2009年10月25日 (日)

大室高原自治会防災倉庫設置

 10/16(金)予てからの要望であった大室高原自治会の防災倉庫が搬入された。

Img_3175 Img_3177 約束の16時に小山副会長と私が受け取った。今後、足場を固めて設置をすることとなる。先の敬老の集いの際に市長と共に訪問し、防災機器の収納に支障をきたしている旨を再度お伝えした。スピード感溢れる対応に自治会1200世帯の住民は行政との身近さを充分に感じたことだろう!各地域の安全・安心を下支えする情報収集と対応の具体を示し実行に導く事は、市議として当然のことと理解している。鳥の目・虫の目で取り組んでいく。

2009年10月21日 (水)

伊豆シャボテン公園50周年

10/18(日)伊豆シャボテン公園の50周年記念へ伺った。50年前に大室の溶岩台地に自然と植物、動物が一体となったネイチャーパークを夢見て、実現した近藤典生博士の顕彰碑除幕式と祝賀会である。

Img_3130 Img_3134 Img_3135 顕彰碑は地球環境館内に設置され、今日までの足跡と、大きなパートナーであるメキシコとマダガスカルの紹介がされていた。広場ではメキシコの民俗舞踊や地元和菓子の体験などが賑わっていた。

Img_3136 Img_3138 川奈ホテルに会場を移した祝賀会には300名近い関係各位の参席の中、メキシコ、マダガスカルの駐日大使、伊東市長ほか沢山の「観光の要」が祝辞を述べられた。厳しい経済の荒海を半世紀に渡って乗り越えてきたシャボテングループの経営手腕に敬意とともに感謝を申し上げたい。特に、4年前からの経営改革を全社一環させた経営陣と汗を流した社員の総力が、伊豆の牽引に貢献していると思っている。感謝!

大室高原自治会要望書提出

10/16(金)一般社団法人・大室高原自治会からの要望書を市長に提出した。

Img 柴田会長、小山副会長とともに佃市長を訪ね、自治会区域内の市道及び主要幹線道路整備と私道の補修支援等を要望した。約40年前の分譲から始まった理想郷は、数度の経営主体の転換を経たことにより、ライフラインの不備が自治会管理の大きな問題として継続してきた。およそ4700の分譲区画のうち、1200世帯が自治会を構成している。此の地が、素晴らしい環境であり、心穏やかに自然と親しみながら地域コミュニティを拡充しようと役員皆さんで運営している。日々のご尽力に叶うよう、市と地元へ生の情報を提供し合う架け橋として協力していきたい。

2009年10月20日 (火)

文化振興へ寄付

10/16(金)伊東市宇佐美のキヨミジャズダンススクールを主宰する岡崎先生は、日頃のレッスンや市民文化活動への取り組みの成果を「発表会」を通して市民にお伝えしている。その際の募金を市文化振興に役立てて頂こうと36718円の寄付をおこなった。

Img 岡崎先生と振り付けや衣裳の片腕であるルミさんとともに市長と面談した。伊東ミュージカル劇団から按針祭パレード、花笠まで、様々な活動に参加して生徒と、その家族の皆さんと一緒にダンスと文化とコミュニティを繋ぐ架け橋づくりの毎日を、私から佃市長にお伝えした。文化振興寄付は今回で2回目となる。

2009年10月 7日 (水)

有望美容師と市長訪問

10/6(火)午後1時半から、宇佐美の美容室ガティに在籍する庄司理紗さんとオーナーである美智子さんとともに佃市長を訪問した。

Img 理紗さんがICJ(世界著名美容家協会日本支部)の一員として、9月13日・14日に開催されたICD世界大会のジュニアステージでヘアスタイルを発表した報告のためにお訪ねしたのだ。私も美容師の一員として海外のステージを何度も経験してきたことから、世界の美容界の現状とファッションの土産話しを興味深く聞かせてもらった。ショーの写真を広げながら市長に報告する理紗さんの表情は活き活きとして気持ちがよい。

 晴れの舞台を踏むには、その裏側にある努力の積み重ねが大切なことだ。このような美容環境にいる自分自身が在ることは、親や回りの支えがあってのこと!感謝とともに更なる錬磨に努めて欲しい。美容師を目指す後輩に大変意義のある刺激を与えてくれた。感謝である。

2009年10月 6日 (火)

東小照明灯点灯式

10/5(日)17時半から東小グランドの照明灯の点灯式に出席した。大粒の雨が落ちる中、スイッチオンでみるみるグランドが明るくなる。先のテストで確認しているので、雨の際の確認が出来て良かったと思った。災害時での使用が出来るだけ無いことを祈った。

Img_3052 Img_3054 Img_3056 Img_3055

クラフトの森フェスティバル

10/4(日)雨にたたられたクラフトの森も最後の日曜日に雨が上がった。11時頃会場のさくらの里に到着したのだが、メイン駐車場は既に満杯!上のPに駐車した。

Img_3002 Img_3008 Img_3009 全国から130店のクラフト作家が集結して、そのアイディアと作風を競っている。大室山のすそ野にテントが並び、それぞれに人の山が出来ている。友人のストーンクラフト家の渡辺さんも毎回の出店である。

Img_3003 Img_3004  さくらの里のトイレが車椅子対応に成っていないことから、昨年の一般質問で取り上げ、今年度に多目的トイレとして予算付けができた。既に工事にかかり着々とユニバーサルな環境になっていく!観光客も市民も130店とのふれあいで新鮮な驚きや発見と出逢えるのだ。森の中でゆったり、ゆっくり・・・癒されて、楽しくて・・・。

2009年10月 4日 (日)

玖須美区民体育祭

10/4(日)きのうの雨が嘘のような良い天気に恵まれ、玖須美の区民体育祭が開催された。Img_2988 Img_3000 可愛い選手宣誓からラジオ体操、そして競技へ入った。町内毎にImg_2994 テントを張り競技と応援の戦いが始まった。景品は砂糖や醤油の生活用品である。家族総出の景品ゲットは家計費の削減にも繋がるのだ??そんな事はないか?

 伊東市15行政区の中でも文化・スポーツを含めたコミュニティ活動が一際多彩である。Img_2989

 残念ながら、老若男女が喜々として走り、遊ぶ姿は地域から消えつつあると言っても過言ではない。準備に係わる役員の方々には甚だお世話になるのだが、そのお役があって成り立つのだ。その姿を見ている子供達が大人のになって面々と地域を紡いでいくことになる。そんな地域コミュニティを無くさないように培っていきましょう!

2009年10月 1日 (木)

あじさいロード

 9/29(火)城ヶ崎のスーパーNから海洋公園のかけての桜がかなり傷んでいる。もう結構な老木だ!歩道も根の力で盛り上がっている。何れも手入れが必要だ。今日は、これらの課題とともに快適な遊歩景観づくりとして沿道へ紫陽花を配植する提案の為の現地調査である。

Img_2940 市建設課と植栽樹木の提供商社と私で沿道の確認を行った。市有地と私有地との扱いや実現への方法等を見つけながら坂道を下る。見上げれば電線が樹木と絡み合い窮屈そうである。枝が道に迫り出してバスの運行にも支障が感じられる。一つひとつ改善を進めると素晴らしい環境が更なる周遊スポットに成るはずだ。次は植栽をマップに落とし、全体イメージスケッチを描き、地域協働の中でアダプト(自然環境の里親制度)連携を作ることである。

2009年9月27日 (日)

伊東市消防フェス

9/27(日)市役所の「ふれあい広場」を一周して、消防署へ向かった。ここでは伊東市消防フェスで立錐の余地もない程である。市消防と消防団が昨日から準備を進めた成果が市民参加という成果を引き出していた。

Img_2904 Img_2915 Img_2906 子供達が喜ぶ夜店風アトラクションが所狭しと並んでいる。それぞれに黒山状態だ。消防団長と話した中で、「子供が喜ぶ事をした」との言葉に成るほど・・・と感じた。団員や所員の年代が、まさに子供達の父親エイジである。この年代が企画準備すれば、子供に親がついてくる訳だ。暇だ暇だと嘆いている商店街の親父さん達に一括して貰いたいくらいである。

Img_2912 Img_2909 Img_2907 屈折型はしご車は花形だ!子供達が入れ替わり立ち替わりで上空に運ばれていく!高所恐怖症の私にはとても出来ない技である。消防士でなくて良かったと思った。地震体験車に悲鳴が聞こえた。リアルな体感が転ばぬ先の杖となる。面白く、楽しく消防防災を味わうことが日々の安全安心に繋がる。家族揃って良い一日になる貴重なイベントだと思った。ただ、駐車場の確保が足りなかったようだ。課題として考えたい。

ふれあい広場

9/27(日)10時から伊東市役所で開催する「ふれあい広場」へ行った。助け合い・支え合いの活動をされている様々な団体がブースを持って展示や販売を行った。

Img_2893 Img_2895ロビーには沢山の市民が押し寄せ、バザー品の中から掘り出し物を探している。我が店のお客様も販売側に参加しているが、商品確保や値付けには苦労するそうだ。でも、好みの品をゲットしたお客様の喜び顔で、充実感に溢れると言っていた。何でも準備が事の成否を決めるのだ。Img_2903

Img_2899 Img_2896 ロビーから国道側の広場に行ってみた。ここも大賑わいだ!焼きそばからポップコーン、干物や御菓子と目にも鼻にも魅力的な空気が漂っていた。早速、磯辺焼きと焼きそば、塩辛を買った。これでお昼は大丈夫!・・・・人や地域は様々なコミュニティによって成り立っている事を改めて感じた。それぞれのご苦労に感謝!である。そして、その足で消防フェスへ向かった。

2009年9月23日 (水)

敬老感謝活動「奥野苑慰問」

 9/20(日)朝からの玖須美5町内敬老の集い「元気でありがとう」を無事に終了して奥野苑に向かった。これは先ほどの会の実行委員長阿部氏と私のプライベート活動として、カズ&アイとマジックふしぎ屋を帯同しての慰問である。

Img Img_0001 14時からの開演におよそ40名の入所者が待っている。進行役をしながら、漫才やマジックに笑ったり、驚いたりを楽しんでいただけるのか?心配していた。始まってみると、なかなかの乗りで、掛け合いのように場を和ませてくれるおばぁちゃんの存在にホッと胸を撫でおろした。

 アッと言う間の1時間だったが、素敵な笑顔で締めくくれた訪問は、敬老者への感謝と老若男女のコミュニティづくりに意味深さを感じるものだった。今後の議員活動へ大きな指針になった。

2009年9月22日 (火)

玖須美区5町内敬老の集い「元気でありがとう」開催

 9/20(日)10時から12時までの2時間、敬老の集い「元気でありがとう」を開催した。

Img_2849  今年度の新規事業「伊東市敬老事業交付金制度」の実施決定から、この目的に沿った地域コミュニティを老若男女の連携を絡めてイベントに仕立て上げるプランを玖須美区議の阿部氏と私で進めていた。

 玖須美区(南地区を除く)8町内の内、5つの町内に老人会が無いことから、この町内に限定した敬老の集いである。区長を始め、当該区議と町内会長そして民生委員の方々の協力を頂き、開催に漕ぎ着けた。敬老参加者77名、実行委員会14名、市高齢者福祉課及びボランティア出演者約35名でお祝いを形に示した。オープニングはキッズダンスである。

Img_2851Img_2857Img_2853  Img_2861 Img_2864 Img_2867

 阿部実行委員長の開会挨拶、来賓稲葉区長の祝辞の後、吉本の若手漫才「カズ&アイ」、立花寿美輔の日本舞踊「黒田節」・「農兵節」、ふしぎ屋のマジックと市高齢者福祉課職員による元気体操と続く!笑いと目の保養と驚きと、水戸黄門のテーマに乗って座ったままの全身体操で5才は若返った筈である。

Img_2870Img_2877Img_2880 Img_2884 きよみジャズダンススクールの子供達はお爺ちゃん・お婆ちゃんへ可愛く楽しいダンスを披露した。おまけに手作りの首飾りのプレゼントには感動で涙が出てしまった。

Img_2886 Img_2891 そして、ご当地ソングのシンガーソングライター島田すがこさんの楽しい地消地産ソングのあと、全員で「みかんの花咲く丘」を合唱した。約半年にわたって組み立てた「元気でありがとう」は、我々の意気に感じてボランティア出演して下さったパフォーマーの皆さん、縁の下で舞台を支え輝かせてくれた山田さんたち音響照明組、今敬老施策を行政事業にした伊東市、そして御参加下さった敬老の皆様に心から感謝を申し上げるものです。

 私の首にも温かい手づくりのネックレスを掛けてくれました。敬老にはまだ8年在りますが、この温もりを大切に、伊東市民のお役に立てるよう頑張ろうと、大きな勇気をいただきました。ありがとう!Img_2892

2009年9月16日 (水)

伊東市技能祭

9/13(日)玖須美供養祭が終わり、その足で観光会館別館へ向かった。市内の建築関係の伝統技術や卓越した技能の発表会である伊東市技能祭が開催されているからだ。

Img_2842 Img_2844 Img_2846 畳屋さんのブースから大工さんのブースに回った。色々な木材がバウムクーヘンのようにカットされて展示してある。「たがやさん」に目が留まった。東海館の床柱に使われている木である。唐木で今は中々手に入らないそうだ。硬い独特の木目が深い焦げ茶色を引き立てていた。担当していた職人の方と会話を交わして参考になった。外に出ると植栽してある松の木の剪定をしていた。若い職人がハシゴに登り、親方の指示で枝を落とした。切る枝、切る箇所の見定めは経験の賜だろう。このような技術が継承されることがこの催事の目的の一つであると思った。赤松や槇の手摘み技術も見たいと思った。

2009年9月15日 (火)

玖須美供養祭

 9/13(日)佛現寺さんで元禄・安政・関東大震災で被災し尊い命を落とされた郷土玖須美の皆さんを供養する会が開催された。今年で30回を数え、供養後の精進祭が地域コミュニティの重要な場所として位置付いている。

