2013年1月22日 (火)

橘俳句会色紙短冊展

 1/21(月) 17日から始まった橘伊豆支部の色紙短冊展の当番で会場のホテルアンビエントへ出向いた。17名の会員が時間を割り振って会場当番をしている。今日の午後は私の持ち分となる・・・が、まだ駆け出しの私には、各位の句意や俳句そのものの深さを知らないので来場者への解説なんかできる筈もない。今井支部長の会話を聞きながらのにわか勉強だ。

Dscf5225 Dscf5224 Dscf5210 丁度、伊豆新聞のS記者が取材に訪れた。私が俳句を詠むなんて思いもよらなかったようだ。この橘伊豆支部の色紙短冊展は、会員各自が昨年一年でつくった俳句の中から2作を短冊?と色紙?にデザインして発表する主旨である。言うなれば、様々なモチーフを使い、様々な表現で自己主張をする自由な展覧会なのだ。2年目の今回は、建築資材のガラスブロックを短冊と色紙に見立ててみた。湾曲したガラス面を利用して裏面に東海館と旅館いな葉の自作スケッチを貼り付けた。昭和初期の不均一な板ガラスから透かし見る、ゆがみの景色のノスタルジックさをバックに「一歩目の 折れたる霜の 音を聴く」、「漢江(ハンガン)の 風が頬刺し 三日早や」を出品した。

Dscf5221  Dscf5215 Dscf5216 Dscf5217 Dscf5211 Dscf5218 Dscf5219 Dscf5220 タバコに句を書き、拡大鏡を通して見るアイディアも楽しい。16日に開催した新年句会でも、20名が各4句づつ投句し、全出品80作の中から私の「海歩く 魴鮄(ホウボウ)のヒレ 朱に染めて」が特選を、そして「早暁の 壊れし霜の 跡二つ」 が秀逸として選ばれ、良きスタートとなった。

Dscf5134 Dscf5135 Dscf5137 佐怒賀先生からご褒美を頂きました。



























2012年1月24日 (火)

橘俳句会伊豆支部第1回色紙短冊展

 1/17(火)明日からの色紙短冊展に先駆けて今年初の句会に出席した。埼玉県上尾市に本部を置く「橘」の松本旭主宰と翠副主宰が出席しての句会となった。伊豆支部会員14名が全員出席しての緊張の投句が行われた。一人3句を無記名で発表し、その中から一人5句を選ぶ。更にその5句の中から特選を決めるのだ。主宰・副主宰・佐怒賀先生を含めておよそ5拾数句からそれぞれが選んで発表する。選ぶ人の感性はそれぞれに異なる訳だから面白い。17名それぞれの発表の後、旭主宰、翠副主宰から特選の発表があった。私は旭主宰、翠副主宰から特選を戴き、旭主宰から自筆の色紙、翠副主宰からは本を頂戴した。

一歩目の 折れたる霜の 音を聴く

漢江(はんがん)の 風が頬刺し 三日はや (ソウルにて)

 この2句が選ばれた私の句である。俳句の経験は全く無いのだが、2年前に橘伊豆支部を立ち上げる際にお手伝いをさせて頂いた。この句会は全国規模から見ても大きく、機関誌の発行部数は第3位に位置しているくらいだ。一年ほど前に、橘の全国大会を伊東に誘致したいと思いつき、伊豆支部の会員の末席を汚すこととなった。それからは、御指導を戴きながら今日に至っている。季語が無かったり、季語が複数有ったりの素人会員なのだが、どうも素人の視点や表現が新鮮なのかもしれない。

 18日からの会場設営も終わり、CVAの取材をいただいた。翌日には伊豆新聞の取材もあって少しは認知度が上がった・・・とポジティブに考えることにした。

Dscf1370 Dscf1378 Dscf1375 Dscf1383 Dscf1381 Dscf1379 Dscf1380_2 この色紙短冊展への出展は2点、いずれも東海館のスケッチを添えて、

見失ひ また見失ふ 糸蜻蛉 

(野原の真ん中で消え入りそうなか細い糸蜻蛉を見つけては、見失い、また見つけては見失う様を読んだ)

