2015年1月 7日 (水)

未新年&旅 

 

Dsc04600 1/1(木)~4(日) 今年の干支は「未」、家内の「羊」と私の「馬」コレクションからセレクトして年賀状をつくりました。そして一句 「初茜(ハツアカネ) 午と未が すれちがい」 大晦日から元旦へ、行く馬のおぼろげを背に、来たる羊の姿が初茜に浮き立ちながら近づいて来ます。

 恒例の墓参の後、実家で母、兄、弟、そして愚息夫婦との顔合わせで始まった元旦の清々しい朝です。9時から神楽保存会明神会の年賀行事で、ホテルニュー岡部様と遊季亭様へ神楽の初舞いに立ち合い、松原八幡神社と松原出来湯権現の元旦祭に出席です。
Dsc04614 Dsc04627 Dsc04631 例年出席している天照皇大神社の元旦祭への欠席は残念だったのですが、15時の踊子で品川に向かいました。途中、俄に空が暗くなり、辻堂あたりに差し掛かると雪の原です。お正月の晴天は当たり前と思っていたのですが、好天に好転することを願い、19時45分のフライトで機上の人となりました。恒例の完全休養ソウルの旅です。お隣同志は、啀み合わず仲良くすることが大切です・・・なんて難しく考えずに仕事を忘れ、ゆっくり寝て、グルメを味わい、その地の文化や経済に触れることを楽しむのです。ファッションや食の変化、外交による精神的変化、円安によるショッピングへの影響や賑わいの変化等々、その時を体感する臨場感が毎回の興味です。
Dsc04642 Dsc04645 Dsc04652 ティーマネーカードで、何処まで乗っても一律料金の明洞の地下鉄はとても便利です。ホームにはテロ対策防毒マスクが設置されています。朝の寒々しい街を歩くと、昼夜の活況が想像できませんが、静と動が極端にくり返されるコントラストが面白い、そんな所です。店舗の入れ替わりも頻繁で、営業の厳しさを見取ることが出来ます。また、聞こえてくる声は圧倒的に中国語です。3,4年前までは日本語が飛び交っていたことを懐かしく感じます。
Dsc04641 Dsc04648 Dsc04650 元祖「プロカンジャンケジャン」では、カンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬)とアンコウの辛子炒めを堪能し、滞在中は、タコのポックンパや鍋物、焼物、蒸物、等々韓国料理を賞味しました。また、明洞、カルロスキルでは洋服やメイク、仁寺洞では骨董や書材等々が目の肥やしですが、特に毎回の楽しみは落款づくりです。明洞にお気に入りの印鑑屋さんがあったのですが、残念ながら一昨年に亡くなられ、それから仁寺洞で作っています。今回は別のお店を見つけての新作となりました。
Dsc04678 下段右から二つめが今回の落款です。東海館のスケッチや俳句の署名印に大活躍の印達です。4日の14時にフライトして伊東に着いたのが17時20分でした。一年を通じての完全休養はお正月だけですので、唯一の長い楽しみです。 鋭気を養ったので、この一年精一杯頑張ります。

2014年1月 9日 (木)

新年

 1/1(水)新年の幕開けは、先ず墓参、実家年始挨拶、そして松原の八幡神社元旦祭、出来湯権現元旦祭、玖須美の天照皇大神社元旦祭と慌ただしい。16時頃の電車で東京に向かうので伊東駅に着くと、1時間以上も遅れている。余りの強風で運行が困難のようだ。一本前の電車に切符を買い換えて無事車中の人となった。今日は東京泊である。1/2(木)から4(土)までは公務も家業も無く、充電&休養の気まま旅へでた。

Dsc00577 Dsc00575 昨日の風は何処へ行ったのだろう。絶好の旅日和のなか、眼下に世界遺産「富士山」が手に届くように窓枠に収まっている。さい先の良いスタートとなった。ショッピング、グルメ、リフレッシュ等々充電と静養のお正月を過ごした。

Dsc00626 6日は市役所の仕事始めだ。庁舎の玄関では、今年も三曲の方々による琴の演奏が出迎えてくれた。さぁ、仕事だ。今年も頑張ります。

 干支は「午」私が出会った馬の幾つかを紹介します。

Dsc00599 Dsc00606 Dsc00602 Dsc00605 Dsc00582 人生、「うま」く行きますように御祈念申し上げます。










2012年8月 9日 (木)