Img Img_2 各町内会長、区会議員、区内選出地元市議が一同に参集し、心安らかに霊に手を合わせた。例年、この日は朝から強い残暑が照りつけるのだが、今年は穏やかな日和だった。

 仏現寺ご住職のお話しでは、日蓮聖人が伊豆法難から750年の慶讃大法要をここ霊跡本山佛現寺でされるそうである。伊東を知っていただく良い機会だと思う。歴史文化の掘り起こしは観光にとって大きな資源である。

2009年9月13日 (日)

敬老の集い/大室高原自治町内会

 9/12(土)もう永いお付き合いになる大室高原自治町内会の敬老の集いに市長と共に伺った。今年度の新事業「敬老祝い事業交付金」の活用を当自治会執行部に働きかけて具現化した。

Img_2799 Img_2790 Img_2792 この自治町内会はシャボテン公園別荘地としてデベロッパーが開発してから40数年の歴史があるのだ。4700区画の内、定住世帯が1200のマンモス町内会である。今回の企画対象者70才以上は700人を超すほどだ。会館のキャパシティではその1割が限界である。

Img_2789  ここの委員で構成する「食育の会」が敬老者のご馳走をつくりお祝いをした。魚のあんかけに煮物とお新香、デザートは梨とブドウ、そして御菓子も添えられていた。薄味で上品な味付けに大変美味しくいただきました。皆さんと地域のこと、健康のこと、政治のこと等々市長共々おしゃべりをして、あっという間の一時間が過ぎた。私たちがいつまでも居ると次のお楽しみが始まらない・・・ご馳走様!お礼を述べて帰路に着いた。執行部と役員の皆様のご尽力に感謝したい。

2009年9月 9日 (水)

21年度おたっしゃまつり

 9/8(火)従来の敬老記念イベントに変わって、今年は「おたっしゃまつり」として生まれ変わった。午前午後2回公演でそれぞれ約600人の敬老者が席を埋めた。

Img_2758 Img_2761 Img_2765 敬老の式典には毎年顔を出しているが、いつも感じていた事がある。出席するしないにかかわらず記念品の授受を準備し、地区担当の民生委員は八面六臂の大忙しである。人数分を山盛りに抱えて席回りをしたり、自宅へお届けすることもあるに違いない。更には市役所の玄関ロビーに記念品を積み上げて市職員が、取りに来るのを待ち、来れば手渡す非生産的な仕事をしていたからだ。平等に公平に権利を履行することは大切なのだが・・・と思っていた。今年からは共助として地域敬老事業交付金制度を立ち上げ、地区で自主的に敬老祝いの集いを実施すると70才以上の参加者に一人1000円の交付金が主催団体に交付されることになった。要は、市は「おたっしゃまつり」でお祝いする。地域は交付事業でお祝いすると言う「みんなで敬老を祝う」仕組みをつくったことになる。私たちは早速「元気をありがとう」玖須美5町内敬老の集いを企画している。

2009年9月 5日 (土)

松原神社への歪曲した道路

 9/5(土)第2分団消防ポンプ車の入魂式、配置式、放水式が終了後、予てから要望してある当神社への進入路の不便さを市長に視察してもらった。片側が断崖絶壁で、反対側は民間住宅だから何とも難しい場所である。一般車両は勿論だが、消防車等の特殊車両の緊急通行にも係わってくる。Img_2727 Img_2728

 市消防長にも立ち会って貰い市長の所見をいただいた。先ずは消防機器とゴミステーションの設置位置を変えることと近所の生け垣を道路面まで枝葉整備することをやってみることとした。これでハンドル操作にゆとりが出るだろう。地域の安全は地域の協力で成り立つのである。その結果によって次の措置を考えることになった。

松原第2分団に新消防ポンプ車

 9/5(土)伊東市消防団第2分団の消防ポンプ車が更新されたことに伴い、松原八幡神社で入魂式と配置式が執り行われた。佃市長をはじめ消防関係者、地元松原区関係者が参席して厳かな神事と力強い分団決意が表さImg_2722_2 れた。

Img_2725_3 Img_2717_3 Img_2718_2 このポンプ車は従来にくらべて小型であり、機能も増強された優れものである。前車が平成3年11月の購入だったから18年目の更新になる。1638万円の投入は松原区にとって大変な援軍を得たことになった。

Img_2723_2 Img_2724_2 式典の全てが終了後、放水が行われた。第2分団員のきびきびした動作は日頃の訓練のたまものだろう!鎮守の森に向かって2本の水の橋が架かった。

 私は今、境内に40トンの防火水槽設置の予算化がされるように提案している。此の地寺山の安全安心が着々と進んでいる。

2009年9月 4日 (金)

玖須美区5町内敬老の集い実行委員会

 9/3(木)11時半から佃弘巳伊東市長を訪ねた。老人会の無い玖須美区5つの町内を対象に「元気でありがとう」敬老の集いを開催する報告をするためである。

Img_0001 Img 市の新たな敬老事業「地域敬老事業開催交付金」の活用を提案して、玖須美区議会議員の阿部亨氏を委員長とする実行委員会を立ち上げた。阿部氏は私の叔父でもあり、予てからの思い入れがあって相談を受けた。企画からパンフ、吉本の若手漫才「カズ&アイ」やマジック集団・ふしぎ屋、地元のシンガーソングライター「島田すがこ」、キッズダンス「きよみダンススクール」、日舞「立花寿美輔」に伊東市高齢者福祉課の健康のお話しを加えたプログラムを阿部実行委員長との二人三脚で具体化できたことから市長に報告をさせてもらった。5町内におよそ300人の敬老者がいるが、回覧で参加を募ったところ既に70名の応募が集まっている。会場の都合で100人が限定なのでお断りすることも考えられる。出来るだけ希望に添えるようにしたいと思っている。

 お楽しみ会の中での敬老者相互の顔合わせは、地域コミュニティの再構築につながる。我々も、何処の町内にどのような高齢者が居るのかを知る絶好の機会でもある。今後も継続出来るように、第1回目の今事業を成功に導きたい。

2009年9月 2日 (水)

防災訓練

 9/1(火)9時から松原湯端町の防災訓練に参加した。30人程の町内関係者と中学生が集まり、防災倉庫の備品の確認を行った。Img_2659 中心市街地の高齢化率は高いうえに大型マンションの建設によって隣近所の顔が解らない、コミュニティの希薄さが、災害や有事の際に安全への生涯になることを心配している。このような機会を利用して多くの地域住民が防災意識を共有しながら知り合いになっていくことが望ましいと思う。

Img_2661Img_2664 Img_2668 Img_2672 次に玖須美南地区の防災訓練に合流した。此処は474人の参加を得た大がかりな体験シュミレーションが展開された。今年は新しい試みが2点あった。一つは、指示を与えたり説明したりする隊員のマイクがワイアレスで口元に設置されている。両手を自由に使えることからコミュニケーションの迅速性と言葉の伝達が改善されていた。二つめはバケツリレーの実施である。中学生が主体と成って行われたが、訓練の中に競技感を取り入れたことは興味深いものだった。しかし、関係各位の思い入れと裏腹に、学生達の真摯な取り組みが感じられなかったことは残念だった。昨日の台風や8/11の駿河湾地震など、天災は何時起きるか解らない。転ばぬ先の杖なのだが、訓練の中で失敗することもImg_2685 Img_2692「転んで先の杖」になる。前向きな参加と取り組む意識がいざという時に役立つ筈だ。 

2009年8月30日 (日)

東小グランド災害避難所照明新設照度テスト

 8/27(木)19時から予てからの懸案要望であった市立東小グランドの照明が設置され、その照度テストが実施された。玖須美区長をはじめ区議や近隣役員と当局担当者が立ち会いした。この要望は玖須美区議会議員の久保田氏の強い要望によって実現した訳だが、台風や地震など天災時の緊急避難場所として玖須美区住民のみならず新井区住民の命を守る大切な責務を持っているグランドである。実現へのイニシアチブをとった久保田氏に大きな感謝を申し上げたい。

Img_2620 Img_2621 点灯前の漆黒の闇が、点灯するとみるみる明るさを加えていく!4灯を配した照明灯が4機、5灯が1機の計5機21灯である。最高照度470ルクスは足下の小さな石ころまでもが見通せる明るさだ。一番遠くで50ルクスくらいである。この電球の耐用時間は9000時間であるから、一日3時間を1年使用したとして1095時間、耐用年数は8年と10日になる計算だ。ちなみに3時間の電気料は3000円強と言うところである。

 10月に入って点灯式を予定しているが、災害時の使用ばかりでなく、軽スポーツの使用も充分に耐えられる照度である。地域のスポーツ振興、健康の増進に大いに役立つよう、かかったImg_2623 費用に余りある活用を願っている。

 災害での使用が無いことが一番良いことである。今すべきことは、安全の体制づくりが安心をつくる・・・現市政の方向性に間違いはない!

2009年8月21日 (金)

道路に被さる木の枝

 8/20(木)玖須美の親しい知人に倉田氏の街頭演説会場でぱったり会った。三ノ原から川奈ホテルに抜ける道の上空が沿道樹の枝葉でふさがれていると言う。早速確認に行った。

Img_2534 Img_2535 Img_2536 確かに緑のトンネルになっている。トラックなど多少大型の車両では、上と左右がボディに触れてしまう!踏切から下は問題はなかった。交通安全上からも早い伐採が望まれる。

Img_2537 Img_2538 この道の途中に伊東小室桜を育苗している萩原農園がある。早春の開花から春爛漫の3月半ばまでのお花見客も多々である。また、書き入れの夏には、裏道として多くの県外車両の走行も目立っている。早速、建設課に申し入れた。一日も早い対応を要請した。Img_2539

2009年8月20日 (木)

衆議院選挙

 8/19(水)16時から自由民主党・倉田まさとし氏の街頭演説が行われた。一人でも多くの人達に聞いて頂き、政権政党に相応しい党が何処なのか?をご判断頂きたいと思っている。

Img_2497 Img_2498 Img_2499 逆風の自民党をバックに戦う当事者と応援者は、民主党へ形勢誘導されかねないマスコミ報道との戦いでもある。しかし、実績の検証の中に反省と成果を見いだし、政権実績があるからこそ問題点を見いだし、的確に変えられる立ち位置を礎に・・・心新たに生活責任を果たす自由民主党を応援している。日本の舵取りをしたことのない集合体が、政治や官僚体制を外から変えることは中々難しいと思える。私は、施政者自身が体質改善する!中からの変革に期待をしている。そんなお役に立ちたいと思う。

2009年8月14日 (金)

伊豆高原旅の駅「夏祭り」

8/11~13 グランパルポートで第1回伊豆高原旅の駅夏祭りが開催された。会場に向かう道行きは雨足が増していく。伊豆シャボテン公園開園50周年記念の催しだから、関係者はきがきではないだろう!伊豆でも屈指の観光企業であるシャボテン公園グループは、K副社長就任以来右肩上がりの業績を示しているのだ。伊東の観光施策をリードしている頭の下がる企業なのだ。打ち付ける雨も・・・そんな神通力で止ましてしまった。

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 メインステージの回りには露店が賑わっている。焼そばや串焼き、ビールにヨーヨーと盛り沢山である。「よさこい」がほとばしる汗を振りまいて大音響のパフォーマンスを繰り広げる。演歌の歌謡ショーも人を逸らさない会話で楽しいひとときを過ごさせてくれた。

Img_2462_2 Img_2469_2  名残惜しい夏祭りが終わり、観客が帰るとスタッフ全員が集まりだした。今日の反省会を即座に開いたのだ。お客様に対面する場所が仕事の最前線である。それが社長であれ、平の社員であろうとお客様にとっては接客する「ここの人」である。その場、その時のホスピタリティが明日の繁栄を築くのだ。このグループの心根は、ここに在るのだ・・・と私は感じている。だから、問題点は直後に改善する話し合いを持つのだろう。

 昭和34年に伊豆シャボテン公園が開園した。それは、新しい観光の在り方を示した先駆社だったと思う。雄大な自然環境に学びと体験のエコツーリズムの先駆けであった。折しもその1年前に、伊豆伊東は狩野川台風で壊滅的打撃を受けた。まさに攪乱から新たな思考が芽生え、新たなニーズを先読みしたツーリズムを具体に示したのだ。その後、伊豆スカイラインが開通、伊豆急行が下田まで路線を延ばした。観光が変わり経済も人も伊豆に押し寄せた。・・・・・そして50年・・・・・頑張っているシャボテンさん!

 でも、世間では厳しい不況の嵐が吹き荒んでいる。   頑張ろう・・・伊東!

2009年8月13日 (木)

小室山樹林整備

 8/11(火)伊東市緊急経済雇用対策としての都市公園樹木伐採の現地調査が行われた。新規雇用を義務づけた雇用支援事業の一環であるが、無放置された樹木を適正に整備して風通しの良い、見通し景観を作ろうというものである。小室山から富士山を見通すのに邪魔をしている樹木も在るようだ。

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 残す樹、切る木の判断を市長が指示をだす。あらゆる事への詳しさには驚く!が、樹の知識はことさらのようだ。実は、私が参加したのは、伐採後に「伊東小室桜」を植栽して、小室山を早咲き桜のふる里にしたいからである。「伊東小室桜」の原木は、ここ小室山にあるのだ。この原木を接ぎ木した母樹(2代目)から3代目の伊東小室桜がおよそ800本植栽されている。小室山にも毎年約60本を継続植栽してきた。年が変わって1月から、何本の伊東小室桜が仲間入り出来るか楽しみである。

2009年7月17日 (金)

伊東市・諏訪市姉妹都市議会議員交歓研修会

 7/14、15 姉妹都市諏訪市議会とは1期4年毎に相互交流研修会として訪問し合っている。昨年の諏訪市議会の来東から一年、今年は伊東市議会が諏訪へ向かったのは早朝7時だった。

Img_2205_3 13時半から始まった研修会は、「世界の柱祭りと諏訪の御柱」である。6年ごとに執り行う命がけの御柱は来年が実施年である。地域に根付き、面々と培われ継承されるお祭りコミュニティが、地域の安心安全のネットワークを築いてきたと言っていい!