裸木の 百の灯よりの 温かさ

(寒い冬の夜、葉っぱも落ちてしまった枝ばかりの木に、イルミネーションが灯って、手をかざすと温かな気持ちになった事を読んだ)

今まで投句した中から選び、出展した。















 

2010年12月 1日 (水)

福田さんとデッサン

 11/30(火)昨晩の報告会が終わり、気が休まる朝を迎えた。私の市民活動の同志、東海館みがき隊長/福田さんが出品している展覧会は今日までだ。このところずっと大きな催事が続いていた。昨日が終わってやっと一息である。が、11時半から伊東RC例会、14時からスナック絵津子さんの医療基金寄付に随行して市長を訪問する。夕方からは整体を予定している。さぁ、10時だ。伊豆高原「あそびごころ」へ福田さんの絵を見に行くぞ!

Img_6648 Img_6650 福田さんは、近藤晶昭先生の教室に通い始めて数ヶ月という。初めての出展は鉛筆のデッサンだった。大したものだ!私が高3の時、武蔵美の夏期講習でビールビンを描いた時より数段うまい!これは、私もうかうかできない・・・東海館浪漫日記のスケッチも、福田さんに批評されるようになったら大変だ。

Img_6655 Img_6656 近藤先生とお話しの中、感性の世界は解釈も自由、自身が楽しく筆を取ることが嬉しいことですね・・・と結論だった。そろそろ油彩を描きたい気分になって家に戻ると、絵の具はコチコチに固まっていた。

2009年4月 4日 (土)

松川灯りの小径

3/20~4/5までの予定だった「夜桜の煌めき」ライトアップが、寒さで桜の開花が遅染まったことで12日延長になった。伊東市観光課からこの企画への協力依頼があって、いでゆ橋の袂に記念写真スポットイメージイラストを描いた。特設ではあるものの出来上がったウッドデッキには観光客が訪れ、東海館をバックにシャッターをおしている。20090404094819 20090208094429 Img_1781

川や護岸は県が管理しているので市が勝手にいじることができない。従ってこのデッキも後に撤去するのだが、松川周辺地区まちづくり推進協議会の我々の部会(東海館街並み整備)で松川の親水計画を策定している。今、市が準備している景観計画やまちづくり条例に組み込むための民間提案として、橋や護岸へのビュースポットを盛り込んでいる最中なのだ。解りやすい実験として意味のあるウッドデッキ設置である。

2009年2月 8日 (日)

伊東市指定文化財・木造三階建旅館「東海館」

2/6(金)予てから市観光課から頼まれていた東海館の眺望スケッチの制作が終了した。ポスターに使うかは未定だが、いでゆ橋のたもとに眺望デッキを設置したら・・・と仮想したイラストレーションだ。

20090208094429  先ずは、東海館浪漫日記その77でお披露目は済ませたのだが、今まで人物を入れたものは殆ど無かった。バックに東海館と旅館いな葉を配置する構図のために2回デジカメを持って撮影に行った。制作日数約1週間である。このブログに設置してあるマイフォトに東海館浪漫日記その1から77までアップしてあるが、一番時間がかかった。東海館みがき隊活動も来年1月で100回を迎えることになる。記念の一作のイメージプランを今から心掛けておこう。 

2007年6月15日 (金)

蒸気機関車づくり

 6/5(火)、所用で伊豆高原に行った。幾つかの用を済ませ、ふと久しい知人の家が近いことに気がついた。チャイムを鳴らすと帰ってきた声が、まさにご本人に間違いない。お顔を拝見して、ちっとも変わっていない!もう70過ぎと言う。ご主人は86だと言う。全然お若くて驚いてしまった。以前見せていただいた、蒸気機関車を見たいと言うと快く地下室まで案内してくれた。

Img_1282 Img_1283

Img_1284  部品まで旋盤を駆使してサイズを合わせるのだ。まるで実物があるかのような臨場感が伝わってくる。思わずデジカメで撮らせていただいた3枚である。

 ほんの少しの時間だったが、懐かしさとお元気なお顔に、寄って良かったと思った。いつまでも、嬉しくて・楽しくて・そんな毎日を・・・。

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