御嶽山登拝と奈良井宿

 8/3(金) 昨年、私の後援会の幹部である土屋氏から誘われて御嶽山に登拝した。選挙の年でもあり、元市長の鈴木藤一郎氏の深い信仰で綿々と継続しているこの伊豆丸嶽教会の恒例行事に参加し、当選を祈願してきたのだ。そして、皆様のお陰様で当選を戴いた御礼として、今回の参加となった次第である。二倍の御礼・・・と思い、家内も帯同した。

 午後5時半、東海自動車伊東駅8番ターミナルから伊豆丸嶽教会御嶽夏山登拝へ出発した。沼津-御殿場-河口湖-諏訪湖を経て黒沢口六合目に着いたのは午前1時ころだった。早速登山の身繕いをして真夜中の登拝開始である。

Dscf3177 Dscf3180 Dscf3189 Dscf3195 Dscf3186 Dscf3184 八合目の女人堂へたどり着いたのは、夜が白み始める午前4時45分だった。小一時間の仮眠と温かい味噌汁、そして祇園の御稲荷さんを食べて三の池へ出発となった。御来光を仰ぎ、雲海に霞む山峰の輝きと影のコントラストの何と美しいことか!そして、灰色がかった緑が一分毎に鮮やかな緑色に変化していく視覚の妙がデリケートな趣を感じさせる。ふと見上げると、鳥居の上空には月が居残っていた。

Dscf3207 Dscf3206_2 Dscf3214 Dscf3215 Dscf3217 Dscf3237 女人堂からのルートは二手に分かれ、私達11人は厳しい道のりを選んだ(行ってみれば後悔仕切りである)。登り下りの連続に雪渓の横断と難所の連続だった。三の池にたどり着いたのは8時を廻っていた。体力の消耗はかなりのものだ。

Dscf3241 Dscf3242 Dscf3224 Dscf3248 Dscf3257 Dscf3262 一時間ちょっとで賽の河原である。緑はあるものの、まるで無機質な異空間が広がっている。雲の上に見つけたふじの頂や鉱山植物を観て小さな癒しを覚えながら歩を進める。やっとの事で二の池にたどり着いた。もう10時になる。

Dscf3263 Dscf3265 Dscf3267 Dscf3270 ここから再び二手に分かれた。よせばいいのに私達夫婦は、お鉢周りの難所を選んでしまうのだ。左右断崖諸刃の岩場を渡り歩く!噴火口からは強烈な硫黄の臭いが鼻をつく!もう足が上がらない。山頂の剣が峰に到着したのは13時は有に廻っていた。昨年頂いた御札を納め、新たに当選御礼の御札を戴いた。さぁ下山だ。バスが待ってる田野原に着いたのはもう15時を廻った。延々13時間以上歩いたことになる。ほとほと疲れ果てたが、御嶽の御加護は有り難く感謝している。今晩は木曽福島の森富旅館が宿となる。鋭気を養おう!!!

 ここで御嶽登拝の徒然に出会った草花を紹介したい。

Dscf3203 Dscf3204 Dscf3221 Dscf3229 Dscf3230 Dscf3232_2 Dscf3238 Dscf3239 Dscf3247 Dscf3251 Dscf3252 Dscf3249 Dscf3250 Dscf3254 Dscf3256 Dscf3233_2 名前を調べる余裕もなく、アップしたことをご容赦戴きたい。

 

 8/5(日) 登拝から一夜明けて膝や腿が痛い。今日も良い天気だ。身体も怠いのだが、楽しみにしていた奈良井宿の散策に出かけた。総勢30人の伊豆丸嶽隊の足取りは重い!踏切を渡って目に映ったのは、400年をタイムスリップした異空間だった。

 奈良井宿は、戦国時代に武田氏の定めた宿駅となっており、集落の成立はさらに古いと言う。慶長7年(1602)江戸幕府によって伝馬制度が設けられて中山道六十七宿が定められ、奈良井宿はその宿場の1つとなったそうだ。選定地区(※重要建築物群保存地区)は木曽路沿いに南北約1km、東西約200mの範囲で南北両端に神社があり、町並みの背後の山裾に五つの寺院があり、街道にそって南側から上町、中町、下町の三町に分かれ中町に本陣、脇本陣、問屋などが置かれていた。奈良井宿は、中山道、最大の難所といわれた鳥居峠をひかえ、峠越えにそなえて宿をとる旅人が多く「奈良井千軒」とよばれるほどの賑わいをみせたと言われる。現在も宿場当時の姿をよく残した建物が街道の両側に建ち並んでいる。建物の大部分は狭い間口に長い奥行きがあり、中二階建で、低い二階の前面を振り出して縁とし、勾配の緩い屋根をかけて深い軒を出している。また、二階正面に袖壁をもつものもあり、変化のある町並みを構成している。奈良井宿は昭和53年5月には、国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受け、平成元年には建設大臣の「手づくり町並賞」を受賞している。奈良井宿は完全に観光化されていない為、実際に生活している方々も多く、所々で生活感も感じられる大変好感がもてる町並みだと思った。