 二日目は諏訪の名所を訪ねた。霧ヶ峰高原は快晴である。とてもラッキーらしい。考えてみれば霧に霞むことが通常だから霧ヶ峰なのだ。緑の大地と水色の空に芸術的な雲がレイアウトされている。何ともアートなのだ。Img_2207 Img_2210 Img_2212 Img_2213 Img_2215 Img_2217 Img_2218 Img_2219 Img_2209   

センターラインを加速すると限りない空の彼方に飛び込んで行きそうな錯覚を覚える。雄大な空間は無我の境地へ誘わせる。

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 立石公園から諏訪湖を一望した。8月には、この上空に4万2千発の花火が夏の夜を彩る。日本一の火の祭典が開催となる。そして間近に御柱に触れた。勇壮な男達の心意気とうなり声が聞こえた・・・そんな気がした。

 歓迎下さった山田市長はじめ、議会の方々、市当局の方々のお心遣いに心から感謝を申し上げる。

2009年7月 3日 (金)

松原区寺山の防火水槽

7/3(金)13時半に松原八幡神社に市消防・建設部・宮司と私が集合した。先の一般質問で取り上げた防火水槽の設置について担当関係で現場検討を行った。Img_2144 Img_2146 Img_2148

 40トン貯水のタンクを埋設する場合の場所選定である。水源との位置関係、搬入経路、消火活動への効率性等検討して場所が確定される。狭隘で湾曲した道路事情は寺山のウイークポイントなのだが、この秋には小型ポンプ車が絶好のタイミングで松原第2分団に配属される。伊東市創造に向かって、地域の安全安心が着実に示されている。

2009年7月 2日 (木)

自民党時局講演会

7/1(水)午後6時半から静岡県知事選挙自民党時局講演会が開催された。観光会館別館は超満員で、静岡県初の女性知事誕生に向けて女性陣の参加が目を引いた。応援には佃伊東市長、倉田総務副大臣そして、丸川珠代参議院議員が登壇した。

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坂本候補擁立には佃市長の思いが強い!横に長い静岡県の中と西に政令市があり、県政と産業経済の中枢を占めている。どうしても東の端には目と気が届きにくいようだ。三島市出身の坂本候補は3年半の副知事経験者でもあり、県内の概ねが解っている適任者である。当然、伊豆への施策展開も期待できる。厳しい観光経済状況の中、従前の観光観念では人の心は掴めない!私は10年前に新たな観光の扉を開く方向として、観光と健康のリンクを伊東商工会議所50周年記念シンポで述べた記憶があります。観光と健康の字を置き換えて「観康・健光」観る人達に康らぎを・健やかなることに光りを・・・と定義付けました。タイではセレブの医観連携ツアーが既に始まっています。そして5年前から教育と観光をリンクした大学伊東ゼミを地域間通貨活動の中で進化させています。観光はあらゆるジャンルと連結できる交流経済の発信基地だと思うのです。坂本候補には人に優しい子育て支援と斬新で柔軟な観光経済の展開を期待するところです。

2009年7月 1日 (水)

医療基金寄付

7/1(水)知人のTさんが経営するお店のゴルフコンペがあった。もう12回を数えている。いつも罰金ホールを設けてその浄財を伊東市の医療基金に寄付をしてくだる。

Img_2  40人以上の方々の協力(ワンオンしなかった心優しい皆様へ感謝)を持って来てくれたのだ。私はその思いを繋げるお役目である。伊東市民の安全安心の要!新市民病院は後4年足らずで開院する。17診療科目の先進医療機器が備わった地域支援指向型の病院は伊豆半島全体をも包含した生命の最前線になる。市民の協力で着々と基金も増え、完成に向かって前進している。

松原八幡神社夏越の大祓式

6/30(火)午後3時から松原八幡神社恒例の夏越の大祓式が行われた。氏子会、区会、町内会、市議に大勢の崇拝者と御船歌保存会が参集した。

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一年の半分が過ぎて、身に心に背負った災いを祓って後の半年を大過なく過ごすための儀式なのだ。勿論もう一方で、うっとうしい梅雨時と暑くなる夏への健康を祈願することも大きなお願い事である。輪をくぐり礼拝し、祝詞を頂いて玉串を奉奠した。そして、御船歌「初春」を奉納して恙なく式典を終了した。故事に習うことで先進した文明に隠れてしまった生活の注意点や四季一年の自然との関わりなどを改めて考えさせてくれる。地域で守るべきことは多い!

2009年6月27日 (土)

変則交差点の恐怖

去る6/14(日)の真夜中に桜木町交差点で車が店舗に飛び込む交通事故があった。この交差点は変則な四辻で交通の難所だったことから、見通しを良くする為に市が土地の買収をして歩道を新設し安全交通への改善をしたところである。ところが、その後立て続けに5件の交通事故がつづいている皮肉は、何が要因なのだろうか?とりもなおさず運転者の不注意である。見通しの良さが注意への喚起を鈍くしているようだ。実は、突っ込まれたお店のオーナーは私の同級生である。岡区や町内会からの要望は既に出ていたが、同級生のN君を訪ねて状況と希望を聞き、私の考えを伝えた。その足で伊東警察署交通課長と面談し、更にその足で市建設部長へ安全環境への詳細を強く訴えた。Img_2120 Img_2122 Img_2119 Img_2121

数日してN君から℡で「止まれ」の道路標示が付いた旨の連絡があった。6/24早速撮影に行った。カーブミラーの設置中だった。次は交差点のカラー化と店舗側のガードレール設置である。本当は加えて点滅信号の設置が望ましいと、更に希望をのべたのだが・・・交通課長は難しい顔をしていた。いずれにしても歩くのも、運転するのも全て「人」である。人が交通安全の意識を強く持つことが一番大切なことである。

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Img_2155 7/2同級生のN君からメールが入った。店の前にガードレールが付いたとのことだった。早速確認に行った。安全への意識を促す環境が整い始めた。

8/15 その後の進捗を確認に行った。交差点内のカラー化ともし表示の強化がなされていた。Img_2542 Img_2543 先ずは安全体制が整ったところだが、先日も事故があったと言う。元の変則な交差点を改良して見通しを良くしたのに・・・何故事故が増えたのか?確信のない安心感をもたらしてしまったのか?かくなる上は、信号機の設置なのか?・・・待て待て、何よりも運転手や歩行者の交通マナーや心がけを再確認しよう!此処を通るときは格別の注意を払おう!気になる交差点には、人一倍気を遣おう・・・事故で喜ぶ人はいない!みんなが不幸になる。

2009年6月26日 (金)

雨が怖い赤道

南伊東駅の裏に市民病院まで続く赤道がある。階段と踏み分け道のような急坂であるが故に、大雨には上から落ち葉・木枝・石・泥が川のような状態で押し寄せて来るという。早速確認に行った。

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水流で掘られた側溝は雨水を導く機能は全くなく、山からの濁流は家に入ってしまう。更に下のお宅にまで流れ込むと言う。大雨の翌日に現地検証に伺った。

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8時半を回って到着したが、既にかき集められ処理された後だった。が、側溝に面した路面には吹き上げた残骸の一部が残っていた。この様子から押して知るべしの状況である。二軒のお宅は永い間ずっとこの後片付けをしてきたことになる。早速写真を撮り建設課に持ち込んだ。一部赤道である。職員に現場を確認してもらい、上のお宅のところまでU字側溝を入れてもらうことにした。これでも足りないと思うが、先ずは第一歩が進んだ。継続調査をしていく。

2009年6月24日 (水)

静岡県知事選挙

6/22(月)常任総務委員会が午前中で終了したので12時からの静岡県知事候補/坂本ゆきこ氏の街頭演説に参加した。キネマ通り中央の四辻は沢山の支持者で溢れていた。

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 佃市長の応援演説の時には5/22の市長選挙の熱気を思い出した。参議院議員山本一太氏も駆けつけた。坂本ゆきこ候補の演説は落ち着いた説得力のある、母の包容力に満ちた慈愛溢れるものだった。100年に一度という大不況の中、人の心根までに寂しい風が吹いている時には、女性の知事も良い選択肢だ・・・と強く感じた。与える側の指向ではなく、受ける側の指向を持ち合わせた施政の在り方が必要なのだ。

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 三島に生まれ育ち地元を知り、副知事で県内の多くを知り、参議院で国から見た地方自治を考え、国と地方をまぜこぜにしない地方主権を目指して行くのだ。イメージカラーは静岡県のオレンジ!真っさらな無地のオレンジの幟が坂本ゆきこの象徴だと感じた。県下津々浦々、様々な県民の思い、願いの一つひとつを、このオレンジの幟に書き込んで、幸せに結びつけていくのだと思った。地味すぎる程に地味な、ごくごく普通の言葉で伝える自然さに、足下の着実な生活施政の姿が見えた。大した力ではないが、総力を挙げて応援する。

2009年6月23日 (火)

平成21年6月定例議会/一般質問

6/15~26の日程で6月定例会が開催された。初日2番目の登壇で一般質問を行った。「216.doc」をダウンロード

 

2009年5月14日 (木)

狭隘湾曲な道路

 5/14(木)松原八幡神社へ向かう道路が狭隘な上に湾曲が激しくて甚だ不便で危険である。状況確認の為に現場で写真を撮り、宮司を訪ねた。Img_2048 Img_2049 Img_2050 Img_2051

寺山町の名の通り急峻な坂道に緊急車両の通行には無理がある。従って火災や天災時の対応は物理的に困難が予想されるし救急救命への安全安心も確保出来にくい。何とか対策をしたい。勿論消防活動への困難さも残念ながら実績がある。消火栓の高低差が圧力を低下させることになる。私は今、防火貯水タンクの設置を研究している。安心して暮らせる地域づくりは、行政の責任として、その具現を目指す。

2009年5月12日 (火)

懸案の安全通学路

5/11(月)今年2月から要望を出していた弥生が丘からユニーへ向かう農道の路側帯設置が実現した。100名以上の通学児童が登下校するこの道は、両側に50㎝幅の外側線で歩車道を区切ってあったのだが、はなはだ危険な通学路になっていた。そこで、両方の外側線を消去して片側に100㎝の外側線を引いて歩道の確保とした。弥生が丘の組長さん、城星7-4組長さん、町内会長名で提出した要望は3ヶ月で具現化した。このほどの緊急雇用対策事業にあてはめた迅速な対応に現市長の現場主義を看た思いだ。改修前と改修後の比較をしてみた。Img_1409 Img_1411 Img_1413

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車道が狭くなった分、車の走行に慎重になるはずだ。歩行者の安全が優先される道づくりが「くらしのみちゾーン」施策につながっている。

2009年4月29日 (水)

伊東湯めクーポン発売

伊東市は、4/22~26まで緊急経済支援・消費拡大を目的とした伊東湯めシールを発売した。5000円で5500円分の商品券10万セット総額5億5千万円の大事業である。水~金までは三島信金とJAで、土と日は市役所で販売した。5日間の売り上げは3億5千5百万円で予定販売額を遙かに越えてしまった。定額給付金と連動した施策は的を得て多くの支持を戴いたことになる。Img_1975残りは5月中に販売するが、市民の要望によっては第2弾も考えられると思う。昨年秋の緊急経済支援利子補給から間髪を入れない緊急雇用対策、建築関係への提案型地域事業による Img_1978 1億3千万円、171件の経済支援も大きい。現市長の行政経営手腕が国県はもとより、様々な市町から評価を戴いている。ただ、このような経済刺激策をもっと民間が活用して知恵と経済が循環する努力をしたいものである。他人頼みで見ているだけでは明るい未来は開かない。

2009年4月28日 (火)

伊東市消防団ポンプ操法競技会

4/26(日)東小学校校庭で消防団の日頃の訓練と成果を競うポンプ操法競技会開催された。市内17分団の精鋭がきびきびした緊張感の中で取り組む姿に、日頃の防火・防災への安全安心を守っている心意気を強く感じるとともに感謝を申し述べたい。Img_1959 Img_1962 Img_1965 Img_1969

競技の結果はどうあれ、益々の精進をお願いして労をねぎらいたい。

2009年4月25日 (土)

生活道路状況視察

4/21(木)前々から要望があった南部地区分譲地の道路状況を視察した。基本的には分譲地管理者が整備することだが、伊東市民が日々の生活に支障をきたしていることは事実である。可能不可能は別としても対応の可能性を探しに出かけた。Img_1927 Img_1929 Img_1930 Img_1928

これは、その一例に過ぎないが、歩きにくいどころではなく車の走行も苦難のようだ。側溝が詰まり道路が川状になれば砂利や土も流れてしまう。ドンドン凹凸が著しくなっていく悪循環である。早急に、市が出来る応急処置と地域住民による側溝機能の回復作業が協働のもとに展開する策を講じたい。

2009年3月 2日 (月)

生活道路の雨水処理機能

2/27(金)ユニーの近くなのだが、大雨が川状態になってしまう生活道路があり、予てから改善に気を病んでいた。大きな雨の度にカメラを持って現場に行き状況確認と撮影をするのだ。ひどいときは取水口が噴水のように吹き上がってしまう。日頃の湿気はご近所の心配の種である。

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この程度は良い方なのだ!城と赤のU型ポール手前が取水口で、この下に配水管が合流している。上からと横からの合流雨水を側溝で処理したいと申し入れていた。

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改修工事後の状態である。このグレーチングならば木の葉や枝で埋まることは無いだろう。万全の改善とはいかないだろうが、今後の経過を追っていくつもりだ。地道に地域の声を聴いて対応に漕ぎ着けることが安全安心づくりである。

