、そして共助となる前に「近助」です。目の届く、声が聞こえる近所に意識を置きましょうと挨拶させて頂きました。私が若い頃には「向こう三軒両隣」の言葉はお付き合いの象徴でした。個人-家族-向こう三軒両隣-共助-公助です。そして自治防災が地域の要になります。







2013年9月 3日 (火)

玖須美南地区防災訓練

 9/1(日)私は、住まいのある玖須美南地区防災訓練に出席し、家内は事業所のある松原湯端町に参加した。玖須美南地区は、何事においても地域活動に熱心で、各町内役員総出で責任任務を果たし、特に防災への意識は高く、毎年の訓練には500人から600人の動員を示している。

Dscf7611 Dscf7619 Dscf7623 Dscf7633 Dscf7634 9月に入ったものの灼熱の太陽が襲いかかる。会場である南中学校の校庭は、三角巾、担架、消化器消化、放水と各メニューを体感する地域住民の真剣さが伝わってくる。「自分の命は自分で守る」。被害者にならない!傍観者にならない!それぞれの心に響いたことと思う。













2013年3月 9日 (土)

JR東日本と合同津波避難訓練

 3/9(土)10時からJR東日本と合同津波避難訓練に参加した。伊東駅裏に集まった約500名のうちおよそ150名が電車に乗り込んだ。10時半、伊東発東京行きの電車は、震度6強の地震に遭遇し津波避難が発令となった。非常停止した電車の山側のドアが開放され1.2㍍下の線路に下りる。私は世話係に手を挙げて最初に降車し、後続の避難者を降車させる手助けをした。8割方下りたところで妊婦役の避難者が降車すると避難場所の伊東公園へ集合した。

Dscf5730 Dscf5733 Dscf5739 Dscf5742 Dscf5740 Dscf5743 Dscf5746 Dscf5751 Dscf5758  Dscf5760 Dscf5765 Dscf5771 その後、はばたきへ会場を移して防災講話と救命講習を受けた。500名の参加中、はばたきへ移動したのは約100名!本気なのだろうか?訓練のための訓練ではいけないと思う。また、駅からの避難路は海抜6.5㍍の架橋下と言う。津波の中を非難できるのだろうか?海抜10㍍の線路を横切ることは可能なのだろうか?近くにいたJR職員に聴いてみると、何ら想定していないようだ。課題として持ち帰っていただいた。また、講話された警察との意見調整もないようだ。今訓練の反省会に議題として挙げてくれるようお願いした。自助・共助の大切さは皆理解していると思う。命を守る情報の共有を地域地域で具体的に作る場所が必要だ。

































2013年2月28日 (木)

防災ベンダー設置

 2/28(木)先日、伊東商議所前に接された防災ベンダーを確認した。たまたまお茶の伊藤園に知り合いがいて、万が一の飲料補給に力を発揮する自販機が設置できた。

Dscf5658 Dscf5656 Dscf5655 伊東商議所は、いざという時の前線基地の一つになる。水分の確保は必須となる。今後も企業の防災メセナ事業として協力してほしいと思う。







2012年12月 4日 (火)

富士見町防災訓練

 12/2(日)市内各町内一斉の防災訓練が行われた。私は居住地区である富士見町に参加した。

Dscf4780 Dscf4785_2 Dscf4789 富士見町は床の町内より取り組みが深く、会長を始めとする役員各位に敬意を感じている。今回も100名以上の町民が参加して様々な取り組みを共有した。







2012年11月 3日 (土)

松原湯端町&湯の花通り合同防災情報交換会

 11/2(金)午後7時から松原湯端町と湯の花商店街との防災情報交換会が行われた。町内会長と防災会長との懇談の中で設定した予てからの企画である。一昨年9月の防災訓練に参加した近隣住民は七名だった。そして昨年3月11日の東日本大震災の情報を踏まえた9月の防災訓練には会場一杯の参加者で意見交換をしたことを記憶している。その際の提案の一つが今回専門分野を含めた防災情報交換会だった。