Dscf3278 Dscf3277 Dscf3279 Dscf3280 Dscf3282 Dscf3284 Dscf3285 Dscf3287 Dscf3288 Dscf3290 Dscf3291 Dscf3293 Dscf3308 Dscf3311 興味津々の私達は挙動不審者のごとくキョロキョロと観歩きを始めた。

Dscf3292 Dscf3297 Dscf3301 先ずは消防署の佇まい!伝統建築群の風情を壊さない配慮が嬉しい。

Dscf3289 Dscf3296 駐車場の生け垣は板塀、郵便局も懐かしさが満開だ。

Dscf3295_2 Dscf3298 Dscf3309 Dscf3299 Dscf3300 Dscf3303 懐古調のトイレには、外装とのコントラストが印象的に多目的機能も整えている。蔦植物で外壁を覆った涼しそうな喫茶店。観光案内所も風情を同化させた親近感が温かい。そして、道中の自動販売機は茶色に塗られていた。新旧の格差を是正する技は懐かしい郵便ポストも然りである。確か?黒川温泉でも同様の配慮に出会っている。


Dscf3318 Dscf3317 Dscf3319 Dscf3320 Dscf3312 Dscf3313 Dscf3315 奈良井駅も懐古的で山田洋次の映画に出てきそうな気がした。まさにウキウキする散策を楽しませてもらった。まだまだ他にも周遊したのだが、奈良井は強く心に焼き付いた。

 伊東に帰着したのは午後8時半だったが、何よりも全員が無事で楽しめたことが嬉しかった。一時は、どうなるか解らない程の怖さを3000㍍の山頂で体験したことは生涯の思い出となろう。ご準備頂いた関係各位と親しくして下さったご参加の皆様に感謝を申し上たい。




















 















































 























 

 




2012年1月 5日 (木)

ソウル探訪

 1/1(日)朝から2つ権現さんの元旦祭と1つの神社の元旦祭の公務を終え、15時台の電車で羽田へ向かった。19時45分のフライトでソウルへ向かう。ここ数年の楽しみである。何しろ公務優先の日々、日程が入らないのは元旦の午後15時過ぎから3日の夜までとなる。いつもの慌ただしい行程なのだが、家内と水入らずの凝縮したリラックス三が日なのだ。今回のテーマはカンジャンケジャンを食べることだ。口によだれを溜めて機上の人となった。金浦空港へ着いたのは10時前だったが東大門のホテルにチェックインしたのは11時近かった。やはり韓国の風は肌を刺すように冷たいが、話しに聞く不夜城ファッションビルを覗きに行った。この時間で人の群れである。ざわついて品定めをする気にならない。部屋に戻って寝ることにした。

  夜が明けて明洞へくり出した。先ずは印鑑屋さんだ。私は絵を描くので、訪れる度に落款や印鑑をオーダーしている。字体を決めてレイアウトを確認する。今回は6本依頼した。早お昼はトッポギの有名店が明洞繁華街に支店を出したとの情報から探し当て、早速のご馳走である。此処はトッピングが多彩でオリジナリティを表している。勿論最後は残ったスープに御飯を入れての焼きめしだ。韓国海苔の風味が味を引き立たせる。お腹が膨らんだところで、昨年開拓したエステサロンへ向かう。午後4時半で足ツボマッサージと全身スポーツマッサージを予約した。その時間まではショッピングに歩き回る。明洞の街はいつも人でごった返している。昨年は化粧品店が全盛を極めていたが、今回はややおとなしくなった。ブティックは相変わらずの活気を呈しているが、今年は下着の店が増えているようだ。男女ペアのアンダーウェアがショーウインドウにいくつもディスプレィされていた。それに、白のインテリアが流行のようで繁盛の決め手らしい。活況へのチャレンジが関わる企業体の経済を循環させている。この意気込みと活力が伊東に感じられない・・・とつくづく感じさせられた。さぁ、マッサーシーの時間だ。