新しい消防はしご車

2/26(木)9時20分から災害対応特殊屈折はしご付消防ポンプ自動車の市長検収に常任総務委員として立ち会いをした。

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無数のお雛様が飾られた市役所135号線側玄関前に最新式の消防自動車が待機していた。このはしご車は伸縮と屈折ブームによって障害物のある高所や崖下などの低所に機能的な対応ができる。地上25㍍地表マイナス6㍍の強者は伊東市民の安全安心を保管する大きな味方である。また、高圧噴霧装置の装備によって、少ない水量で最大限の消火が可能となった。万が一・・・の準備なのだが、出動しないことが望ましいことである。ちなみに価格は8379万円なのだ。

2009年1月31日 (土)

伊東市議会常任総務委員会熊本視察

1/21(水)・22(木)・23(金)の日程で熊本市・玉名市・宇土市を視察した。視察行程で雨に出会ったのは初めてだったと記憶している。総勢11名の中で、誰かよほどの雨男がいたに違いない。熊本市役所とのアポイントは13時半なので市内で昼食を取った。

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 孟宗竹をアレンジしたお正月のオブジェが玄関に飾ってある。中に電気を配して光のモニュメント風に仕上げてある。伊東市でも竹を活用して、様々な絵柄をくり抜いたスタンド風のランプシェードが松川の遊歩道に情緒をつくり出している。

 熊本市「まちづくり戦略計画」は、自然と調和した 市民が主役の 活気ある熊本の実現 を基本目標に平成16年度から20年度の5カ年で行政評価制度導入によって実施しているとのことでした。人口約70万人の行政運営を市民1万人のアンケートを集約して現状数値をたたき出し、その指針から目標数値を設定する。5カ年の評価から改善、見直しをして次の目標を定めるのだ。その計画書は1000ページを有に越える膨大なものだった。何事にも現状の数値把握が曖昧であれば、指針を見いだすことが出来ない。目標値なんて無意味なことだ。伊東市の観光指数は正しく算出されているのだろうか?イベント等の主催者発表が規準だと少々心配になる。

玉名市では、玉名21の星事業を勉強した。地域のまちづくりを行政区ではなく学校区で委員会設置していることが新鮮だった。まちづくりの基本は民・官協働であるが、時間と労力だけでは達ちいかないことが多々である。が、この施策では3カ年継続の中で500万円の助成金支援がある。伊東市の地域支援元気づくり助成制度を拡大した方法が有り難く感じられた。

 宇土市では行財政改革の取り組みについてお話しを伺った。特に印象深かったのは、納税収納率が98%以上であることだ。人口、市域とも伊東市のおよそ半分という小さなコミュニティが恥ずかしいことは出来ない意識に繋がっているらしい?が、折り込みチラシで納税と未納への周知を徹底している成果が大きいようだ。扶助費も伊東市の4分の1位いなのは、自主自立の精神がアイデンティティとしてDNA化しているのかもしれない。

 今回の視察では熊本を拠点として移動した。自由時間を利用して熊本の街を歩いてみた。先ず、案内サインである。

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 大きな交差点には直方体の識柱に地図と方向が示されている。ふと下を見ると、レトロ感覚溢れる路面サインが埋め込まれていた。雨の中、傘をさしての街歩きは熊本城まで続いた。残念ながら閉館時間を過ぎて入城出来なかった。あきらめてアーケード街に行った。20~30メートル近い道幅の長い長い商店街が続いている。人並みも賑わいもかなりのものだった。伊東との違いは若者が沢山いたことだ。需要を考えればファッションのお店が多いことがうなずける。

 翌日、視察が終わって閉館間近の熊本城と細川刑部邸へ走った。時代の息吹が伝わってきた。加藤清正の後、3代細川忠利へと引き継がれた熊本城は400年が経過している。明治10年、西南戦争で消失したのち昭和中期に復元したのだが、流石三大名城の一つだ。伊東宇佐美には「羽柴越中守石場」と刻まれた大石がある。2代細川忠興が江戸城の築城に石を採出した歴史的遺産である。

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 城郭を囲う長塀に沿って坪井川が流れている。内堀の役目をしているのだ。この遊歩道にもまちづくり活動の情報が潜んでいる。川越しに城を眺めるビュースポットである。

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松川周辺の散策路、東海館を眺望する張り出しスポットは、活動の中で提案している事項の一つだ。

 大急ぎで細川刑部邸まで足を延ばした。忠興の5男である。

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唐破風の玄関に東海館の面影を浮かべて中に入った。入り組んだ武家屋敷は迷子になりそうだ。きっと大きな立ち回りをさせない為だと感じた。秘密の抜け穴が有るに違いない・・・探したが見あたらない(笑)この刑部邸は、別の場所から城郭内に移築したのだそうだ。

 視察した3市に共通していたことは、街が清潔で綺麗なことだ。清掃員を配置している訳でもない筈だし、自分の回りの管理責任が箇々に果たされているのだと思う。歴史の町は教えられることが多い!

2009年1月13日 (火)

平成21年伊東市成人式

1/11(日)sun10時半~観光会館ホールで成人式が開催された。

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 初めての平成生まれが含まれた新成人は、およそ670人、この日の式典への参加は539人だった。少年少女合唱団のオープニングから市長祝辞、親からのメッセージ、中学3年担任教諭の一言、新成人代表の二十歳の誓い・・・と無事に式典を終了した。5年前に全国発信してしまった荒れた成人式からの教訓が、実行委員会の様々なご苦労が企画、配慮に垣間見える。それでも厳粛な空気を破る者達はいるものだ。目立とうとする表現の奥底に、自身の二十歳の誓いがあるものと信じている。おめでとう!!

2009年1月10日 (土)

伊東市出初式

1/6(火)今年も出初めの式典が観光会館で執り行われた。15行政区17の分団の勢揃いである。Img_1346 Img_1350 Img_1352

日頃の消防活動が地域の安全安心を作ってくれる。関係者と団員諸君の日頃の心掛けに心から御礼を申し上げる。滞りなく式次が済み、分列行進、一斉放水で全ての出初式が終了した。

2008年11月26日 (水)

ダイバーズ誘客作戦

20081126130702 11/23(日)伊豆海洋公園ダイビングセンター主催のイベントに商店街がスクラムする誘客作戦を仕掛けた。伊東には年・約10万人のダイバーが訪れるのだ。何とか街に入ってもらおうと4つの商店街に声掛けをした。その結果18事業所が協賛して「水中宝探し」の景品やサービスを展開した。およそ500人のダイバーさん達は、午後3時にイベントを終了して帰路に着く。その途中で商店街に立ち寄ってもらう企画なのだ。

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 駅近くの旧東海自動車車庫跡地をダイバーズ専用駐車場にして心待ちにしていた。

 11/26(水)18店を訪問して来店状況の聞き取りをした。景品の交換や買い物券の利用は10件に届かなかったようだ。初めての企画でもあり周知が浅かったと思う。めげてはいけない!!継続することが周知の強化のなるのだ。協賛店の継続と増強がエンジンになる。更なる研究の中から 、明日に繋げる架け橋を見つけ出したい。 

2008年11月19日 (水)

福祉イベント

 11/16(日)10時から「ふれあい広場」が市役所で開催された。例年は駐車場を利用したバザーや車椅子のダンスなどが施設の方々や市民、各団体の皆さんが一体となって盛り上げるのだが、雨天のためホール内に集結した。沢山の福祉に係わる方々やご家族の皆さんで賑わった。

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 県東部特別支援学校や折り紙コーナー、バザーはいつもながらの大混雑状態だ!!どのようなイベントも下支えの方々あっての成せる技である。感謝! 1時間ほど各コーナーを見せていただき、お話しも伺いながら次のイベントへ移動した。

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 いとうの杜「福祉祭り」におじゃまをした。入所者のご家族や関係者、来賓へのホスピタリティ溢れる手作り企画で迎えてくれた。今ご不自由な思いをされている方々が若かりし頃、その息吹で今日の日本が築かれて来たのだ。我々は有り難き心を持って支えなければいけないと思う。音楽ありゲームあり、食べ物もありの心づくしにまた感謝である。心根と経済の両方から厳しい風が吹き荒んでいる。地方の一議員として足下の小さな安心を積み上げていく!!

2008年11月15日 (土)

国民健康保険運営協議会

 11/13(木)15時から国保運営協議会が行われた。議題は、伊東市国民健康保険給付額の改正についてである。市長から、出産育児一時金の改正を諮問された。従来35万円だった一時金を38万円にするためである。その内容は、通常の妊娠、分娩にもかかわらず脳性麻痺となった小児に3000万円を支払う産科医療保障制度が来年1月から開始することからである。

 3万円の内分けは、交付金2万、国保1万が負担するので、この3万円が出産費用に上乗せになるものの個人の負担ににはならない。従前だと、脳性麻痺の子供を持った場合、医療費の免除のみだったので安心への厚みが増したことと賛成した。

 産科医療者は、3万円×出産者分を日本医療機能評価機構へ納付することが義務づけられるのだが、出産費用が回収されない場合もあるらしい。大変なリスクになると、唯でさえ薄くなっている産科体制に影響が出たら・・・と心配になる。伊東市民病院の医療未収金の累計は約8500万円に及ぶ!!厳しい他市の病院状況の中で、3.5人態勢の伊東市民病院産科医療環境は市民にとって大きな下支えになっている。市民の責任として払うお金は払わなければいけない。税金や使用料などの未収金が、伊東市の年間予算の約5%12億円くらい有ることを改めて考えなければならない。

2008年11月14日 (金)

ごみの排出と収集

 12月1日からごみの有料化が本格実施になる。本来10月1日からの条例施行なのだが(事業系は10/1から実施)、2ヶ月間を準備期間として周知の徹底を図ってきたものの、中々理解が徹底しないようだ。今朝も近くのごみステーションに事業系ごみ袋が数個出されていた。市はステッカーを貼って1週間ほど放置し、改めて回収している。Img_0951 Img_0952

 ごみステーションでの事業系ごみ(緑色袋)は回収をしない事になっている。事業者であっても1回の排出が家庭系ごみ袋(45L)で3袋にとどまる所は、家庭系ごみとして青色袋でステーションに出して良いのだが周知が徹底できないようだ。もともと事業系ごみは、産業廃棄物なのだから事業系緑色袋に入れて回収業者に出すか、自己搬入することが基本なのだ。まもなく2ヶ月の準備期間も終わる今、もう一度現況の精査をして行き届かない部分をあぶり出し、再周知をすべきと思っている。また、事業者、一般市民ともごみ排出のルールを再確認し分別の徹底に努めることが、ごみ量の削減と地球温暖化への取り組みになる。家族ぐるみ、地域ぐるみで推進していく意識づくりが大切である。

2008年11月 4日 (火)

ごみフェスティバル

 11/2(日)10時からごみフェスティバルin伊東が開催された。時間前から市役所を玄関前は黒山である。Img_0728 Img_0733 Img_0736

 ロビーでは絵画展の表彰式が始まっている。表彰場を取り巻くように循環型社会を構築する様々な提案やアトラクションブースが人だかりをつくっている。Img_0729

 お揃いのスタジャンは、秋龍山のポイ捨て禁止イラストを背中に背負っている(実は、この背中は市長なのです)。時にポイ捨てを見かけることがあるのだが、ポイ捨て条例で2万円の罰金を科せられた話は聞いたことがない。一人ひとりのモラルに追うところが多いゴミ行政である。我が家では分別の再確認からゴミの量は圧倒的に減っている。45リットルは30リットルにコストダウンし、ゴミ袋の体積は変わらなくとも、細かく裁断して納めると週3枚が2枚になった。雑紙の資源ゴミ分別が可燃ゴミの減量に役立っているのだ。我が家のため、街のため、伊東のため、日本のため、地球のための意識改革だ!!

2008年11月 1日 (土)

会派視察/長崎・島原

 10/27~29の日程で、我々正風・興志会は長崎市と島原市の視察を行った。伊東を朝6時44分に出発して長崎空港へ着いたのは11時半だった。古そうで大きくない飛行機は、心許なく心配したのだが、機上の人となるからには覚悟を決めて(ちょっと大げさ?)の搭乗である。昼食後、長崎市役所に向かい、およそ2時間の研修とQ&Aを行い、その後全国に有名な田上富久市長を表敬した。柔和でいて実行力に溢れた若き市長に面識を得たことは有意義であった。その後、先方事務局の案内による市内視察となった。

今回のテーマは、長崎「さるく」の仕組み、取り組み、ボランティアガイドの見聞である。

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長崎原爆資料館・原爆落下中心地・平和公園と案内いただいた。目の当たりに見上げる平和祈念像は、世界に向かって核の廃絶と人類の平和を力強く投げかけていた。地元長崎の巨匠・北村西望に触れた事は大きな感動である。ダイナミックの反対側にある繊細さときめ細やかな表情を伝える「喜ぶ少女」が大好きである。私は、そのレプリカを大事にしている。

 「さるく」とはブラブラ歩くと言う長崎弁なのだそうだ。さるくガイドは約500人の登録があり、実働は150人から200人と言う。昨年のさるくガイドツアー参加は20000人を越えた。参加費用は500円、ガイドへは交通費として1000円を支払う仕組みだ。1グループは15人が定員だが、配信した日程への参加者が0人でもガイド料1000円は支給するのだそうだ。運営は、国際観光コンベンション協会であり、市職の出向局長と2名のスタッフで切り盛りしている。年間予算は3500万円で、その内2000万円が市の補助金である。不足の1500万円はガイド料・冊子販売などでまかなうのだが、商売感覚を問われることになる。今年8月から、全国公募によって採用した民間局長の手腕に期待をするところである。御案内いただいた長崎市議会事務局の皆様には心から御礼を申し上げます。

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 私は、夕食までの少しの時間を市街地散策としゃれ込んだ。路面電車の走る光景がレトロ感を引き立たせる。何処まで乗っても1乗車100円なので、県営バスも初乗り料金を140円に抑えているそうだ。たまに訪れるオランダ・アムステルダムのトラムは2両編成で市街地の足となっているが、ここは懐古的な風情がある。アーケードに入ると大きな垂れ幕が下がっていた。県産品愛用運動のキャンペーンだった。方言が新鮮である。小洒落たお店も多く、あっという間に時間が過ぎる。