Dscf4293 Dscf4294 Dscf4295 Dscf4296 Dscf4297 Dscf4298 防災と消防の所管から企画部長兼危機管理監・危機対策課長・消防長を含め七名が立ち会った。震災後いち早く現地へ飛んだ危機対策課鈴木補佐の映像をともなった被災直後と一年後の対比も危機感をつのらせるものとなった。また、近隣避難地への在り方や危険箇所への要望等の意見交換がなされ、有意義な機会になったと思う。自分の命は自分で守ることは基本だが、観光地という立地性からの、観光客との対峙も念頭に置く必要もある。家庭、事業所、組織など、それぞれの居場所における多様なシミュレーションをしておくことと改めて感じた。
















2012年4月28日 (土)

防災講演会

4/26(木)伊東市危険物安全協会創立45周年記念事業「防災講演会」が行われた。会場の観光会館大ホールに約700名の市民や関係者が参集し、東大名誉教授 島崎邦彦先生の「地震学者から見た防災対策」、東大地震学研究所・地震火山情報センター長 佐竹健治先生の講演に耳を傾けた。専門的見地から地震のメカニズム、歴史的検証、東日本大震災を踏まえた想定等示唆に満ちた内容だった。

Dscf1951 Dscf1954 あいにくの雨だったが、自分の命は自分で守るための潜在的情報確保として多くの市民の関心度が高く、タイムリーな企画だった。この度、市が作成全戸配布した津波ハザードマップを取り上げての解説はわかりやすかったが、このマップの存在を知らない市民がいたことに驚きと、周知の難しさを痛感した。先ずは自身の自覚からである。




2012年3月11日 (日)

松原湯端町津波避難訓練

 3/11(日)東日本大震災から今日で一年、様々な思いが駆け巡る特別の一日である。私の事業所がある松原湯端町の津波避難訓練が行われた。10時の地震発生から10時3分大津波警報によって最寄りの緊急避難場所はばたきへ参集した町民は約40名だった。昨年の訓練時の参加者は7名だった事を考えると緊張感と不安感が著しく感じられるものだった。

Dscf1694 Dscf1695 防災会長の訓示と報告の後、質疑応答となった。自分の命は自分で守ることが主体だが、各家族毎の震災時の決め事を徹底して一人ぼっちにならない家族の絆を徹底することの「生きるため」の情報を官民一体となって認識することが大事である。地震災害と津波災害のシミュレーションを検討する場を市消防と市生活防災を交えて意見の交換を提案した。最後の責任を問われるデリケートな内容だからこそ、より多くの情報が必要である。




2011年10月 8日 (土)

選挙中の台風15号

9/21(水)この日、選挙の真っ最中が15号台風の真っ最中でもあった。南部地区から市街地にかけて街宣をしたのだが、風水害の真ん中での道路状況、雨水状況、河川の増水、側溝の機能、グレーチングのチェック、倒木落石のチェック等々、まさに現場主義実践を問われるかの一日と成った。大室地区では溢れる側溝と水たまりの道路、倒木では赤坂~逆川間の道路を遮断している倒木対応を警察に通報し、選挙カーで通行車両に迂回の指示を流した。

Dscf0419 Dscf0421 Dscf0420写真は後日の西小の倒木である。9/24(土)が西小の運動会であり、親しいPTAから℡を頂いた。当日までに倒木処理をしてほしいとの要望である。運動会へは生徒のご両親や弟妹も来るだろう。子供は狭い所や危ない所に興味を持つものだ。ましてや、この場所は絶好の撮影ポイントでもあるそうだ。早速、教育次長へ要請した。翌日の返事では、撤去は不可能という。にらばと、簡易なロープだけの遮断では危険が増大する。しっかりとした遮断を要望した。

 西小の運動会は多くが雨になるそうだが、この日は幸い?にも楽しそうな歓声が聞こえていた。





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