Dscf1231 Dscf1227 Dscf1228 Dscf1232 Dscf1234 Dscf1235 Dscf1236 Dscf1238   130分のボデイケアですっかり身体が軽くなった。首のマッサージが特に気持ちいいのだ。もう空腹も限界だ。いよいよカンジャンケジャンを堪能する時が来た。それは、ワタリガニの醤油漬けなのだが何と甘いことか!!甲羅に残っている味噌に御飯を混ぜて食べる。ウマイ!!足も身も歯でしごきながらしゃぶり尽くした。マッコリを戴き海鮮チヂミを平らげる。今度は活ダコをハサミで切りながらの海鮮鍋だ。切り離された足がクネクネと踊っている。何とダイナミックな事か!すっかり韓国の海鮮を堪能してホテルに戻った。予定した日程は充実の内に完了した。

 最終日は、15時50分に旅行社がホテルに迎えに来る。それまでは、昨日と同じエステで身も心も軽い。お昼は、またまたカンジャンケジャンと焼肉だ。お腹満タンで大満足!帰る頃には粉のような雪が落ちてきた。19時20分のJALで一路羽田へ・・・。実は、毎度のことながら旅のプランは全て家内の企画である。私は、ただついて行くだけで楽しませてもらう。まるでお客さんのようである。













2011年8月14日 (日)

伊豆丸嶽協会御嶽登拝

7/24(日)9時に松原湯端町の御嶽神社に清掃に行った。鈴木前市長の先代から綿々と継続崇拝する御嶽登拝の安全祈願祭を行う為である。103段の急階段はかなりきつかったが、あのように立派なお社があることさえ知らずにいたのだ。そして、7/29(金)18時に24名を乗せたバスが伊東駅を出発した。沼津から御殿場を経て、諏訪湖サービスエリアに着いたのは23時に近かった。30日早朝1時半、黒沢六合目から歩き始めた。御嶽山八合目に着いたのは午前4時頃だったと思う。疲労困憊で大脳が働かない。そして御嶽山頂参拝は7時頃たったと記憶している。ピクニック気分ではない・・・と言い聞かされていたものの、これほど辛いものとは思わなかった。お札を戴き、下山を始めたのだが、更に厳しい試練と闘うこととなった。

Dscf0018 Dscf0019 Dscf0021 Dscf0025 ぬかる道に尻餅をつきながら足を置く石場を見つけながらの下山には長い杖の必要性を充分に感じた。転ばぬ先の杖であり、人生にとっては、転んで先の杖になった。14時に王滝で心身を清める予定だったが、余りの寒さに断念した。この日は民宿「松原」に投宿した。二部屋を繋げたスペースに大の男が14人で寝るのだから修学旅行のようだ。七〇代のおじぃさん?(失礼)の鉄人には驚くばかりだった。どうも来年、再来年とい登拝することになりそうだ。 










2009年1月10日 (土)

つかの間のソウル

1/2(金)sun 8時40分のフライトでは伊東からでは間に合わない。昨夜は東京に泊まった。今回のソウルは、空港とホテル間の送迎のみのフリータイムである。お昼には明洞(ミョンドン)のホテルにチェックインを済ませ早速、梨泰院(イテウォン)へ向かった。地下鉄の初体験は、右往左往の珍道中である。美容のヘアショーと店の慰安等で4回程来ているがいつも移動はタクシーだった。地下鉄は殆どの場所へ1000ウォン(70円)で行くことができる。当たって砕けろ精神が旅を面白くする。お昼は海鮮チヂミと石焼きビビンバにした。

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明洞の夜は人の坩堝だ。ショッピング・エステ・グルメ・・・と楽しくて嬉しいメニューやアイテムが目白押しなのだ。

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路面に大きな靴が置いてある。勿論、靴屋さんのアイキャッチ企画なのだがインパクトがある。思わず自分の靴と並べて撮った。夕食は定番の焼肉だ!タンから骨付きのカルビと食べ進み、ユッケで腹一杯である。タンは湯の花の悟空の方が美味い。夜の街は10時を過ぎても人は絶えない。まるで暮れの上野アメ横を歩いているような錯覚すら覚える喧噪である。