 10/28(火)8時半、路面電車(一日券500円)で西浜町から大浦天守堂下まで行った。9時に「さるく」ガイドさんとの待ち合わせなのだ。

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 挨拶では、一時間のガイドでは伝えきれないと残念そうに言っていた。事前に伊東市の市議会議員の面々と聞いていたことでびびっていたらしいが、ガイド力は大したものだ。正規のルートとは違うオリジナルコースの設定をしてくれたようだ。

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 途中、ユニークな看板を見つけた。異文化の歴史は、住まう人々に発想の転換を与えたのだろうか?グラバースカイロードに乗ると頂上にはグラバー園である。時間が無く園内には入らず終いだったが、南山手レストハウスで思いがけない出会いとなった。吉田初三郎の観光鳥瞰図である。長崎から東京までを繋いだ超ワイド作だった。初三郎さんは、我が伊東市の鳥瞰図も描いているのだ。

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 レストハウスからの眺望を前にして祈念坂を下ると路面工事に出会った。歴史を刻んだ修景工事は復元という責務を負うのだ。一枚一枚の平石に番号をふって元の位置に戻さなければならない。大変だ!ご苦労様!今度は、風変わりな風景に出会った。神社とお寺と教会が混在する三角ポイントだ。他宗教を否定するのではなく、協調と調和の中で町を創ってきたグローバルな歴史観なのかも知れない。Img_0596 Img_0597

  金ぴかの本堂で説経中の和尚様を横に見て路地を抜けると大浦天主堂の真ん前に出た。見渡すと幾つものグループが「さるく」ガイドの案内を受けている。修学旅行の学生も大きな観光誘客対象である。また、興味津々のミドル&シニアのおばさん(失礼!)とともに、若い女性グループも目立っていた。長崎は幅広い人々に支持される歴史と文化が際立っている。「長崎さるく」の豊富なメニューは、さるくガイドの生き甲斐になっているようだ。プランづくりから実践までの関わりは生涯学習と健康づくりとした市民参画の実のある施策と感じた。

 長崎市の人口は約45万人、昨年度の観光客数は約564万人、宿泊客数は約252万人である。

Img_0608  長崎を後にしてジャンボタクシーで島原市に向かった。途中の道路面がブルーに染められていることに気がついた。よく見ると、粗めのアスファルトに染料を溶かし込んだ感じがした。遠景に海の青、天上に空の青をつなぐ地上路の青は、見習えるアイディアだ。我が伊東市の海岸線をオーシャンブルーに染めたらどうだろう!!熱海との境から東伊豆町の境までの青い海岸道路が伊東市であることのメッセージになる。上空からの鳥瞰的視点も伊東市のアイデンティティとして位置付くのでは・・・と考えた。

 島原市でのテーマは、噴火からの復興の取り組みとまちづくり、街並みや景観を活かした観光施策についてである。13時過ぎから島原市役所で研修を行った。昨年伊東市を訪れた職員もあったり、木下杢太郎が訪れた(五足の靴)との因縁など多岐にわたる意見交換が有意義な時間を経過させたと感じるものだった。

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研修が終わり、フィールドワークとなる。先ずは島原城である。石垣だけの城趾を復元した美しいお城である。城下町としてのまちづくりは、規則正しい路の在り方で区画されている。まちづくりで成功している事例は、その殆どが城下町であり門前町であると言っていいと思う。求心力を持つ中心と、それを支える取り巻きと住民の遠心力が交差して歴史や文化が創られたと言える。島原の有形無形の潜在観光資源が、その眠りから覚まされて行くのだろうと・・・懐の深さを感じた。Img_0647

 武家屋敷の佇まいと周辺景観は素晴らしく興味深いものがある。11月に封切りとなる映画「まぼろしの邪馬台国」は、此処で撮影された。石塀と石塀を隔てる一本の道、その中央をこうこうと水を運ぶ小さな川が、有るがままの草花に囲まれて息吹いている。屋敷の屋根瓦、欄間板、手水鉢がかっての生活感を漂わせる。眼を閉じると、吉永小百合が台所に、竹中直人が座敷膳の前に座っている光景が浮かんでくる。街並み整備事業は、7つの地域で結ばれた街づくり協定が基盤となる。湧水を生かしたまちづくり、島原城との調和した景観づくり、鯉の泳ぐまち等にその成果が見えた。

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Img_0642 Img_0634 Img_0648 Img_0651 Img_0649 Img_0652 Img_0664ここは、時計の針がゆっくりと動いているような錯覚を覚えさせる。民間資産の景観改修は、官民の心地良い協働の中でしか成し得ない訳で、点在するそれぞれのポイントが連携することでコンパクトなノスタルジックシティになる。これは、歴史と文化のテーマパークなのだ。

10/29(水)今日は火山に関する緒テーマである。島原議会事務局調査係長の菅氏が案内役を務めてくれた。先ずは火山体験学習施設/がまだすドームだ。1990年11月に始まった平成噴火から1996年6月の噴火終息宣言までの道筋が、このドームに集積されている。Img_0684

 がまだすドーム駐車場から見た平成新山の景観である。館内に入り驚いた。様々な展示物の中に大室山が紹介されていたのだ。現在、火山の記念物文化財の国指定は、北海道の昭和新山と此処島原の平成新山である。実は、3番目の国指定候補が伊東市の大室山なのだ。既に文化庁の調査もあり、地元の合意を待つばかり(・・・と私は信じている)だ。私は2度ほど一般質問で取り上げ、市の意向を確かめているのだ。Img_0687 Img_0685 Img_0686 Img_0689 Img_0694

 次ぎに、眉山を廻って平成新山ネイチャーセンターを訪ねた。環境省が緑のダイヤモンド計画の一環として建設、開館した総工費10億5千万円の施設である。噴火後の自然環境の調査研究が主な使命であり、環境省の外郭団体である自然公園財団雲仙支部が管理運営をしている。数カ所のシェルターが設置され、メイン施設には500度の火砕流に耐えるシャッターも設置されていた。

Img_0702  菅さんには結局、島原駅まで送っていただいた。2日間にわたる島原市の行政視察にご配慮くださったことに心から感謝したいと思う。島原の子守歌のブロンズ像から見渡す先に島原城が位置していた。駅を取り巻く諸設備の意匠が島原城の景観とマッチしていることが、求心拠点への配慮であり、行政施策の現れと感じた。Img_0705 Img_0706 Img_0708 Img_0707

 島原鉄道で諫早に向かう。ローカルの一両電車は、外も中も「まぼろしの邪馬台国」でラッピングしてある。盲目の作家宮崎康平氏は島原鉄道の社長で、郷土史研究家でもあった。邪馬台国への浪漫が研究と執筆に駆り立てたに違いない。

 島原市の人口約5万人、平成19年度来遊客約136万人、宿泊客約21万人

Img_0713 過ぎ去り行くレール。Img_0717

 未来に走り行くレール・・・の後先に思いを馳せながら諫早に向かった。

 そこからはバスで長崎空港を目指す。フライトは15時20分のJAL1850便で機上の人となる。

 今回の個人(会派)視察は正風・興志会4名Img_0697

 平成新山を背景の記念写真である。

 あらためて伊東市の観光実績の大きさを感じた反面、足りない頑張りを感じた視察だった。およそ900万人のピークを誇った来遊客数も、現状約700万人とは言え、人口6.6倍の長崎市よりも156万人も多い来遊客、人口10分の6の島原市よりも564万人も多いお客様の実体を見るに付け、神奈川・東京・関東の市場性の豊かさに胡座(あぐら)をかいてきたのではないか?もっと誇れる素材の活用や人づくりへの反省を行政経営に活かすべきではないか?と考えさせられた。

Img_0604_2  トルコライス・長崎天ぷら・具雑煮・長崎チャンポンなどその地その地の食も体験した2泊3日は、議会事務局小川職員の随行によって充実の終了を迎えることができた。感謝!!

 伊東駅着19時21分・・・。

 

 

2008年10月30日 (木)

伊東旧見番第6回豊楽踊り

10/26(日)伊東旧見番の第6回伊東豊楽踊りが開催された。

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 伊東には幾つかの芸者見番があるが、お店で言えば、旧見番は老舗と位置付くのだろう。横田理事長を先頭に、伊東温泉の芸妓文化を支えている。日々のお稽古で積み重ねた成果を、実りの秋の豊穣に照らしてご披露する、この時節の伝統であろうと推察している。

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 芸者衆の顔見せから、配られた「伊東小唄」が披露された。この日の為に振り付けされ、艶やかに舞われたこの歌は、北原白秋作詞、町田嘉章作詞の大したものなのだ。

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 長唄、いろどりの舞、総踊りの2時間は、自分にとっての未体験ゾーンに足を踏み入れた異空間となった。観光の方々が、伊東のお座敷文化をもっと気軽に体感できたら楽しいと思う。そんな場所づくりが私たちの使命でもある。

 伺い聞くところでは、芸者の起源を辿ると巫女に行きあたるそうだ。天の岩戸を舞い開いた「アメノウズメノミコト」にも通ずるのかもしれない。平安時代は白拍子、源義経の恋人「静御前」もそうだったそうである。江戸時代には出雲の阿国が登場する。また、江戸吉原では、芸妓は娼妓と区別され、歌や踊り、三味線など歌舞音曲と巧みな話術で座を盛り上げる大切な職業であったそうだ。幕末から明治になると政治の陰の部分にその器量を発揮し、口の硬い信用できる接待役としての責務も担ったようだ。時代を動かした重要人物の奥様になった芸妓も少なくはなかったと言う。

 いずれにしても、伊東温泉の観光文化の担い手として、日々のお稽古に励んで欲しいと思う。私は改めて、市民一人一人の役割が有ることを自分自身に言い聞かせたい。 

ぐらんぱるぽーと旅の駅一周年

10/26(日)11時から伊豆高原の「ぐらんぱるぽーと」旅の駅一周年式典が開催された。

Img_0521 伊豆シャボテン公園グループの経営展開は、伊東市の経営に様々な示唆を与えてくれる。観光伊東のアンテナとして高感度の情報収集と発信を実行し、私たちに魅せてくれる。1年で目標の来場者50万人を上回ること10数万人を達成しているとの報告を戴いた。此の地は、関東から伊豆にお越しになる方々に対しては、伊東の最後尾であり、お帰りの際には伊東の先頭に位置する責任の重い場所である。楽しくて・嬉しくて・心地良い旅の思い出をお買い上げの包装紙の中に包むホスピタリティが着実な成果に繋がっているものと感じている。あいにくの荒天で会場を室内に移動したが、外では取り取りのアトラクションが展開されている。Img_0520 Img_0522

 来場のお客様方も立ち止まって、太鼓や津軽三味線の演奏に聞き入っていた。これからも伊豆シャボテン公園グループの観光戦略は見逃せない・・・と、常に眼を見張っている自分である。

 

2008年10月24日 (金)

インバウンド誘客促進

 10/23(木)伊東市20年度観光経済部予算としてインバウンド誘客促進補助事業がある。来年開港予定の富士山静岡空港のインバウンドを活かす為にも受け入れ態勢の推進が鍵を握っている。今回は、市内主要ポイントへの多国語表示案内サイン設置を視野に観光、都市計画両課との現場調査を実施した。

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 伊東駅広場から各商店街を客観的視線で確認しながら設置ポイントをチェックする。道路交通法的規制や屋外広告物としての縛りの中で効果的箇所への効果的案内物の設置がなかなか難しい。公安や行政、民間との厚意的連携が協働の姿として具体化するように、自身が出来るコラボレーションを進めたいと考えている。

2008年10月22日 (水)

伊豆シャボテン公園開園49周年

10/19(日)伊豆シャボテン公園開園49周年記念式典に参席させていただいた。

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伊豆伊東に根ざしたシャボテン公園は、来年で50周年を迎える。この大事業に繋げる最後の一歩が49周年の今年であり、先人の築いた企業史への感謝と新生創造への社員一丸の再確認と位置づけるものと察している。伊豆・伊東は、50年前の9月26日に狩野川台風で大変な被害に出会った。天災による破壊は観光地にとって多大な打撃であり、地域住民の心や生活までが暗雲で覆われてしまった、そんな翌年に伊豆シャボテン公園が開園したのだ。まさに観光伊東の暗雲を吹き飛ばすトピックスだったと思う。その後、伊豆スカイラインの開通、伊豆急伊東-下田開通と、伊豆半島に繁栄への夢と希望を与えた観光経済の扉を開く先駆けが、伊豆シャボテン公園だったと推察している。また近年の企業努力は、伊東市経営に刺激となるインバウンドの事業展開であり、その貢献度は高く評価するものである。

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 お馴染みのチンパンジーショーや、来年創設10周年を迎える伊東スパークスのスティールパン演奏と、来園のお客様へのプレゼンテーションは楽しいものばかりだ。また、コスタリカ展の開催も興味深い展示だった。

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 バルサのお面、太陽の迷路を記した「モラ」の刺繍、コーディネートされた遠藤先生の押し花も大室高原の大自然の中にフィットしていた。

 伊豆シャボテン公園グループの更なる発展とともに、一歩先を見据えた事業展開に大きな期待と同時に、私自身の勉強の対象として御指導を賜りたいと思う。

2008年9月28日 (日)

国民健康保険の勉強

9/26(金)静岡グランシップで行われた平成20年度市町国民健康保険運営協議会委員研修会に参加した。Img_0160

 朝7時40分に、委員乗り合い車に同乗して静岡に向かった。八幡野、富戸、吉田、玖須美、岡の各区長さんに佐々木議員と私、市保険福祉部の担当者、計8名の委員である。およそ2時間半で会場に着くと既に、各市町の委員さんが席に着いている。Img_0158

 早速、長寿医療制度(後期高齢者医療制度)を始めとする国保の現状と報告が行われた。国の都合で様々に変化するたびにご本人や各市町の混乱が後を絶たない。どのような仕組みにしたら良いのか私の頭の中で理論づけは出来ないが、国民皆保険制度ならば、何処の市町でも同様の負担とサービスができる仕組みで有って欲しいと思う。市町の力量の違いは交付税のように補えないのか?誰にもが解る、解りやすい仕組みが良い。Img_0159

 混乱する頭の中を休める昼食タイムになった。静岡のお茶とお弁当はひとときの癒しとなったが、我が脳の中は未だに整理がつかないでいる。帰ったら、あらためてテキストを読み直そう。午後からの講演を聴き、15時、伊東に向かった。一つひとつ勉強だ!!!!!

2008年9月18日 (木)

消防ポンプ自動車の市長検収

 9月17日9時15分から消防車の市長検収が行われ、常任総務委員会委員として参加した。Img_2727 Img_2729 Img_2730 Img_2737

 荻の9分団に配置となる精鋭車である。最新の機器、先端のシステムを搭載した総排気量2999リットル、総重量4855㎏の車体が、地域の安全安心を守ってくれる。地元消防団のご苦労に感謝している。出来ることなら、出動しなくて良いことが望ましい訳で、市民ひとり一人の心掛け次第である。ナンバーは9分団で9、本部車は119だった。ちなみに購入金額は16.380.000円である。

「マッチ一本火事のもと」カチッ・カチッ!!

2008年9月14日 (日)

玖須美区平成20年度慰霊祭

Img_0136 9/14(日)10時半から仏現寺において第29回玖須美区慰霊祭が執り行われた。毎年かんかん照りが恒例だが、今年は雲が暑さを和らげてくれた。今年で29回目だが、昭和55年がこの供養の始まりだったそうだ。元禄年間(1688~1703)の大地震と安政(1855)の大地震、そして大正12年9月1日の関東大震災で尊い命を落とされた方々の供養塔を仏現寺に集約してその霊の供養をしているのだ。

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 木立の葉が空を覆うような仏現寺の慰霊碑の前に参集した玖須美区の関係者、板垣住職は2名の僧を従え読響を始める。例年の事ながら恐怖の体験を伝え、教訓とする行事として意味深いことである。自分の身は自分が守る日頃からの自覚と、回りへの自分の使命を日頃から確認しておくことが大切と思う。今日は、自分への言い聞かせの日!一年に1回の確認の日である。

平成20年9月定例会一般質問

 今年設置された議会改革特別委員会の決定から、従来12月定例会で行われた決算を9月に実施することになった。私は、この特別委員会で身の丈以上の責務である副委員長を仰せつかり、更なる自覚と頑張りを自身に言い聞かせた。正風・興志会を代表して今議会における一般質問を以下行った。

「gikai20.9.12議会平成20年9月議会一般質問.doc」をダウンロード

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2008年9月 9日 (火)

敬老の日式典

 9/9(火)15日の敬老の日に先がけて、伊東市観光会館において祝典が開催された。Img_0121 Img_0123 Img_0125 Img_0126 Img_0127

 市長の祝辞から、敬老の念特にあつい方7名、模範老人31名と表彰が続いた。舞台へ上がる階段が少し大変そうに見えた。お手伝いの係が居るものの、しっかりした足取りを見せたい思いもあるように感じられた。代表者だけでも壇上に位置付いても良いのではないかと思う。70歳以上のご老人16396名に招待状が渡ったのだが、1部、2部の参加者は1650名だった。私も後10年であの席に座るのだ・・・と思った。時間は万人に平等である。健康で心豊かに年を楽しみたい。

 伊東市の高齢化率(65歳以上の人口比)は29.8%で、県平均21.7%を大きく上回っている。県下41市町では9番目に高い。ちなみに、100歳以上の長寿者は32名で、最高齢は108歳である。

2008年9月 4日 (木)

防災訓練

 8/30(日)玖須美南地区の防災訓練が南中学校グランドで実施された。

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 絶好の好天に恵まれ568人の参加の中、真剣に取り組む中学生、高校生そして地域の人々の姿は、昨今の地震や大雨災害への不安感から脱したい思いとして感じられた。Img_0015Img_0019 Img_0022 Img_0033 Img_0036

 三角巾・毛布担架・消化器消火と臨場感溢れる体験が続く!!最後の訓練は、南中グランド地下に設置してある貯水槽からポンプアップしてホースによる放水消火が行われた。Img_0041

 防災の最前線は地域住民である。他人事でなく、絵空事でも無く、常なる危機感を持ち合わせることが大切だ。繰り返しの訓練が「有事の対応」を身につけさせてくれる筈だ。 毎々の事ながら、関係各位、役員の皆さんのご尽力に心から感謝と御礼を申し上げる。

2008年7月24日 (木)

静岡県市町議会議員研修会

 7/24(木)静岡市のグランシップで市町議会議員研修会が開催された。

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 「住みよい社会」をテーマに、解剖学者の養老孟司氏が講演された。日本人は「世間」と言う暗黙のルールで生活環境や経済の秩序を守ってきた。今、その「世間」が崩れた結果、為人がないがしろになり、経済の利己的私欲が地球資源まで駆逐している。経済成長はエネルギーの消費と並行するのだから、地球資源を大切にすることである。要は、石油を一年に1%づつ減らしていけば、50年で今の半分に削減出来る。元を制御することだ・・・。将来の「世間」は如何に在るべきか?を考えて欲しい・・・と締めくくった。

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 議員(不参加6名)及び事務局総勢17名は、朝9時半に市役所を出発し、途中昼食を挟んで 13時の開会に臨んだ。伊東市は、東海バスをチャーターした。他市町は、自前のマイクロである。年間のメンテナンス、ランニングコスト、ドライバーの確保など、かなりの予算を要する。稼働度を考慮すれば、必要な時に地元社バスのチャーターが経済的であるはずだ。行財政改革の一端である。

2008年7月 1日 (火)

諏訪・伊東姉妹都市議会議員交歓研修会

 7/1(火)14時から、伊東市の姉妹都市「諏訪市」との議会議員交歓研修会が開催された。両市は、少年野球交流から発展して姉妹都市しなり40年が経過している。議員任期の半期毎に交互に訪問し合い、議員研修と交流を深め合い、両市の共栄を目指す目的である。

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 研修会は、シャボテンパーク&リゾート副社長である菊地 勉氏の講演である。観光ホスピタリティの向上を目指して「CHANGEをCHACEに!!」と題したお話しは、大変参考になるものだった。官のすべきこと、民の時を捉える能力と行動の在り方、相互の最大限の協調と共栄を形として示すことだと感じた。それが活性化につながるとの訓示である。菊地氏には、地域エコ通貨「温銭」においても最大の理解者であり、社を挙げての協力を賜っている。先日も茅ヶ崎地域通貨C-リング会員11名を迎入れてくださった。これからも様々なシーンで連携していくつもりである。

2008年6月27日 (金)

市議会議員団への街案内

 6/27(金)午後1時から、伊東市自然歴史案内人会による市議会議員のための市街地案内が行われた。およそ3時間の行程に、はたして議員諸氏は最後までたどり着けるのだろうか?実は他人の心配をしている場合では無いのだ。座骨神経痛の私は少々の不安を抱きつつ歩き始めた。

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伊東の祖、伊東祐親の墓、菩提寺である東林寺と巡る。山門には稲荷山と有る。河津三郎の「かわずがけ」で有名な相撲塚もある。お寺には神社が付きものである。葛見神社に参る。社殿入り口で「おきつね様」が迎えてくれた。稲荷山の由縁なのであろう。此処には国指定の天然記念物「大楠」がある。大きい!太い!天空にそびえ立っていた。

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 続いて最誓寺である。伊東家のお墓が並んでいる。ここにもお稲荷さんが祀ってあった。立派な山門の扉に付いた美しい桐の葉の御紋が象徴的であった。この裏側に天下の奇祭「尻つみ祭り」の音無神社が控えている。

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 安産を祈願するのだそうだ。柄杓の底に穴を空け、汲んだ水の通りを良くすることで、安産と繋げているらしい。此処は、頼朝と八重姫の逢瀬の場、境内の社叢は残念ながら明る過ぎるようだ。大樹の枝を切りすぎている感じがする。中に特徴的な2本の樹があった。頼朝が八重姫を抱く様に、椎の木がケヤキを抱き抱えている。自然のいたずらにしても面白いものだ。

Img_2325  松川遊歩道を経てリエティ広場、築城石モニュメントと巡る。親水公園、川口公園から按針メモリアルパーク、そして白秋作詞の伊東音頭碑の前に着いた。案内人会のK氏は、説明をしてくれたばかりでなく、曇り空に染みとおる美声で「伊東音頭」を歌ってくださった。感激であった。

 海岸線を歩き杢太郎記念館、終着は東海館である。観光地伊東温泉の配信は、「なま」に限ると感じた。生の伊東を体感していただくことが「光を観る」の極意だと察した。市民力は大きな資源である。感謝!感謝!一緒に頑張りましょ~!!

2008年5月31日 (土)

伊豆温泉所在5都市議会議員研修会

 5/30(金)熱海・起雲閣において「伊豆温泉所在5都市議会議員研修会」が開催された。伊東市議団は、13時市役所前を老朽化したマイクロバスで出発した。伊東市が所有するマイクロは、今やこの一台である。利用度、維持経費、運転人件費等を考えれば大型タクシーを活用した方が財政の軽減につながるものと思う。さて、起雲閣に着いた。Img_2232 

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 およそ100名は集まったと思う。先ず、熱海市による「伊豆の温泉と観光について」の講話から始まる。概要は、金太郎飴同様、何処の観光地戦略的思考であり、取り立てて目新しさは感じられない。我が伊東市も同様だが、「思考」より「試行」を披露したいものだ。メイン講演は「これからの地方議会の進む道について」は大変参考になった。全国都道府県議会議長会 元議事調査部長 野村 実講師の実体に基づくお話しであった。議会の裏表経験の中で、議会関係人の目・一市民の目、双方から見たそれぞれの見識を、飽きさせない饒舌で話された。議員の見識を掘り下げる貴重な2時間だった。    

2008年4月19日 (土)

西小の体育館で空手塾

 4/18(金)最近知り合った若き空手家の練習場を訪ねてみた。幼稚園児から小学生の可愛いお弟子さん達が「おすっ」と声を出しながら一生懸命である。武道は、心身の鍛練であり、挨拶から始まる。この子ども達は、家庭での挨拶も立派にできるに違いない。

Img_2082  何故ウレタンのシートが敷いてあるのか聞いてみると、床に幾筋もの亀裂が入っている。素足にはちょっと危険であるからだ。

 西小の校舎建設は昭和49年なので、既に34年が経過したことになる。

Img_2080  耐震性能判定ではランクⅡであり、倒壊の危険性有りの建築物になっている。様々な地方自治体が、このような現実に直面しているのだが、優先順位の中で一つひとつ改善しなくてはならない。

 あらためて西小の歴史を紐解いてみると、明治29年、伊東高等小学校と伊東・東浦・葛見・鎌田の4尋常小学校が統合して、今の藤の広場の所にできたのが西小学校の創立になる。昭和14年東小を分離、昭和48年旭小を分離して、翌49年に新校舎が完成している。

 学校は教育の場、学校外も教育の場!子ども達により良い育ちの場、芽吹きの場を整えるのは、我々大人の責任でもあると感じる昨今である。 

市議会一般・代表質問

平成19年12月議会一般質問

「1912.doc」をダウンロード

平成20年3月議会代表質問

「203.doc」をダウンロード

市政報告/平成20年4月

 「h.doc」をダウンロード

2008年3月23日 (日)

池区「消防会館落成式」

 3/23 市内15行政区の一つ、池区の消防会館の落成式に出席させて戴いた。

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 伊東市消防団第15分団の池消防会館は、大室山につながる里山と田園風景との接点に位置するのどかな立地である。基礎部は大谷石、壁は杉の板張り、墨色の屋根瓦と杉板とのつなぎは、漆喰のコテ仕上げで構成された木造平屋建ての和風施設となっていた。

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 最初の設計では、火の見櫓を取り除く予定だったらしいが、安全・安心のランドマークとして残したと言う。本当に良かったと思う。昔から日のみ櫓は、その部落の毎日を鳥瞰できる位置にあり、地域住民への情報の提供、集約の要でもあるのだ。伊東市消防との連携の中で、消防団皆さんの努力や支えを結集する拠点が完成した。池区皆様の喜びは一塩かと思う。

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 式典後開かれた祝賀会で消防会館建設経過が紹介された。総額およそ5400万円、池区や関係団体の資金協力に市が1千万円の補助を行って竣工に到ったと言う。地域の協力という力を結集し、地域の景観に相応しい建築設計を大切にした関係各位に感謝とともに、大きな「おめでとう」をお伝えする。

防災活動車交付

Img_2011  3/21 伊東市役所において防災活動車の交付が行われた。財団法人 日本消防協会より交付されたワンボックス型軽自動車(約190万円)で、赤色灯・電子サイレン・消化器等を取り付けた緊急指定車両である。19年度日本消防協会共済事業による消防資機材の交付であり、伊東市は平成11年度に防災広報車の交付以来8年目である。

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 この防災活動車は、火災予防活動・災害発生時真っ先に現場に出動し、状況に応じた適切な指揮命令の発令・火災原因調査等にその機能を機敏に果たす目的のもとに交付された。日頃の訓練を充分に重ねている消防職員には、小回りの効く大きな(軽自動車だが)戦力となる。伊東7.5万市民を災害や火事の危険から守る重要な職務として更なる努力をお願いしたい。

2008年2月 3日 (日)

行政視察

 1/23(水)~25(金)の日程で視察に向かった。目的地は紀伊田辺市・勝浦町・太地町・串本町である。私が特に課題とする自然環境保全と活用についてがテーマである。

20080203121941_3 羽田からのフライトは8:30発である。当然、JR伊東駅の乗車は5:45となった。9:45南紀白浜空港に到着し、そのまま田辺市役所に向かった。人口8万5千で伊東市と大きなひらきは無いが、面積は約9倍である。きめ細かい行政サービスには大変なご苦労があるだろう。