1/3(土)sun朝から少し慣れた地下鉄で仁寺洞(インサドン)へ行った。もともと韓国伝来の文具や家具、茶器などを扱う骨董通りに今風なファッションアイテムやオリジナリティ溢れる雑貨ブティックやショップが融合して、新旧の面白さが混じり合ったスポットとなったのだ。Img_1330 Img_1331 Img_1332 Img_1329

ここも人・ひと・ヒト・だらけである。頭に出前を載せているおばさんや民族衣装で露店売りをしているおばさんが珍しい風景に映った。実は此処への目的はチュクミヤチェプルコギを食べることである。フンブネと言う店を探して探して歩き回った。やっとの思いで見つけたお店は、期待を裏切るサッシ引き戸のさもないお店だった。Img_1320 Img_1324 Img_1325 Img_1326

イイダコと野菜をこの店独特のピリ辛で煮込む鍋は、格別に美味い!更には締めにご飯と海苔を入れてチャーハンに仕立てた。驚くほど美味い!!足を棒にして探し回った甲斐があった。

 仁寺洞を堪能して明洞に戻った。実は昨日もやったのだが、今日もエステなのだ。フットケアから足つぼマッサージ、上半身のエステとフェーシャルマッサージで日頃の疲労感を一掃した。

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夕食は、今韓国で大流行のタッカルビである。鶏肉のピリ辛煮込み鍋だ。地元の若者達に大受けしていることが解る味付けである。過去に来た印象から料理一つとっても進化を感じる様々な味のレパートリーが研究されている。まちづくりに於いても、時代や人が求めている事を形に示すイノベーションが伝わってきた。表現も行動もどん欲な「力」を思い知らされた感がある。夜中近くまで街を歩き息吹に触れた。

1/4(日)朝食に外へ出た。ホテル近くのお粥屋さんだ。小さな入り口を地下に降りると片言日本語書きの玄関ドアだ。きっと「押してください」なのだろう?面白くてシャッターをきった。Img_1341 Img_1339 Img_1336

アワビと海鮮のお粥をいただいた。壁のメニューを見ると、タラのタに濁点が打ってあったのだろう。シールで隠してある。また面白くてシャッターをきった。小さな店だったが次から次への来店で満席だ。韓国すごいぞ!

 今回は無類の円高でリーズナブルな恩恵に浴した。が、韓国商売人の商人根性は学ぶべきだ。えげつない程に研究し、次への商品開発に余年が無いから、機にマッチした有形無形の提供が継続するのだろう。苦しさや厳しさに直面することを誰かの精にしている日本人はオシャレな体裁に浸かりすぎたのかも知れない。少々考えさせられた。Img_1342

お昼過ぎて機上の人となった。小一時間ほどして眼下を見ると富士山だ!今年の6月には富士山静岡空港が開港する。こんなに近い韓国を改めて実感した。インバウンドと伴うアウトバウンドに身近に目を向ける伊豆の姿は見えにくい。今こそ伊豆の魅力づくりのイノベーターにならなければ・・・また、イノベーションのうねりを巻き起こさなければいけない。

2007年1月14日 (日)

自分へのお土産

 久しぶりのブログです。手を抜くと持ち前の怠け者が顔を出してしまいます。昨年の秋にアムステルダムとフィレンツェを歩いて来ました。いつも訪れた地で気に入った品を自分へのお土産として購入する事にしています。今回はアムスのローイエと言う骨董屋で見つけた焼き物を紹介します。

Img_0989 陶製の花嫁?人形、ロイヤルドルトン 1981

 大きなガラスケースの中段で踊っていた陶人形に出会った時に気に入ってしまったのですが、225ユーロはちょっと高いな~と思い躊躇しました。その日は買わずに、次の予定地フィレンツェに行ったものの、どうしても忘れられず、再びアムスに戻り手に入れました。

  同様にシルクロード時代のワイングラスを忠実に再現したレプリカの杯がこの品です。Img_0992これは75ユーロでした。

 私はぐい呑みを少々集めているのですが、この杯で呑んだらキット美味い気がしたのです。

 ついでに2年前にローイエで手に入れた陶人形を紹介しましょう。

Img_0990  これはベートーベンでしょうか?モーツアルトでしょうか?結局は誰でもどうでもいいんです。指先や花びらが丁寧につくられています。

 更についでに、ヴェネツィアのガラスですが、やはりぐい呑み替わり使おうと購入しました。本当はキャンドルを浮かす為のグラスの様です。斬新な色づかいが気に入りました。また、馬のグッズも集めています。まだまだ少ないのですが、増えていくのが楽しみです。

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