20080203114859_4 20080203115352_4    田辺市天神崎は、暖流の影響により、海陸の生物の宝庫である。18万㎡に及ぶ保全目標面積内には、250種の植物、50種の野鳥、森の中には蜘蛛だけでも95種が生息する。また、干潮時に観察される海の生物は200種類にも及び、ウニだけでもおよそ50種が生息している希少な場所である。この岬に民間企業が経済開発を進める計画が持ち上がった昭和49年に、天から頂いたかけがえのない自然財産を守ろうと立ち上がった一教師の保全活動が多くの市民を巻き込んだナショナル・トラスト運動の先駆けであった。

Photo_3 Photo_4 Img_0589  伊東市でも、城ヶ崎のトラスト運動や大室山・江戸城石丁場の国指定や保存について様々な意見がある。指定による規制が活用を制限するとの意見や、国の財産として地域のブランドとなり、大きな観光資源になる等々である。私は、大室山や石丁場の国指定に賛成の考えである。郷土の地球的ルーツや先人が培い育てた物や伝統、生活文化の価値観を大切にしていく心を育て次代に継承することが我々のすべきことと考えている。これは、生を受けた郷土を愛すること。命を授けてくれた両親、自身のルーツに感謝を感じる人づくりにもつながる。

 天神崎自然環境保全運動は目標の40.4%にあたる7万3千㎡の自然が買い戻され、現在も継続していると言う。民が官を動かした足跡は有形の保存にとどまらず、意識と言う無形の財産を創造した意義として大きい。

20080203120056_2 20080203120332_2  南紀勝浦と言えば、世界遺産「熊野古道」である。人口18500の町は、平成16年7月「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産に登録された。また、日本有数のマグロの漁業基地として「マグロと温泉の町」をキャッチフレーズに観光に力を注いでいる町でもある。

20080203122549  町役場での視察研修風景である。市政の概要から施策についての説明を受け、我々からの質問に答弁を頂く。世界遺産にしても文化財登録にしても、民間・地方自治体・国とのスタンスはなかなか一体化しないようだ。

 熊野大社の参詣道として使われた熊野川を登録資産にする際、流域全体を国の文化財にすると規制がかかるとのことから、川の中央付近を文化財指定し、両岸をはずして河川工事に支障をなくしたとの情報を後日得た。また、文化庁では、新たな建築物の規制はあるが既存建物の改修には支障は無く、管理や天災被害への補助金の支援も有るという。「規制」だけを切り取って、デメリットのみの論議は前進を阻んでしまう。人間の手と大切にする気持ちが万人にあれば、決め事なんか入らないのだが、ほっとらかしておくと荒むだけである。自然に優しくできる方法は、人間が創らなければ・・・。

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 本宮前で記念撮影!!階段の両脇には、数えられないほどの祈願幟が立っている。息を切らせながらふと見ると、一本の幟に伊東市の文字が見えた。某観光宿泊業の名前が書いてあった。これだけの多くの人々から様々な願い事を聞き叶える神様はすごいと思う。願いの多くは自身、自社のことであった。世界平和は数える程だったが、環境保全の文字は見つけることができなかった。

20080203145154 太地町は、日本における捕鯨発祥の地である。今からおよそ200年前、太地の和田頼治によって網を用いる捕鯨漁法が発明され近代的漁法の開発によって今日に至っています。ここでは国際捕鯨委員会の捕鯨禁止のことは横に置いて、ナンバーワンよりオンリーワンを目指した自治体経営を勉強するために来たのです。人口3800のこの町は独立独歩の行き方を模索していました。町長の50%は勿論、町職員の給料20%削減、教育長に到っては20万円の給料で頑張っていました。どこの自治体も起債をして年予算の歳出と歳入の帳尻を合わせますが、無い袖を振れない自治体は、身の丈の歳出にするしかありません。その上で、此の地らしい施策を打って行くのです。

20080203144603_2 20080203122721_2  太地町立くじらの博物館には、腹びれのあるバンドウイルカがいました。先祖返りと言われるもので、過去の個体例は8体で、活きているものは、このバンドウイルカ一体であり、記録に残る9体目を目の当たりにしたことになります。町はクジラ一色のPRでもターゲットは狭く、強力な誘客に結びつけることは簡単ではありません。まさに身を削っての行政経営に心を打たれた研修となりました。

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 ラムサール条約は、別名国際湿地帯条約し言われ、世界中の重要な湿地帯を保護する国際条約です。世界中の144ヶ国が加入し、水鳥や人間など多くの生き物にとって欠かすことのできない生息環境でありながら、容易に破壊されてしまう湿地を保全し、次世代に伝えていくことを提唱しているのです。近年では湿地ばかりでなく、池、河川、干潟、水深6㍍以内の海域も含まれ、その保全・再生を呼びかけています。国内登録33箇所の一つである串本のこの海域は、もともと国立公園法による保護規制があり、登録による特別な規制観念が住民になかったようです。逆に、ブランド価値を高める活用意識が、ダイビング・カヌー・修学旅行の漁家民泊の誘客に繋がり、経済効果を吸引している良い例だったと感じました。

 串本は、北緯33度30分に位置する温帯の海にありながら、南の温かい黒潮によって暖められた海域にサンゴ群落が形成された、世界最南端のサンゴの海でした。伊東は富戸の海底にもサンゴが生息していると聞くが、群と位置づけられると何とも言えない!

 今回の南紀視察は、海・山・森・川・滝・道・歴史・文化・環境・等々沢山の課題に対面し、新たな指針が見つかった意義深いものとなった。南紀白浜空港を20:25に離陸して我が家に着いたのが22:00頃だった。2泊3日丸々の視察となった。

山頭火句碑建立除幕式

 2/2(土)玖須美・山頭火句碑建立募金委員会が主催する句碑除幕式が執り行われた。去る1/25の玖須美和田湯会館落成と、2/1の和田の大湯開設に続く地域活性化の頂上事業である。

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 昭和浪漫が薫る唐破風の屋根に、なまこ塀をあしらった玄関ファサードの意匠は、カラコロと下駄の音が聞こえる故き良き伊東の温泉情緒を継承しようとする玖須美区民の強い思いが伝わってくる。

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 東海館、旅館いな葉の建築意匠と比較すると、昭和初期の日本建築の素晴らしさを、和田の大湯に置き換えた関係各位の志に敬意と感謝を申し上げたい。

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 新世紀創造祭から七福神の湯として市内各区の銭湯が親しまれている。和田湯は、寿老人の守り湯として位置づけられ、区民はもとより観光客の利用も多い。新設によって更に人気が増すこと受け合いである。

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 2階、3階には大小の会議室・集会室が準備され、防災機器の収納場所も完備されている。玖須美区の地域コミュニティの拠点となって活用されていく。

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 いよいよ山頭火句碑建立式典である。関係各位が参席する中、除幕となった。山頭火は、昭和11年4月17日、藤沢・茅ヶ崎そして熱海を経て徒歩で伊東に入ったと言われている。内湯のない伊東屋旅館に投宿し、和田湯に浸かりながら旅の疲れを癒した中で、10句ほどを日記にしたためていたようだ。大きなインド産黒御影の石柱に象徴的な2句が刻まれた。

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 大地から湧きあがる湯は有難い

 湯の町通りぬける春風  なみおとのさくらほろほろ

                         

Img_1859  この事業は、伊東市「元気のある地域づくり応援事業」を活用したもので、市補助上限50万円に区民の寄付60万円を目標に定め、委員会皆様のご尽力の中、沢山の厚意によって達成された民・官協働の成功事例である。

昭和11年に山頭火が訪れてから72年の時が流れた今、天上から今日の催事を眺めているのだろうか?伊東滞在から2年後の12月、伊東線が開通したことになる。東海館は新館を竣工し、静岡・神奈川・東京方面から沢山の観光客が訪れ、伊東温泉の活況を創っていった頃であろう。時の移ろいは、伊東に様々な恩恵と試練を与え今日がある。地上を見下ろしながら山頭火は、どんな句を詠んでいるのだろう?

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 玄関にデンと鎮座する「和田の大湯」大看板!建物の裏側に廻ってみると、湯尾権現と水神様が祀られていた。古くから先人達が水に、温泉への感謝を続けていることの証である。継承する事の難しさは、今の時代の大きな課題である。更に発展させる厳しさは並大抵の頑張りでないと達成できない。そんな大変な時世に多様な進化を具現に導いている玖須美区のリーダー諸氏とバックアップする区民皆様に乾杯!!

2008年2月 1日 (金)

大規模災害対応合同訓練

 2/1(金)奥野ダムに於いて、平成19年度大規模災害対応合同訓練が、静岡県東部消防長会と伊東市消防本部の主催で行われた。富士宮・御殿場から下田までの14市町消防本部と静岡県消防防災航空隊が参加し、伊豆半島東方沖を震源とする地震が発生し、街区火災及び道路損壊による多大な被害で多数の負傷者が出ているとの想定による合同訓練である。

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 負傷者の救助にレスキュー隊員が対応する一連の救急救命作業の実践である。

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運ばれた負傷者は、医師によるトリアージを経て救急救護所で応急処置を施し、救急車で病院に搬送する行程を各部所、各隊員の迅速で適切な行為行動に感銘を受け、あらためて日頃の訓練に敬意を表する思いである。

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 はしご車によるビル3階からの救助、海上や三角州に取り残された負傷者のヘリコプターによる救助の一連が、ダイナミックに展開された。

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 一斉放水とともに、ヘリコプターからの空中消火が並行して行われた。放水のしぶきの中に霞んでホバリングしているヘリコプターが見え隠れする。

Img_1838  早朝7時からの大訓練は、伊東市長の謝辞と訓令をもって滞りなく終了した。我々は議員として演習に参加したからこそ、隊員皆さんや関係各位のご苦労が眼前の事実として心にしみ込むのだが、市民の皆さん一人ひとりには実感として伝わるとは言えない。我々の安全安心の礎づくりに、日夜努力している皆さんへの感謝をもって帰路に着いた。

2008年1月19日 (土)

祝成人

 1/13(日)伊東市の成人式が行われた。数年前の暴挙事件が、未だに報道陣の数を減らすことにならない。実行委員会の皆さんもガードを固める中、式典が始まる。

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 会場観光会館前の様子である。着物に着飾った新成人達が仲間を待っているようだ。今年は大きな風もなくヘアやショールが飛ぶこともない成人式日和である。

  およそ30分のセレモニーの間、一部に不穏当な声をあげる者もあったが滞りなく終了した。市や関係者に準備された「おしきせ」の祝いから変えてきたものの、新成人自身の新たな旅立ちの日と位置づけ臨んだ自覚者がどれだけいたのか?何か事件が起こらないようにとの配慮が優先して見えるのは私だけだろうか?式典として祝うこと自体を議論する必要があると感じた。

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 綺麗に着飾った新成人の皆さんの後ろには、親や兄弟身内をはじめとする様々な人々がいて、今日の自分が有ることを胸に刻んで欲しい!!そして輝ける希望の人生へ・・・。

出初め式

 1/6(日)平成20年伊東市消防出初式が執り行われた。日頃の安全・安心を司る市消防庁と地域消防団には感謝とともに心からの御礼を申し上げる。約400名のさんか消防関係者に県、市、各行政区、町内などの役職の方々が参席し粛々と行われた。

Img_1696  退職消防団員への表彰、県消防協会長表彰、消防協会田方支部長表彰、消防団長表彰、功労賞など76名2分団への謝意が伝えられた。

 消防団員は、皆仕事を持っている訳で、火事を知らせるサイレンが鳴ると即座に分団詰め所に駆けつけ消防車を発進させるのだから、並の大変さではない。また、冬の厳寒の中も夜警に廻って地域家庭の防火活動に取り組んでいる。そんな彼らの活動を改めて認識し感謝をしたいと強く感じている。見えない部分での尽力があって安全・安心が成り立っている。市民のみなさん!!忘れていませんか?街で出会った時には、消防団員にお礼と激励の声を掛けよう!!

Img_1699  観光会館でのセレモニー終了後、伊東駅前から消防車と団員のパレードがおこなわれた。

 今年も火災が、限りなく0に近いことを願って・・・・・。

2007年8月12日 (日)

西島あきら事務所開き

 8/8(水)、9月の市議会議員選挙を控えてグルメシティ湯の花入り口前に事務所を開設した。神事の後、ご参集いただいた皆様に、西島あきら後援会の拡大推進と来るべき選挙への必勝を誓った。

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 前回は補選の無投票だったことから、全てが初めての経験であり勉強の積み重ねである。再び議場に戻らなければ、この2年間の意味は薄くなってしまう。伊東の力になりたい。

第2回市政報告会

 8/3(金)午後6時半から受付が始まる。舞台と玄関には仲間有志が看板を取り付けてくれた。妻の同級生が手際よく接客をしてくれるので助かる。

Img_1434 昨年5月、初めての市政報告会でもお手伝いをしてくれた。

 どれだけの支援者がご参集くださるのか見当もつかず、唯ただ不安の一日であったのだが、およそ180名の皆様が席を埋めてくれた。

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 ご来賓の挨拶を頂き、私の市政報告へ進んでいく。伝えたい事は山ほどある。限られた時間の中でまとめようと思う程まとまらない。汗が流れる。

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 先に作成したマニフェストマインドが骨子として配布したのだが、思うように伝えられなかったと反省である。観光立市伊東として、過去の栄光を再生するばかりでなく、新生するための一つひとつを導くリーダーとして、自身に位置づけ、人と自然と街が豊かになる実働を示すお約束をさせていただいた。

Img_1440  最後に後援会構成メンバーを紹介し、一言づつ激励の言葉を頂戴した。不安な一日は、大きな感謝の一日となり、今後への力を与えてくれた大切な一日となった。感謝!感謝!!

2007年6月15日 (金)

第21回「わたしの主張2007」伊東地区大会

 6/10(日)、議員になって2回目の「わたしの主張」である。市内5中学から10名の弁士達が、日頃の学生生活の中で、自分の感性に触れた出来事や思いを壇上から述べられた。それぞれに個性的であり、個々のパーソナリティで表現したテーマは魅力的であった。

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 何よりも、目の前の原稿に目をやらず、表情豊かに発声される心地よさには感心させられた。随分練習したのだろうと敬意すら感じてしまう。

 私は、議会の質問に関して、出来るだけ顔を上げて落ち着いてやろうと思うのだが、気がつくと下を向いて原稿を読んでいるのだ。60も近くなると憶えることが大変である。しかし、そうも言っていられないと頑張るのだが・・・毎々反省の日々となる。

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 結局、4名の代表が東部大会に出場することになった。終了後、学校教育課長が述べた、発表者一人一人の視点と表現に対する講評も、包み込む優しさと的を得た評価の言葉で、出場者は嬉しかったと感じた。是非東部大会では、自身の100%を発揮して、充実した大会として欲しいと願っている。

2007年5月 5日 (土)

西島あきら市政報告

平成18年夏報告 

 あっと言う間に議員2年目に入った。対面する全てが、経験と言う体内資料となる。後援下さる皆様のご指導と励ましに、自身の出来得る最大を体現することが、成すべき事である。生業との棲み分けも、お客様の温かいご理解でベターな感じになってきた。感謝である!!先の6月の議会は、一般質問に登壇させていただいた。これで3回目となった。この一年の成果を「西島あきら市政報告その1」として皆様にお伝えし、新たなる強い姿勢を自身に言い聞かせるきっかけとしたい。

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平成18年春報告

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平成19年春報告

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平成19年2月/地域活性化特別委員会における意見発表

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2007年5月 4日 (金)

西島あきら・おしゃべりかわら版

NO1

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NO2

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NO3

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NO4

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西島あきら市議会一般質問

平成17年9月議会

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平成17年12月議会

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平成18年6月議会

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平成18年9月議会

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平成19年3月議会

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審議権者のマニフェストマインド

 今年は統一地方選挙の年、伊東市に於いても静岡県議会議員選挙が行われ、お隣の熱海市でも市議会議員選挙が終わったところです。行政経営に係わる諸施策の決定権は首長にありますが、決定に至る審議権は市議会にあり、議員個々の判断に委ねられます。市民の付託を受けた審議権者としての責任として、自身のスタンスを示す必要がある筈です。私は、マニフェストマインドなる意志表示に於いて、自身の自身に対する指針を述べてみました。

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2006年8月 4日 (金)

山形視察

 伊東市議会議員24名の内、5名が「正風クラブ」である。今回の個人視察は、会派5名揃って山形へ向かった。最初は尾花沢で職員二名による花笠音頭で歓迎された。伊東市でも「伊東花笠おどり」として定着したイベントがある。二日間でおよそ3千人がメインストリートを踊り歩く!それにしても、尾花沢の市職員は踊りも大事な仕事の一つなのだ。

Img_0722 (歓迎の花笠踊り)

 いよいよ目的の銀山温泉へ案内してもらう。街中から道をねり、次第に山の懐に入る。眼下に見える渓流に下りると、川の両側に懐古的な旅館群が視界を占領する。銀山川のせせらぎと相俟って大正期の木造旅館が異空間を創り上げる。3本の源泉を集約して各旅館に配湯しているそうだ。電線地中化工事の際には、蓑傘・腰蓑姿の工事人にマスコミの取材が殺到したそうだ。建物全体は文化財指定されていないようだが、貴重な意匠を部分として登録しているそうだ。建築景観の保全策として、外観の改修に300万円までの補助をしているとのことだった。

Img_0723 (銀山温泉の景観)

 ポスターで見た雪深い銀山の家並み景観が美しかった。白日の下にさらされた大正期の建物は、建っていることが辛そうである。修復には大変な私財を投入することになる。伊東で言えば、東海館を廃業するときに市指定文化財として残したことである。現状保全管理に莫大な費用がかかる訳で、市に寄付をした経緯がある。とても個人の手に負えない現状では、一つ、また一つと新しい旅館に替わっていくのだろう。せめて此所だからこその景観にマッチした建物にして欲しいと思った。20年、30年前に行政の力で、建築文化の保全を施策化できたなら、永い目で地域の活性に寄与できるだろうと感じた。

Img_0725 (大正浪漫を背景にスナップ)

 宿に落ち着き、夕食も地場の食材とともに、ご飯のおいしさが印象的だった。すっかり暮れた窓外の景色がライトアップで幻想の世界を創りあげる。せせらぐ銀山川を覆うように、様々な樹々の形状・緑の明度差・葉の彩りが、風のそよぎに舞い揺れる。まるで海の中にいるような錯覚に陥る程のなめらかな動きである。なによりの「ごちそう」を戴いて眠りについた。

Img_0731 (たわわに実る佐藤錦)

 東根はサクランボの里だ。佐藤錦の発祥地である。「サクランボ種飛ばし大会」は、とてもバカバカしいイベントだが、馬鹿げたことを真面目にやると面白いイベントになるのだ。東京、仙台と大会を行い、本拠地で本大会となる。千人以上の人達が、舌ベラを丸めて種を遠くに飛ばし合うイベントは楽しい!ギネス公認も視野にあるようだ。

Img_0735 (選別、箱詰め作業中のスタッフ)

 農園に入って種飛ばしをしてみた。とてもよく飛んだ。随分昔のことだが、山梨のぶどう園で店のスタッフ達と種飛ばし大会をやったことがある。当然のことだが一番遠くに飛ばしたのは私だった。実は舌ベラを丸くする極意は、その時に体得していたのだ。それにしても佐藤錦は甘い!まるで砂糖錦のようだった。

 翌日は米沢に入った。ボランティアガイドの実際を確認させていただいた。既に11年も市民参画の貢献事業として継続しているのだ。

Img_0739 (説明をする「おしょうしなガイド」さん)

 「おしょうしな」とは、ありがとうのことでした。丁寧に郷土の歴史・文化の変遷を解説してくれた。市議の視察・・・との意識が緊張させたのか、少々堅苦しい感じもしたが、地場の産品まで説明の中に取り込んでいたことは感心した。ここの組織も高齢化が問題点の一つである。若い人は参加意識が薄いようで後継者が育たない現状である。いずこも同じで、金太郎飴のように何処を切っても同じ顔の連続なのだ。しかし、旅の徒然に親切な案内を頂けることは、心のスナップ写真になるはずだ。嬉しい思い出になる。7月に立ち上がった伊東自然歴史案内人会の実地研修も始まった。感動を得るも人、与えるも人である。

Img_0740 (上杉鷹山像の前で)

 上杉鷹山は米沢藩9代藩主で、幕府に領地返上寸前の藩の再生を行った名君だったそうです。「成せばなる 成さねばならぬ何事も 成らぬは人の 成さぬなりけり」と教えてくださったご本人でありました。今で言えば、財政再建団体になった夕張市のようなもので、北海道に鷹山先生の再来を願う思いです。一方、我が伊東市は、市長の積極的な行財政改革のリードで、伊東再生をスローガンに先行きの明るさを見つけ出しています。正風クラブは、一丸となって支えのスクラムを組んでいるところである。

2006年6月16日 (金)

海開き&ほこほこ祭

 6/4(日)今日は海開きである。6月の第一日曜と決まっている。沖縄・九州を除いては一番早い海開きかも知れない。湯川神社の神主さんは、私の同級生の息子さんだ。今年の海を鎮め、夏らしい天候、集う人々の安全、伊東の繁忙を海神に祈願するのである。市長はじめ本市のお歴々が並ぶ。ありがたい祝詞のあと、二礼、二拍手、一礼で御榊を奉納する。

Img_0672 (神事の模様)

 オレンジビーチ周辺には、露天が賑やかだ。うまそうな臭いが鼻をつく。結構な人出に議員の端くれとして安堵する。

Img_0670 (バルーンパフォーマンス)

 いよいよ紀元祭ほこほこ祭だ。子供達が一斉に砂浜を駆け抜ける。

Img_0673 (砂煙をあげて競争する子供達)

 数年前に神輿連合が立ち上げた威勢の良いお祭りである。見上げるばかりの大竹を飾り、練り歩く若者達が、伊東の先行きを背負ってくれるだろう。

Img_0671_1 (風にしなり、天空にのびる大竹)

 

2006年5月27日 (土)

第1回西島あきら市政報告会

 Img_0659 5/22(月)朝から落ち着かない。夜に予定している初めての報告会のことが気がかりで仕方がない。どのように話そうか?どのくらい来てくれるのか?とにかく全てが不安である。9時前に登庁し、10時から福祉文教常任委員会協議会に臨む。社会福祉法に基づく伊東市地域福祉計画策定の概要についての審議である。この4月から、介護、障害者支援などの法改正による市の計画づくりである。具体が見えない中、仕組みや方法も見えにくく、明文化だけがされることは心配である。受益者負担は、相応の責任としてやむを得ないが、頼る・頼られる福祉では先き行かない時代である。その後、議会報委員会を済ませ午後3時に退所した。

 市政報告会会場に着くと、目標数100の席がセッティングされている。びびりと焦りで10脚減らしてもらった。午後6時の受付開始前に10名ほどの方がお見えになり、先ずホッと一息!時を追うにつれ続々と出席くださる方々が参集される。増脚に次ぐ増脚にあたふたするも、目標を大きく上回る150名が会場に入りきれない程の盛況に、全てに感謝である。

Img_0657 (NPO-法人まちこん伊東・上山代表理事ご挨拶)

 青木後援会会長の挨拶のあと、ご来賓の上山氏にお言葉をいただいた。そして、私の市政報告である。伝えたいことが沢山ある。先ず、伊東市観光・文化施設「東海館」孔雀の間修復のいきさつからお話しした。我が郷土の旅館文化の生き証人を、いかに保全し市民で育み、次世代につなぐかを・・・観光活性と自然歴史文化の協調は微妙な面も有るが相互の最大値である接点を、相互で見つけ出すテーブルを本気で設定する必要がある。

Img_0658 (市政報告中の西島彰)

 マリンタウンに年間200万人余の来客がある。この方々に是非、市街地へ来ていただきたい。10月から循環バス実験が始まるが、街のお店達が魅力を高めないと、街へ向かう意識付けは難しい。先ず、個店の充実を図ろう!また、船で(出来得れば、400年前、日本初の洋式帆船建造の地にちなんだ按針丸を復刻)マリンタウン・観光桟橋・松川遊歩道・東海館・杢太郎記念館・商店街伊東駅・バスのルートづくりがベターである。

Img_0660 (会場風景)

 商店街活性・地域通貨・支え合うコミュニティづくり・健全な自然保全等々、議員前の市民活動家としてのスタンスの延長線で、議員の持ち味を活かし伊東の活性化を実働の中で具現化させたいと思っている。議員然とした言葉や態度でなく、分かりやすい言葉、分かりやすい方法、共に動きやすい行動で示していくことと理解している。伊東再生を願う市民の評価の中で、自分らしい行為行動を日々積み重ねてまいることが、愛する伊東観を共有することに繋がるものと切磋琢磨してまいります。

Img_0661 (受付、案内等に大活躍の美人応援団)

 商店会・NPOまちこん・まちづくり・商連・行政区・町内会・御船歌保存会・地域エコ通貨温銭・同級生・美容関係・お客様・友人・親戚・身内・・・応援下さいました心温かい沢山の皆様に、あらためまして御礼申し上げます。併せまして、今後へのご指導ご鞭撻をお願い申し上げ、第1回西島あきら市政報告会の開催報告といたします。

2006年5月16日 (火)

静岡呉服町商店会視察

 5/8(月)伊東市議会地域活性化委員会の視察で、静岡市に二ヶ所の視察に行った。市のマイクロバスでおよそ2時間、浅間通り商店街である。大きな鳥居が象徴するように、かつては門前町の賑わいを呈した通りであろう。6、7年前だろうか?この商店会のアーケード事業について話を伺いにきたことがある。執行部のレクチャーは熱く、事業の推進状況と今後の振興への期待感に感化された思い出がある。今日この街を歩いて感じた寂しさは何だろう!!高度化資金による補助事業が、必ずしも活況を手にする訳もない。ハードの完成を以て気持ちが萎えるのだろうか?日本の各地に同様の商店街が溢れている。少なくとも自分たちは、この仲間にはなりたくない。しかし、儲かっていると言い切る商店街は全体の2%にも満たないのだ。しっかり、心しないと・・・と思いを新たにする。

Img_0610 (浅間通り)

 伊勢のおかげ横町、長浜、川越など地域の歴史文化とリンクした、懐かしい環境を活かしたまちづくり・みせづくりで実績をつくっている。足元を見た、その地の「らしさ」をすることが、他地区との差別化につながり、それが魅力になると思うのだが・・・。

Img_0609 (途中出会った循環ワンコインバス)

 今度は、呉服町商店街である。城下町としてのまちづくりが今に活況を続けている。県・市の行政機関が集中して交通の拠点駅に繋がる。それらの間を商人同志の知恵と行動で賑わいを呼び寄せている。国が言うコンパクトシティを既に実践している。生まれ持った立地的要素が大きな味方ではあるが、更に活かす継続的努力をかいま見た。一店逸品がその象徴である。売れている間に、賑わっている間に次の商品の開発や新たな企画、長期的なヴィジョン策定、人材づくり、基盤整備等ぬかりなく進化しているところはなかなかない。呉服町そのものをブランドとして高め続けている皆さんに敬服の一語である。呉服町は商店街のディズニーランドと言えそうだ。(褒めすぎか!)

Img_0613 (道路に意識的にカーブをつけ、車のスピード軽減をかかる手法で、交通安全を推進している)

 特に感心したことは、空き店舗を出した大家さんが、その店舗の会費を補填することである。また、空き店舗にどの業種を誘致するか?を相互で検討して対象を決めていると言う。私が常々思い、言ってきたことは、賃貸業は店舗が商品なのだから、その商品価値を高める環境の価値を高める努力をすべきだ!!と言うことである。店子の責任と高をくくっている大家!!目をさませ!! 各個店も永い眠りから、いいかげんに目覚めよう!

 

 

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